1章ハンター試験⑦心の中の怪物
しばらくの間、四人で休息を取ることに決めた。ルイはエマのことが気がかりだった。エマは本来ならもっと繊細な剣術を使う。技術はルイやレオよりも上のはず。それなのに、今日はその力が出せずにいた。ルイはどうしたらいいかわからず、チラチラとエマに視線を送る。
「なによ。」
エマは口を尖らし、頬を膨らましている。
「いや。大丈夫かなって。いつものエマと違ったから。でも無事でほんとによかった。」
「こんな時まであんたは優しいのね。いっそのこと突き放してくれた方が楽なのに。こっちの身にもなってよね。」
(えぇ……。これはどうすればいいんだ。)
ルイは心の中で困惑していると、
「ルイ。ルイ。ちょっと耳貸して。」とミアがルイに小声で何かを伝えている。
「ほんとにそんなことでいいの。大丈夫かな……。」
困惑しているルイに満足そうに笑みを浮かべたミアはグッと親指を立てて見せた。そしてルイはエマの前に屈み、
「大丈夫。また一緒に頑張ろう。」
ルイは優しくエマの頭を撫でた。ルイは内心怯えていた。殴られるんじゃないかと。
エマは膝をキュッと抱えてたまま俯いていたが、急に勢いよく立ち上がる。
(やっぱり!殴られる!)
ルイは反射的に防御を取り、目を瞑ったが何も起きない。
エマはパッと振り返り、力強くミアを指さした。
「次は絶対に勝つ。負けないから。」
「アタシも負けないよ。」
ルイは二人に視線を交互に送る。二人とも清々しい表情を見てほっと胸を撫で下ろした。
「まぁ。二人が仲良くなってよかったよ。」
ルイが小さな笑いを浮かべると、二人はコソコソ話を始めた。
「ルイって昔っからあんな感じなの?」「そうよ。ほんと鈍感で小さい頃だって……。」みたいな小言が聞こえてきたので、途中から聞かないようにした。
しばらくして、リリーも目が覚めたので、そろそろ刀の提出場所に行こうとした時。突如、何かがすごい勢いでルイの視界を通り抜けた。
ルイは「え?」と声を溢し視線をそこに移すと、よく見た顔の少年がボロボロで地面に横たわっていた。
「レオ!レオ!」
ルイたちはレオに駆け寄ろうとした時、もう一人投げ込まれた。
「エマ!レオをお願い。」
ルイがもう一人に駆け寄ると、そこには銀髪の少年が傷だらけで倒れている。
(この人は確か。レオが言っていた……。一体なにが……。)
レオと因縁がありそうな少年もぼろぼろになっている。
その時、森の奥から身の毛のよだつような圧を感じる。震え上がるような威圧感。一人の男がゆっくりと現れた。黒いつなぎ服。そして堀が深く、凄みのある面構え。冷や汗が止まらない。対峙しなくてもわかる。これはまずい。
「全員臨戦態勢!刀を持て!」
ルイは声を荒げた。ルイはすぐさま刀を拾った。刀をもつ手が震える。
その男は鋭い眼光でルイたちをゆっくり見渡した後、縛られているサイモンの所へ向かう。縛られていた紐を腕力で千切り、サイモンの頬を軽く叩き、身体を揺らす。サイモンが目を覚ました。
「あっ……。タクトさん……。すいません。どじっちゃいました。でも次は次こそはちゃんとやりますから。」
「もういい。ひとまずお前は戻って身体を休めろ。あとは俺がやる。」
「いや!まだ俺できます!」
タクトはサイモンを睨みつける。彼はまるで子供の用に表情を落とす。
「わかりました。戻ります。気づいてると思いますが、あの獣人。チェインを使えます。失礼します。」
サイモンは重い体を引きずりながら森の奥へ消えていった。
「全員構えを取れ。」
タクトは低い声を放つと森がざわつく。ビリビリとした空気が肌を突き刺す。ルイがグッと目に力を入れた瞬間、タクトがルイめがけて突進、間合いに入られタクトの拳が襲ってくる。ルイは全力で身体を捻り、寸前のところで身体を大きく捻り、攻撃かわした。
すぐにタクトを目で追ったが次に瞬間には、エマとリリーは地に伏せていた。ミアだけは寸前のところで攻撃を躱せたようだ。
ルイとミアは身体を寄せ、タクトに向かって刀を構え続ける。しばらく対峙した後、タクトが口を開いた。
「お前たちはなぜハンターになろうとする。」
キリッとした三白眼を向ける。すると凄まじい圧が二人に襲い掛かった。気を抜けば意識を持っていかれそうだ。
「答えろ。なぜハンターになりたいんだ。」
ルイは突拍子のない質問に戸惑いを隠せない。この男はなぜそんなことを聞くのかと。すぐ攻撃に反応できるように身構えていると、ミアが口を開く。
「アタシは獣人。獣人と人間が手を取り合える世の中にしたい。それがアタシがハンターになる目標だよ。」
ミアの芯のある声が響き渡る。ルイも思い出していた。自分がハンターになりたいと思った原点を。
「僕は誰かを守れるヒーローになりたい。昔そうしてもらったように。困っている人に手を差し伸べられるようなハンターに。」
ルイの言葉を聞いたタクトの眉間に深い皺が寄る。身体中の怒りがこみ上げてくるような。タクトはつなぎ服の上を脱いだ。黒いタンクトップから見える彼の身体は筋肉の筋が見えるほど、鍛え上げられた肉体だった。
「お前が誰かを守れるヒーローになれるのか。俺が判断してやる。」
タクトは刀を抜いた。そしてルイに向かって強く刀を振り下ろす。ミアが応戦しようとした時、
「動くな!今はこいつと戦ってるんだ!邪魔をするな!」
タクトがルイを押し込む。必死に耐えるが、ルイは後ろへ回避。すると「逃げるな!」とタクトが言い放つ。しかし、ルイは攻撃できない。隙を見せれば確実にやられる。その時、タクトの拳がルイの水月を捕らえた。ルイは腹を押さえて、身を屈める。
「弱い。弱すぎる。本当にそんな力で守りたいものを守れるのか。お前はハンターに向いていない。やめろ。」
ルイは思いっきり蹴飛ばされ、身体が宙を舞う。その時、ミアは深く息を吸った。そして、
「舞い踊れ。朱梅。」
ミアの刀が金色に光り輝き、サイモンを倒した時のように双剣に変わった。凄まじい勢いでタクトに連撃を食らわす。タクトはミアの攻撃を受け流す。一撃、一撃と速度を増していく攻撃。それがタクトには通用しない。タクトはすべて受け止めた。ミアはタクトから距離を取り、微かに上がった呼吸を整える。そんな様子の彼女をじっと見つめ、
「その年でチェインが発動するとは。運がいいな。しかしまだ未完成だ。」
「チェイン?何言ってるかわからないけど、アタシはあなたを許さないから。」
「お前が俺を許そうが、許さなかろうがどうでもいい。俺はお前たちを連れていくだけだ。」
「あなたについていくわけないでしょ。」
「俺と一緒に来ればお前の夢を叶える手伝いをしてやる。」
「いやだね。アタシはルイと約束したから。アタシの夢はアタシが叶える。あなたの力なんて借りない。」
「力ない者が理想を語るのは……無意味だ。せっかくだからみせてやる。力の差を。」
刀身を顔の前に置く独特な構え。次の瞬間、空がおぞましく唸った。ミアが空を見上げる。森を覆う大きく暗い雲。この場所の上だけピシャッと雷が走る。
(なにが起こるの……。)
ミアは心は嵐のように激しく動揺している。そしてタクトが口を開いた。
「怒り轟け。霹靂紫雷狼」
森全体に狼の遠吠えのような音が響き渡る。ミアの背中が震え、瞳が揺れる。視線の先には、紫雷が形を作っていた。それは身の毛がよだつ大きな狼。その雷は獰猛な唸り声をあげ、タクトの刀を目掛けて降り注いだ。稲妻があたりを光らせる。紫色の閃光と大気を震わせる衝撃でミアは目を開けていられなかった。そしてあたりに沈黙が漂う。
ミアはゆっくり目を開いた。タクトの刀は身体の大きさほどの大剣に変わり、その分厚い重ねにビリッビリッと雷が走っている。そして彼は紫色のオーラを纏い、ミアに鋭い視線を向ける。
ミアは目の前に光景に息が詰まり総毛が逆立つ。五感すべてが危険を察知し、心臓が激しく波打つ。
改めて構えを取った瞬間、タクトが襲いかかる。ミアは顔を歪め、彼の攻撃を受け流す。負けじと連撃を繰り出すが、どこかおかしい。徐々に手に力が入らなくなる。
ふいにタクトが距離を取った。彼の大剣に稲妻が走る。バチバチと凄まじい音と目を塞ぎたくなる閃光。
そして「紫電荒天!」と声を上げ、刀を振り下ろした。地を割る斬撃と稲妻がミアに迫る。「ぐぁぁぁ!」とミアは悲痛の声を上げ。力なく、地面に伏した。美しい黄金色のオーラは消え、双剣はただの刀へと戻った。
成す術なく倒れたミア。タクトはふぅっと息を抜くと、オーラは消え、ミアと同じくただの刀へと戻った。そしてタクトは動かないミアの下へ歩みを進める。
その時、ルイがふらふらと立ち上がり、「待て……。」と刀を構えた。タクトは視線を移さず、ミアに近づく。ルイはミアの前にタクトに刀を振るう。しかし、無残にもまた突き飛ばされる。それでもルイはまた立ち上がる。
「もうやめろ。その胆力は認めてやる。しかし、これ以上やるのは命のやり取りになるぞ。」
ルイは息も絶え絶えになり、ただタクトを睨みつける。瞳にはまだ光が灯る。
(頼む。頼む。あれがくれば……。一気に形勢逆転できる……。お願いだ。こい!)
タクトがミアに手を伸ばそうとした時、ルイの中心から眩い光が広がった。ルイの窮地を脱する翡翠色の耀き。ルイの胸に希望が溢れてくる。
(きた!これで勝てる!)
ルイがタクトに距離を詰めようとした時、あるべきところにタクトの姿はなかった。
タクトは宙に舞う。そして彼の大きな拳がルイに向かってくる。
(なんで……。止まってないの。)
ルイはそのまま殴り飛ばされ。地面を転がった。タクトの表情が険しくなる。その時、レオが意識を取り戻した。
「いてぇ……。あの野郎。」
顔を歪め、あたりを見渡す。悲惨な光景に激しく顔を歪めた。視線の先には地面に倒れる親友の姿。指先だけがピクリと動いている。
「おい!ルイ!大丈夫か!てめぇ。ルイに近づくんじゃねぇ。ぶっ殺すぞ!」
「そこでおとなしくしていろ。気が変わった。こいつは連れて行かない。ここで潰しておく。」
そういうとタクトはルイの傍に立ち、膝を高く上げた。
「おい……。何する気だ。やめろ!」
「もうこいつに刀は持たせない。」
と極めて冷酷に言い捨てるとルイの腕を踏み抜いた。ゴシャッと骨が砕ける嫌な音。
「うわぁぁぁぁ!」
ルイの悲痛な叫びが暗い森に響き渡る。そして、間髪入れずもう片方の腕も踏み抜かれた。両腕はひしゃげて、折れ曲がっている。ルイの脳が痛みを、そして現実を拒絶するように意識が途切れた。
「くそ。くそ。くそ!」
レオは友を助けられなかった非力さに顔を歪め、手に血が滲むほど拳を握りしめて地面を叩いた。
「てめぇはおれが殺してやる。」
燃えるような復讐心が宿る目でタクトを睨みつける。
「こいつはハンターなってはいけない。お前もそのうちわかる。」
と切り捨てるように言い放った。
ルイは理不尽な力で両腕を壊され、友を傷つけられ、夢までも否定された。
「頑張ったよね。」
と呟き心の奥底に閉じ籠った。冥暗たるポツンと寂しい場所。ここに光は届かない。うなだれ膝を抱える。まるで捨てられた紙屑のように。
「なにもできなかった……。なにも……。痛い……苦しい……。」
そしてため息がひとつこぼれ落ちる。生気がするりと抜け落ちた。
「もう疲れた。だれか変わってくれ。」
その時、大きな目玉が一つ、薄く暗闇の中でルイを覗いた。それは赤黒い瞳、そして全体に不気味なヘドロのようなものを纏っている。
「お前は弱いなぁ。小僧。」
ゆっくりとしたドスの聞いた低い声。大きな赤い目玉にルイの姿が映る。小さい子供のように膝を抱え、前髪が視界を覆っている自分を見て、
「あぁなんて惨めだ。」
と弱弱しい声を上げ、また顔を伏せる。そして自分に納得させるように、
「弱いか……でももういい。それでいいよ。」
と呟く。ルイを覗く目玉がまるでルイを嘲笑っているかのように三日月の形に。
「諦めるか。それもまた選択だな。」
それがゆっくり、ゆっくりとルイのそばに。
「お前をこんな目に合わせたのは誰だ?」
ねばっこく甘ったるい口調で語りかける。それを纏うヘドロがルイの身体を包んでいく。
「誰?あぁ。あの男だ。あの男がみんなを痛めつけた。」
ルイの瞳に目玉の瞳の色が反射する。ルイの美しい緑色の瞳が徐々に赤黒く染まっていく。
「お前はどう思った?なにを感じた?」
「どう思った?憎い。あいつが。あいつさえいなければ……。」
ルイの柔らかな髪は逆立ち、身体に力が入り、震える。ヘドロが完全にルイを覆い尽くした。
「奪われるぞ。お前の大切なものが。」
怒りと憎しみに侵食されていくルイを目玉はじっくりと楽しそうに眺めている。
「許さない。許さない。許さない」
ルイの息が荒くなる。胸が、身体が燃えるように熱い。全身の血液が沸騰するような感覚。
「お前はどうしたい。」と笑みを含む口調で問いかける。
「あいつを……絶対に……。」
「殺してやる。」




