5章 獣人の里⑤咲き誇る椿、その誇りを矢に込めて
「お前!何者だ!どうやってこの里に入ってきた!」
ソーマがルイたちを押しのけ、威圧するように声を張った。彼女は髪を指でくるくると巻きながら、薄紫の瞳でただ見つめる。
「私はアラサラ。教えてもらったのよ。ちょっとそれ持ってきて。」
狼型の災獣が何かを咥えてそれを地面に投げ捨てた。痛々しい傷のある二人の獣人が地面に横たわっていた。彼らは体中に白い小さな針が刺さっておりうめき声を上げている。
「なかなか教えてくれなくてねぇ。遊んでたら教えてくれたわ。ほら見て。サボテン見たいでしょ?でも不思議ね。刀だけは絶対に離さないの。」
軽く弾むような口調で笑顔を見せた。ソーマは怒りで身体を震わせる。
「貴様……。貴様は人間か。」
「私は人間じゃないわ。そうね……。昔呼ばれてたのは……。魔人?」
アラサラは横たわる二人の獣人に手をかざす。すると彼らは壊れたロボットのようにぎこちなくに立ち上がる。
「ほら。遊んできなさい。お人形さんたち!」
関節をぐちゃぐちゃさせた二人が一斉にソーマに襲い掛かる。彼は思いもよらない出来事に反応が遅れてしまった。死を覚悟した時、金属音が二つ鳴り響く。寸前のところで彼らの刀をルイとエマが受け止めた。そして二人は彼らをはじき返す。地面の上を這いつくがるようにもがく獣人にアラサラはクスリと笑いかけた。
「あら?なんで人間が獣人を庇うの?面白いことするわね。あなた達。いつの間に仲直りしたの?せっかく私が遊んであげたのに。」
ミアがアラサラの言葉を耳にした瞬間、「どういうこと……。」と言葉が漏れる。
「私たちって。ものすごく昔から生きてるの。それでなんてところだったかな……。忘れたけど人間と獣人が暮らしてるところがあってね。暇だったから獣人が人間を襲ったらどうなるのかやってみたの。獣人がね。泣きながら人間を切ってたわ。面白かったわ……あれ。」
アラサラは口元を両手で抑え、あふれ出る笑いを堪えている。
「じゃああなたがあの事件を引き起こしたの?暇だったから?そんな理由で?」
「まぁ正直理由はそれだけじゃないけどね。余興?みたいな感じ。」
ミアは「ふざけるな!」と激情をはらんだ叫び声をあげ、彼女に切りかかった。しかしミアの怒りの一撃は空を切った。アラサラの姿がない。ミアは足元に見慣れない影が。ミアは空を見上げた。 そこには大きな白い翼で悠々と空を舞うアラサラの姿があった。
ミアは眉間に皺を寄せ、甘美な表情をするサラサラを見上げた。その時、目の前に待機していた災獣たちが突如ミアに向かって飛び掛かってきた。ミアはそれを間一髪かわし、ルイたちの下へ下がる。
「お前の狙いはなんだ!なぜこの里に入ってきた。」とソーマは声を荒げた。
「ちょっとほしいものがあってね。それがこの里のどこかにあるんだけど。こんな感じの石がついている剣を知らない?」
彼女が細長い指で撫でるように形を作って見せた。それは昨日オーガが持ってきたあの錆びた剣に形が酷似していた。ソーマは悔しそうに拳を震わせる。
「それがあればお前はここから立ち去るのか。」
「そうね。それ以外目的はないし。いいわよ。」
彼女は細い髪を手でなびかせ、空からソーマを見下ろしている。
「ソーマさん!あれはこの里がずっと守ってきたもの。あのような者に渡してはいけません!」
ヤヒコのその言葉を聞いたアラサラは冷たく舌打ちをし、
「めんどくさいわね。行きなさい。」
と勢いよく手を振った。動きを止めていた災獣たちが里の中に放たれた。年季の入った家屋を破壊し、この場所でも悲鳴が上がり始めた。
「早くしないとこの子たちがみんな食べつくしちゃうわ。急ぎなさい。」
大きく顔を歪ませたソーマが屋敷に向かって走り出した。頬に手を添わせその無様な背中に甘い視線を送るアラサラはふふっと小さく微笑んだ。
「私は退屈だからお人形さんごっこでもしようかしら。」
彼女が再び地面に手をかざすと、地面に倒れていた獣人たちが動き出す。うめき声を上げ、ルイたちに向かって乱暴に刀を振り回した。家屋の細い隙間からも武器を持った獣人たちが現れ、ルイたちに襲い掛かる。彼らは必死に襲い掛かる獣人の攻撃を受け止める。
「ヤヒコさん!ソーマさんを止めて。僕たちのことはいいから行ってください。」
「でもそれでは君たちが!」
ルイは暴れる獣人の刀を弾き飛ばし、ヤヒコの細い目を見つめる。ヤヒコはギリリと奥歯を噛みしめ、屋敷の方へ駆け出した。アラサラはその後ろ姿を見ながら、
「本当はどこにあるのか知ってるけどね。」と呟く。
「いつまで持つのか楽しみだわ。」
白い翼を羽ばたかせ空を舞うアラサラはルイたちの苦しむ姿をうっとりと見下ろしていた。
ルイたちの前にアラサラが現れる頃。部屋で書き物をしていたオーガは外の異変を感じ、屋敷から里を覗く。
(なんだ。この禍々しい気配は。)と心の中でつぶやき、遠くを見るように目を細めた。その時、小さな獣人の子に刀を振り上げる獣人の姿が。オーガは屋敷から迅雷のごとく凄まじい勢いで飛んだ。ガキンと金属同士がぶつかる。間一髪その振り下ろされた刀を止めた。
「やめろ!子供に向かって何をしている。気でも狂ったか!」
オーガは刀を振り抜き、彼を弾き飛ばした。
「大丈夫か?儂の屋敷に避難しなさい。」
と優しく声をかけるも泣きじゃくる子供が家に中を指差す。そこには女性が血を流して転がっていた。畳に彼女の血が染み込んでいる。揺らぐ瞳がそこに向いていると、オーガに向かって大勢の獣人たちがフラフラと近づいてくる。そして彼らが一斉にオーガに襲い掛かった。オーガが刀を構える。迎え撃とうとしたとき、オーガの表情が大きく歪む。
「里長。殺してください。お願いします。」
彼らの悲痛の叫びがオーガの太刀筋をぶらす。オーガはただ彼らの攻撃を防ぐことしかできなかった。
その頃ルイたちもオーガと同じ状況であった。獣人たちは思いっきり刀を振り下ろすが、彼らの悲痛の叫びを聞くと反撃できない。
「どうしてもならもう楽にしてあげるしか……。」
とミアが振り絞るように呟いた。悲しそうな彼女をルイは横目で視界に入れる。ルイの胸が締め付けられる。そしてルイは何か決めたように前を向く。獣人が振り下ろした刀を避け、それを足で上から踏みつける。そして思いっきり刀を振り下ろした。パキンッと音が鳴り、獣人の刀は根元からへし折られた。それでも獣人は同じ動作をプログラムされたかのように刀身のない刀を振り回す。
「二人とも!ひとまず刀を折って!」
そこからルイたちは必死に獣人たちが持つ刀をすべてへし折った。獣人たちは舞でも踊るかのようにただ折れた刀を振り回していた。
ルイは彼らを警戒しつつも、空に浮かぶアラサラに険しい表情を向ける。
「おい!降りてこい!僕たちが相手だ!」
アラサラは無表情でルイたちを見下ろす。そして不敵な笑みを浮かべた。
「それじゃあもっと面白くしてあげるわ。」
折れた刀を振り回す獣人たちに手をかざす。アラサラの手から白い束のようなものが発射され、それが獣人の腕に巻き付き、刀を形作った。
「絶対に折れない特製の刃よ。止めたいなら腕を切り落とすしかないわね。ちなみにそのお人形さんたちは殺しても止まらないわよ。さぁ。どうするのか楽しみだわ。」
アラサラは薄い桃色の唇を舌で潤し、ルイたちに熱い視線を送っていた。
ルイたちは必死に攻防を繰り返す。しかし終わりの見えない戦いに体力そして気力が削られる。その時、エマの膝がガクッと折れ、地面に片膝をついた。
「エマ。下がってて!ルイとなんとかするから!」
ルイとミアが二人で彼らの攻撃を凌いでいる。その背中を見たエマは顔を歪めた。ハンターになってから守られてばかり。無力感に苛まれ、悔しさで地面の土を握りこむ。
ルイやミアと違って目標はなかった。ハンターになろうと思ったのも、ルイとレオが目指したから。別に何とも思ってなかった。ずっとそうだったから。時折ルイたちが羨ましかった。目標や夢に真っ直ぐ進める人たちが。
(結局私はどうなりたいんだろう……。)
エマは小さい頃の記憶を急に思い出した。母親と手を繋いで歩いていた時、見知らぬ子どもが同じ年ぐらいの子にいじめられていた。それを見たエマは怒ってそのいじめた子を蹴り飛ばした。恐らくその子の母親であろう人物がものすごい剣幕でエマをしかりつけ、エマの母親は何度も頭を下げる。エマは自分のせいで怒鳴りつけられている母の姿を見て胸が苦しくなった。
その夜、エマは一人部屋で暗い表情をしていると、エマの母親が部屋に入ってきて、そっとエマを抱きしめた。
「どうしたの?何をそんなに落ち込んでいるの?」
「ごめんなさい。お母さんを嫌な気持ちにしてごめんなさい。」
ガラス玉のような丸い目からぼろぼろと涙が溢れてくる。エマの母親は柔らかく微笑み、エマの頭をそっと撫でた。
「そうね。急に突き飛ばしたのはよくなかったかもしれないわね。」
「お母さんも怒られた。私がやったのに、お母さんまで怒れちゃった。」
「いいのよ。だって私はエマのお母さんだもの。エマ?こっちを向いて?」
泣きじゃくりながらエマは母の顔を見上げる。春の木漏れ日のような温かく優しい顔がそこにはあった。
「エマはいじめられている子を放っておけなかったんでしょ?お母さんはその優しい心がとてもうれしかったわ。だから何か迷ったら自分に誇れる自分でいられるようにしなさい。間違えたらお母さんがまた一緒に怒られてあげるから。」
そこからエマはしばらく母の腕の中で涙を流していた。その時はその言葉の意味があまりよくわからなかった。
(自分に誇れる自分か……。)
エマはようやく母の言葉を心で感じた。別にハンターじゃなくてもよかったのかもしれない。でもエマはハンターを選んだ。ルイやレオに守られたとき、そして今も。自分の方が弱いからしょうがない。そう自分の心に嘘をついた。助けてもらってばかりは嫌。私も力になりたい。
エマはゆっくり立ち上がって前を向いた。
(自分で選んだ道。それを正解にするしかないわよね。)
その時、エマの手に花を縁取ったような鍔の刀が握られていた。
「咲き誇れ。華椿」
花の香りがルイの鼻をくすぐる。振り返るとエマの頭上に淡い桃色の光が織りなすイタチのような姿が。それの周りを同じ光の三つの刃が旋回している。それはしなやかな身体をぼんやり輝かせ、エマの刀へ降下。パンッと光が弾けるとエマは凛とした立ち姿。赤みがかった桃色のオーラを身に纏い、手には花の装飾が施された弓を持っていた。エマは力強い瞳をアラサラに向け、弓を引く。
「構えなさい。私なら届くわよ。」
エマはアラサラに風を切り裂くような矢を放った。彼女がひらりと矢を躱す。躱したはずなのに、アラサラの黒紫色のドレスの裾が切り裂かれた。彼女は冷たい視線でエマを見下ろした。
エマは何発も連続して矢を放ち続ける。アラサラは黒紫色のドレスを激しくなびかせて、エマの矢を大げさに避け続けた。
「うっとしい小娘。お人形さんたちやってしまいなさい。」
アラサラは手をエマに向けた。獣人たちがエマに向かって飛び掛かる。ルイは彼らの攻撃を受け止めると、さっきまで襲ってきた獣人がルイたちに応戦した。ルイは「え?」と声を溢す。
「身体が勝手に動いて君たちに襲い掛かってしまった。申し訳ない。でも急に動けるようになった。俺も戦う!」
エマが矢を何発が放つと、時折身体の支配から逃れたかのように獣人が攻撃を止めた。ルイが目を細めよく見てみると、身体の至るところに細いなにかが。ルイは何か思いついたような面持ちに。
「息吹け。天碧の刹那」
ルイはチェインを発動し、まだ襲い掛かってくる獣人の周りの空気を鎌で切ってみた。微かだが出ごたえがある。すると今さっきまで刀を振るっていた獣人が安堵し、へたりこんだ。
「やっぱり……。糸だ!この人たち糸で操られてる!チェインを使えばその糸が切れるからミアもチェインを使って!」
ルイは支配されている獣人たちの周りに大鎌を振りながら声を上げた。
「わかった!舞い踊れ。朱梅。」
エマはアラサラに矢を放ち続け、ルイとミアは獣人たちを彼女の支配から救っていった。飛び回っていたアラサラは不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
「あぁ。もうめんどくさい。私が取りに行った方が早いわね。」
アラサラが屋敷の方を向く。ルイは「待て!」と叫ぶが、彼女は大きく翼を羽ばたかせて屋敷へ飛んで行った。




