【痰カス】要するに、やり場のない鬱屈した気持ちが失せ始めているって話
最近のあたしが書く小説からは、笑えない、救いようのない、そして否定出来ないの三点バーストなダークさが少しずつ影を薄くしていってる。
そんなことを、痰カスまで読みに来る酔狂なキミたちは思っていることでしょう。
というか、あまりにも筆が遅すぎるんじゃねぇの? 的な。粗製乱造をモットーとした書き手が、乱造の部分を止めてしまったら何が残るんだ? あぁん? 的な。
これを読んでいるキミたちは、そんなことを思っていることでしょう。
それ、あたしも思ってます。
しかし、理由は酷く単純です。というか、既にタイトルで説明してます。今回は、そんな今のあたしが書く小説に対して、果たしてあたし自身がどう感じているのかを書き連ねようと思います。
まぁ、明らかに作風が変わりましたからね。ここらで一度、自分を俯瞰してみるのもいいでしょう。
結論から言えば、書いてるとおもんないけど読むと前よりおもろい気がしてます。
これも理由は単純で、最近は頭空っぽで見られる話の方がいいな、と思うようになってきたからでしょう。
これはどういうことかと言うと、普通に考えてあたしが加速度的におっさんになっていることの現れだと思うのです。
しかし、それと同時に思うこともあります。
要するに、世の中にはきっと、何者にもなれなかった凡人であるあたしと同じような人が老男女(こんなところに若者がいるわけねぇだろ)問わず存在しているわけで。
ならば、そんなキミたちもやはり、頭を使わずに消費出来るコンテンツを求めているんじゃないかという蓋然性合理主義に基づいた結論として、あたしの作品は大衆娯楽へ歩を進めてしまったという話な気がしています。
そうなってくると、どうしてもハッピーエンドだの甘々だの、そういった人気の素材の味を活かした料理をしなければならない。
あたしは本来ゲテモノや、普通の素材に劇薬を混ぜ込んで調理することを得意とする作家なんです。
にも関わらず、今のあたしは『闇』という素材を調達出来なくなったからこそ、最近投稿しているような当たり障りのない話が出来上がっている。こういう結論が、最近の作品から導き出されるわけです。
つーか、テメーらのせいです。ふざけやがって。
ならば、あたしはあたしが好きな物を書いていないことになりますが――。
だったら、頭空っぽで読めるのに、書いてて面白いアイデアを捻り出せばいいじゃん。
まぁ、こういうことですな。
そんなわけで、作風が変わっていくあたしに、それでもついてきてくれるキミたちに今日も感謝を言っておきましょうか。
感謝さえしておけば、結局何が言いたいのか分からない記事でも、ふんわりといい感じに終えることが出来ますからね。
いつもあざーす。感謝してまーす。うぇーい。




