1章ハンター試験⑧蹂躙
レオは今にも飛びかかりそうな表情でタクトを見上げていた。遠くに見えるルイの姿とタクトを交互に目で追う。焦りで心が激しく揺さぶられているレオを見たタクトが口を開く。
「これ以上痛い目にあいたくなければ抵抗はするな。お前たちを連れていく。ハンターなんかなるよりも俺のところにいろ。」
淡々と感情のない口調でただレオを見下ろす。レオがくっと息を溢すと、ふらふらっとルイが立ち上がるのが見えた。ひしゃげた腕をだらりと伸ばし、がくんと首をおる不気味な立ち姿。タクトはその場で一つため息をこぼす。
「……その根性は認めてやる。ただ根性だけで何も守れん。」
捨て犬を見るような哀れみの眼差しを向ける。
「ルイ。もういい。そのまま倒れててくれ!お前死んじまうぞ!」
とレオは激しく表情を歪ませ、声を張り上げた。
そんな友の声が聞こえないようにルイは一歩、また一歩と少しずつタクトに近づいていく。折れ曲がった両腕が歩くたびにぶらん、ぶらんと振り子のように動く。
「聞く耳を持たないか。自分を恨めよ。」
とタクトが引導を渡すように呟いた。タクトは瞬時に距離を詰め、大きく刀を振りかぶる。
その時、邪悪な大きな目玉が脳裏に飛び込んできた。タクトに薄い刃物で背をなでられるような戦慄が走る。攻撃を中断し、ルイの頭上を飛び越えた。
(なんだ……今のは……。)と鋭い眼光でルイを睨み付ける。
不気味なほど静まり返った森の中。ルイはだらりとタクトの方を振り返る。レオは物憂げな眼差しでルイを見つめる。レオはなにか釈然としない違和感を交えていた。
「ルイ?」
と声を溢した時、折れ曲がっていたルイの右腕がミミズのようにのたくりまわり、パキパキと音をながら修復。
レオとタクトが顔を歪め、驚くと、ルイがその腕をブン!と振り上げた。
凄まじい衝撃波がタクトを襲う。タクトは間一髪横に転がって回避。衝撃波がぶつかった木が轟音を鳴らし、なぎ倒された。
「バカな……」
とタクトが息をのむように呟く。
「お前……ルイ?なのか……」とレオは怯えた声で呟く。
ルイは振り上げた腕をゆっくり下ろすと手を握った。まるで力加減を確認するように。その後、ルイの視線は折れ曲がったもう一方の腕へ。再び不気味な動きと音を立て腕は修復した。身体中にあった傷はシューっと煙を立て塞がっていく。次の瞬間、
「ウオオオォォォ!」
と空に向かって地の底からわき上がるような低い咆哮を発した。大地が揺れ、あたりに突風が吹き荒れる。ルイの身体からヘドロの様なものが溢れ、それが身体に纏わりついた。彼の髪は逆立ち、瞳がボーッと怪しげな緑色に光っている。
「なんなんだ。お前は……」
とタクトはいつになく鋭い眼差しで刀を構えた。
レオがルイに困惑した表情を向けていると、ルイは両手を高く上げ、タクトに向けて勢いよく振り下ろした。地を砕くような衝撃波。それが土煙を巻き上げタクトに襲いかかる彼は正面から刀で受け止める。グッ!と声を漏らす。のけ反る身体。全身に力が入る。「ハァァァ!」と叫び、その衝撃波を空へ打ち返した。
ルイは不思議そうに首を傾けていた。そして足に力を溜める。ドン!と地面を揺がし、タクトに襲い掛かる。ルイは首を掴み、タクトを押し込んだ。
ドン!ドン!ドン!と木々が悲鳴を上げ、なぎ倒される。タクトは顔を歪め、ルイの腕を切断。
息をせず、そのまま刀を振るうが、目の前にいたはずのルイがいない。次の瞬間、力任せに頬を殴り飛ばされた。「ぐぉあ!」と呻き、弾丸のような勢いで木に衝突。背中にズキッと痛みが走る。
タクトは顔を歪め、肩で息をしている。口元から垂れている血を拳でグイッと拭った。その時、空が暗くなり、狼の遠吠えのような音が響き渡る。
「怒り轟け。霹靂紫雷狼」
紫雷がタクトの刀に降りそそぐ。ミアを倒した時と同じ。紫電を纏う大剣を握っていた。
目を細めておぞましいルイの姿に視線を向ける。切ったはずの腕がすでに再生している。タクトはぐっと強くルイを睨みつけた後、稲妻のような速度で距離を詰める。そして大剣を振り下ろす。ルイは躱すが、タクトはしきりに攻撃を続けた。タクトの刃は確実にルイに届いている。しかし、傷をつけてもすぐに修復。
タクトは跳ねるように後退し距離を取った。そして「これで終わらせる!」と言い放ち、タクトの大剣に眩い稲妻が走る。
そして「紫電荒天!」と叫んだ。凄まじい斬撃と稲妻がルイを襲った。ルイは低く太い叫び声を上げ、吹き飛ばされた。身体を痙攣させ、身体から焦げ臭い匂いが。しばらくすると、身体が鼓動をするように、ビクン、ビクンと大きく跳ねた。
レオが考えこむように眉間に皺を寄せる。その時、ザッザッと足音が聞こえる。目を向けると険しい顔をしたタクトが歩いてきた。
「おい。あれはどうした!」とレオは声を荒げる。
「何だあいつは。あの力はなんだ。」
とひどく真剣な顔つきで森の奥をみすえた。
「知らねぇ。俺だって初めて見る。」
レオの眉をしかめ、なにかを考え込んでいるようだった。
「あれはルイじゃねぇ。そんな気がする。」
澄んだ雄黄色の瞳で遠くを見つめる。
「なに意味わからないこと言ってる。お前も見ただろ。」
眉間に皺をよせ、得心のいかないような顔で問う。
「わからねぇ!でも俺がそう感じてんだ。あれはルイじゃねぇ。」
レオはまるで現実を拒むように目を強く瞑り、首を大きく横に振った。その時、遠くで恐ろしい咆哮が聞こえる。激しく怒り狂う危険な気配。
「まだやるか。殺すつもりはないんだが……。」
彼らの目の先にドン!と空から何かが落ちてきて、大地を揺るがした。あたりに土煙が立ち込める。浅いクレーターのような痕でルイがゆっくりと立ち上がる。ルイの顔周りにもヘドロの様なものが覆いつくす。いつもはあどけなさの残る優しそうな面影のルイに反し、今は目や口は吊り上がり邪悪さを感じさせる。
急にルイがうめき声を上げ、身を屈ませた。その時、ルイの背中から大きな黒い翼が生えた。その翼、そして身体全体が、怪しく緑黒のオーラを纏い、眼がボワッと緑色に発光する。
「前言撤回だ。やっぱりお前は今ここで殺す。」とタクトが大剣を構え直した。
レオの心に恐怖と不安が稲妻のように一気に通り抜ける。ごくりと喉を鳴らす。
タクトは地面を強く蹴り、ルイに大剣を振り下ろす渾身の一撃。しかし、ルイはそれを手の平で受け止めた。タクトが再び攻撃をしようと試みるが動かない。ルイが大剣を指で挟んでいる。
ぐっとタクトは顔を歪め「はぁ!」と気迫を込めると刃から紫電が。ルイの身体を走っていく。しかし、ルイは動じない。タクトの懐に潜り込み、拳を穿つ。「ぐぉっ!」と声を溢し、凄まじい速度で飛んで行く。
その時、何かに首を掴まれた。目を向けると、そこにはルイがいた。瞬間移動でもしたかのように、タクトの飛ばされたところに移動。そして、タクトを何度も地面に叩きつける。「ぐわぁ!」と痛々しい声を上げるタクト。
そしてルイはタクトを軽く上に放る。空中で息をつかせぬ連続の攻撃。その後、タクトを空高く蹴り飛ばす。
ルイは空中へ飛翔。タクトを地面に向かって蹴り飛ばした。彼は力のない人形のように吹き飛び、ドガン!と森に衝突した。
ルイが森の奥からレオたちの方にゆっくり、ゆっくりと歩いてくる。しばらくして、動きをぴたりと止めた。
ルイがきょろきょろとあたりを見渡している。そしてある一点を見つめる。ルイの目の先には気を失っているエマたちがいた。一歩また一歩とエマたちに近づいていく。
「おい。なにしてる!エマたちに近づくな」
レオは急いでエマたちに駆け寄ろうとするが、足が動かない。ルイがエマたちの前で止まり、ゆっくりと手を伸ばす。
「やめろぉ!」とレオは必死に腕を伸ばして叫んだ。
その時、暗い空間の中でルイはヘドロに身体を覆われていた。目は赤く充血し、殺気立った表情でぼそぼそと呟いている。
「殺す。殺す。殺す。」
「僕がみんなを守る。みんなを守る。守る。」
「あいつは絶対に殺す。絶対殺す。殺す、殺す。」
「みんなを。みんなを。みんなを。」
「みんな殺す。」
ルイの瞳が真っ赤に染まり切ろうとした時、胸のあたりからぽわっとした仄白い光が現れる。その光がパァン!と強く光輝くとルイを覆っていたヘドロがそれを嫌がるように消えていく。
「ちっ!まだ時間はかかるのによ。まぁいいぜ俺はいつでも代わってやるぞ。俺は……お前の……。」
何かを言い残す前にルイの目の前にいた目玉は消えた。
「あぁ。温かい。」ルイはゆっくりと瞼を閉じると、そこで意識が途切れた。
禍々しい手があと少しでエマに届きそうなとき、神々しい白い髪の女性がルイを後ろから抱擁した。その瞬間、それの動きがぴたりと止まる。
「止まった……。」と呟き、レオは崩れるように座り込んだ。
女性はルイをゆっくりと優しく地面に横たわらせる。すると背中の翼や身体に纏わりついていたヘドロは消え、元のルイの姿に戻った。
彼女は薄白い緑色の瞳でレオをじっと見つめると、人差し指を唇に当てた。レオは首を縦にふり、この光景は誰にも話してはいけないことを理解した。すると途端に彼女の姿は透けるように見えなくなった。




