5章獣人の里③誇り高き人の魂を持つ獣人
ルイたちの下に現れた斧や棍棒で武装した獣人たち。ミアは表情を険しくし、猫のように大きな眼を鋭くする。
「どういうことですか。今回のこの任務は國と里が連絡を取り合っていたはず。これはアタシたちの國への攻撃と捉えられてもおかしくないですよ。戦争でも始めたいんですか!」
ミアは声を荒げた。しかしその声は虚しく暗い空に溶けていく。
「今回の件。連絡を取り合っていたのは次期里長。私たちの行動は彼の意思ですよ。それにこれが外に漏れることはありません。蓮の國の方々にはハンターは来なかった。ここに来る道中不幸なことがあった。と伝えるだけですから。」
ヤヒコはルイたちに不気味な笑顔を見せた。ミアは腰の刀にそっと手を置いた。
「そんなことをアタシたちの國の人が信じるとでも?」
「大事なの論より証拠です。私たちがやったという証拠がなければ何もできません。幸いここはあの男以外自力で入れませんし。」
不穏な空気が張り詰める中、ルイはヤヒコの薄ら笑いに物憂げな眼差しを注ぐ。
「ヤヒコさんは人間が嫌いなんですか?」
するとヤヒコの薄ら笑いが消える。冷え切った表情をルイに向けると、ヤヒコは袖から両手を抜き、上裸になった。身体には大量の深い切り傷、そして痛々しいやけどの跡が残っている。
「私は昔、人間の奴隷でした。彼らは悪魔だ。笑いながら、炭を押し付け、刀で切りつけるのです。そんな中、命からがら逃げだし、この國に拾われました。ここに住む獣人の多くが人間に恨みを持っています。」
ヤヒコは今まで演技をしていたような声色だったが、今発している言葉には芯がある。
「そういえば人間が嫌いかどうか。という質問でしたね。視界に入れたくないほど、存在を許せないほど嫌いです。だからミアさん。あなたも許せません。先ほど何と言いましたか?アタシたちの國?獣人のあなたが?あなたがいるべきところはそんなクズどもがいるところではない!ここです!この獣人の里こそ。あなたがいるべき場所なんです!」
糸のような細い目の奥に燃えるような恨みや憎しみが宿っている。しかし、ミアはいつになく鋭い視線をヤヒコに突き刺した。
「アタシの大切な友達をクズなんて呼ばせない。アタシの居場所はそこだ!お前のような諦めた者と同じにするな!」
「……あぁ。わかりましたよ。ちょうど今は里長もいませんしね。あなたを殺してもしょうがないです。覚悟しなさい!」
ヤヒコが先陣を切ってルイたちに襲い掛かった。激しい戦闘が繰り広げられる。獣人たちはただ力任せに武器を振るう。ルイは受け止めるが、彼らの攻撃は力強く、人間に対する恨みをひしひしと感じた。
「なかなかやりますねぇ。」とヤヒコが呟くと指をパチンと鳴らす。街からぞろぞろと武装した獣人が溢れてきた。彼らの殺気だった雰囲気はもう話し合いで解決できるものではない。そう考えたルイはミアと顔を見合わせる。ミアはコクッと頷く。
「息吹け。天碧の刹那」
「舞い踊れ。朱梅」
二人はチェインを発動した。眩い光が暗闇に包まれた里を明るく照らす。
「エマ。僕たちの後ろに。」
エマは一歩後ろに下がった。ヤヒコはチェインを発動したルイたちを見て、再び役者のような身振り手振り。
「ほぉ。その年でチェインを使えるなんてなかなかやりますねぇ。私たちも覚悟を持ってお相手しなければ……。」
そう言い終えると覚悟を決めたような面もちに変わった。周りにいる獣人たちの表情もさらに険しくなる。
「ルイ。しょうがない。本気で行こう。躊躇してたらアタシたちがやられちゃう。」
「でも。それではミアの夢が……。」
ミアは唇を噛みしめ、悔しさを堪えるように目に影がかかる。ルイは必死にこの場の打開策を考え続けた。
(くそどうすればいいんだ。チェインを使えば怯むと思ったけど、全然だめだ。)
張り詰めた緊張感が漂う中。ヤヒコが「いけ!」と声を荒げて叫ぶ。獣人たちが一斉に迫ってきた。その時、急に地面が爆ぜる。ルイたちと獣人のちょうど間ぐらいで砂塵が舞い広がる。ルイは咳をしながら目を細めその場所を見た。そこにはひときわ大柄な獣人がいた。色の抜けた白髪を後ろに流し、金の刺繍が細かく入った黒地の袴を着ている。
「ここで何している。お前たち人間か?どうやって入ってきた。」
ルイが一つ瞬きをした。気づかぬうちにその獣人がルイたちの前にそびえ立っている。老人だが、威圧的で顔の部位の主張が激しい強面。
ルイとミアが構えようとすると、彼は二人を抱え上げた。力が強くて振り切れない。
「ルイとミアを離しなさい!」
エマが声を上げ、その男に切りかかろうとするが、何も起こらない。
どうしたんだと言わんばかりにルイが振り返ると、エマは刀を振り上げたまま口をあんぐりと上げ拍子抜けた表情をしている。ルイがゆっくりその獣人の方を向くと、同じように口をぽかんと開けた。目の前にいる大柄の男が切れ長の目から涙を溢れさせている。
「うぉ!人間の子供たちよ!俺は……。俺は……。猛烈に嬉しいぞ!」
耳を塞ぎたくなるほどの大きな声。ルイは困惑し、口元が引きつる。
(なんなんだ。この人は。それよりも!)
ルイは首を伸ばすようにして彼の後ろにいるはずの獣人たちを覗いた。殺気立っていた彼らの表情が目に見えて青ざめている。ミアが苦しそうに顔を歪めると、強い視線を向ける。
「ちょっと!すいません!痛いから離してもらえますか?アタシたちまだ戦わないといけないんです。」
「おぉ。すまんすまん。なんか感動しちまってよ!」
男はルイとミアをゆっくり降ろすと頭を掻きながら高笑いした。
「それよりも俺の里で戦うって。誰と戦ってんだ?」
ミアが指をさす。男が振り返るとヤヒコたちの身体がビクッと跳ね、震えていた。男は何も言わずにヤヒコの下へ歩き出した。
「おい。これはどういうことだ。なぜお前たちが武装している。」
低く唸るような声色でヤヒコ、そして周りの獣人たちを鋭い視線を向ける。
「里長。お帰りが早いですね。明日の帰りだと聞いていたのですが。」
「俺の里に俺がいつ帰ろうか。帰らなかろうが。俺の勝手だろう。」
ヤヒコは姿勢を低くし、ごまをするような高めの声を発した。しかし男は腕を組み、彼を威圧するように見下ろす。
「全員武器を捨ててさっさと散れ!」
地を揺るがすような大声を上げた。武装した獣人たちはしりもちをつき、逃げるように走り出した。
「では。私も……。」とヤヒコが四つん這いで地面を這って逃げようとしたとき、男が大きな手で彼の掴む。ヒィッと小さな悲鳴が上がる。
「お前には話を聞かないといけないからな。ここで大人しくしていろ。逃げるなよ。」
ヤヒコは何度も大きく縦に首を振った。
ルイたちの下へ歩いてくる男の顔はさっきのミアと同じような悔しさを押し殺したような顔をしていた。
「うちのものが申し訳ないことをした。すまん。」
男が視線を正し、深々と頭を下げた。
「里の長ともあろう人が人間なんかに頭を下げるなど。」
ヤヒコが細い声で言うと、男が睨みをきかせる。ヤヒコは再び小さくなった。
ルイたちが茫然と見つめていると、男は大きく胸を張った。その姿は逞しさ、そして勇ましさに溢れていた。
「自己紹介が遅れた。俺はこの里の長。名をオーガ。この身に流れるは、古き血。 この身に宿るのは、誇り高き人の魂。本日、この場に参りましたのも、ひとえに皆様のご縁あってのこと。この一期一会、大切にさせていただきます。」
とまるで歌舞伎役者のような一本立ちで語った。その目を惹きつけるような魅力のある姿にルイは心の中で拍手を送った。
「ひとまず、お前たちは俺の屋敷にこい。ここにいたんじゃ気が休まらんだろ。今ヤヒコから話を聞いてくるからちょっと待っててくれ。」
エマは考え込むように頬に指を添え、歩き出すオーガの背中を見た。
「ねぇ。あの人なんなの?この里の長って言ってたけど。なんでそんな人が私たちを助けてくれるのよ。」
「わからない。でも……。あの人からは敵意を感じない。」
ルイはチェインを解いた。そしてふぅっと安堵の息を吐き、胸を撫で下ろす。しかし、安心しているルイとは異なり、ミアは悔しい気持ちがあふれ出ていた。
「待たせたな。バカ息子が勝手なことをしちまったみたいだな。ぶっ飛ばしとくからそれで許してくれ。」
「あの!一つ聞いてもいいですか。あなたは人間のことをどう思ってますか。」
ミアは今にも泣きそうなすがるような表情でオーガを見つめる。唇を震わせ、自分を信じるようにキュッと胸を握りしめた。
「おれは大好きだぜ!」
一点の曇りも感じさせない晴れ晴れとした声色でそう答えた。
その言葉を聞いたミアは小さく何度も頷き、拳を握りしめた。それは自分の心に大丈夫。大丈夫と言い聞かせているようだった。
「着いてこい。屋敷に帰るぞ。」
静寂な夜の中、ルイたちはその大きな背中を追いかけるように足を進めた。
オーガの屋敷へと続く幅の広い一本道をルイたちは視線を地面に落として歩いた。家屋から顔を覗かせる獣人たちの射るような視線がルイたちに降り注ぐ。それはオーガの屋敷に着くまで続き、精神的な疲労がルイたちを苦しめた。
オーガの屋敷は城のような形で、入り口が石垣の塀で囲まれている。屋敷の階段を上がり、廊下を歩いていくとオーガはひときわ豪華な装飾を施された襖の前で止まる。彼はヤヒコに鋭い目を向け「止めるなよ。」と言い、勢いよく襖を開けた。広々とした部屋には畳が敷き詰められており、オーガは奥の襖に強い視線を送る。
「戻ったぞ。ソーマ。ちょっと出てきなさい。」
奥の襖が開くと同時にオーガはそこへすさまじい速度で飛ぶ。そして顔を出した人物に鉄拳を食らわす。凄まじいと衝撃で屋敷が揺れた。ルイたちはオーガに手招きされ、襖の奥を覗く。地面に伏し、鼻から血を流している獣人。やや小太りでオーガと同じように髪を後ろに流した男性がいた。
「ヤヒコからすべて聞いた。人間をこの里に招き、襲撃させたのはお前の指示だとな。なぜわからない。人間も我らと同じ。いい人もいれば悪い人もいる。一括りにするなと。」
オーガはハキハキと聞き取りやすい声色で言葉をぶつけた。ソーマはしおれていた縦縞の入った耳をぴんと立て、オーガを睨みつけた。オーガの気迫のある顔立ちを少し薄くしたような顔つき。吊り上がった目はどこかいじわるそうな雰囲気を漂わせる。
「うるさいんだよ。もうその話は聞き飽きてんだ。」
振り絞るような声を出した後、彼のいじわるそうな目がルイたちを捕らえる。彼の吊り上がった目が一層鋭くなる。
「親父!人間をこの屋敷に入れるなんてありえないだろ!そいつらをさっさと追いだしやがれ!」
激昂したソーマがルイたちに襲い掛かる。オーガが止めに入ると、殴り合いが始まった。ソーマも見た目に反して弱くはない。しかしオーガが強すぎた。畳の上で息を切らしているソーマをオーガは見下ろした。
「この屋敷は俺のものだ。お前に決める権利はない。部屋で反省していろ。ヤヒコ。連れてけ。」
ヤヒコは姿勢を低くし、ソーマを背負って足早にこの部屋を後にした。
「血の気の多いやつですまんな。根は悪くないんだが。しかし散らかってしまったな。そっちの部屋で話をしよう。」
オーガは散らかった部屋を隠すようにそっと襖を閉めた。




