表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/35

5章 獣人の里②境界線の向こう側

 任務当日。三人は地図を確認しながら、森の中を歩いていた。二つ夜を超え、森の奥深くに進んでいく。そして地図の×印のところで三人は立ち止まる。ちょうど森が切れているような開けた場所。ルイはあたりに視線を走らせる。


「ひとまず目的の場所まで来たけど……。何もないね。」


 その時、森の奥から人影が現れる。袴姿で顔全体を布で覆い、鋭い視線だけを向けている。


「何をしに来たのですか?」


柔らかい声だが、背負った刀に手を触れていた。その時、ミアが彼のもとへ一歩踏み出す。


「アタシたちは蓮の國のハンター。獣人の里に任務できました。」

「……なるほど。あなたたちが。それは失礼しました。」


 彼は頭を覆う布を取った。薄く笑みを浮かべた男性。細く糸のような目。そして頭には大きなヒョウ柄の耳があった。


「ヤヒコと申します。以後お見知りおきを。皆様を獣人の里にご案内いたします。私の後ろをついてきてください。」


 ヤヒコは紳士的に胸にを当て、頭を下げた。



 ルイたちは彼の後ろに着いていき、森の奥へ足を進める。ルイはチラチラと横目でヤヒコに視線を送る。


「あの……。ヤヒコさんはなんで顔を隠してたんですか?」


 ヤヒコはおもむろに袖口をまくって見せた。そこには刀で切りつけられたような切り傷が。


「以前襲われましてね。どうやら人間の中には耳や尻尾があると災獣と判断する人がいるようで。だから里の外ではこうすることにしたのです。無駄な殺生は好ましくありませんからね。」


 ルイは「すいません。」といいバツの悪い表情をした。


「あなた方は獣人をどう思っていますか?ご友人の前ですが、忖度はいりませんよ。」

「獣人ね。ミアしか見たことないけど……。別に私たちとなにも変わらないと思うわ。」

「僕は人間よりももっと人っぽい気がするけどね。ミアを見てるとそう思うよ。」


 それを聞いたミアは尻尾をぶんぶん振り回しながら口元に笑みを浮かべた。


「なるほど。ミアさん。あなたはいい人たちに恵まれているのですね。」

「そうだね。ルイやエマと出会うまでは友達もいなかったし。アタシは運がいいんだ!」


 ヤヒコは微笑み続けていた。しばらく歩き、森の中で少しだけ開けた場所でヤヒコは立ち止まった。そして勢いよく振り返り、わざとらしく両手を広げた。


「さぁ。着きましたよ!」

「えっと……。ヤヒコさん。何もないですけど。」


 ルイはあたりを見渡すが視界に映るのは木や草木。人の気配すら感じない。ヤヒコはルイの顔にぐっと近づき、得意げに人差し指を立てた。


「なぜ私たち獣人の里がこれまで見つからなかったと思います?不思議に思いませんでしたか?」


 エマは腕を組み、考えているように眉間に皺を寄せていた。


「確かに。地図にもどこにも乗ってなかったわ!そうか!答えがわかったわ!」


 ルイとミアの視線が自信満々のエマに集まる。ヤヒコはグッと強い視線を向ける。


「獣人の里は地面の中にあるのよ!きっとこのあたりに隠し扉があるのね。そうでしょ。ヤヒコさん!」


 三人の視線は貧相な口を微かに開けたヤヒコに向く。そして彼は「違います。」と答えた。


「でもいい線を行ってます。ルイさん。ちょっとこちらについてきてもらえますか。」


 ルイはヤヒコの後を追った。何百年も生きたであろう大きく太い木。木の上の方にひっかいたような傷がある。


「ヤヒコさん?」


 ルイは微かに困惑した表情でヤヒコを見上げた。ヤヒコの瞳が微かに揺らめいているように感じる。その時、急にヤヒコに突き飛ばされた。ルイの目の前に大木が。ルイはとっさに手を出した。しかし、手には何も触れず、そのまま前に倒れこんだ。


「いてて。」と声を漏らし、身体を起こすと目を見張った。ルイの目の前に大きな木製の門。そして横を見渡すと土で固められた高い塀がある。


 ルイは驚き、地面に膝をつきながら放心していると、


「突き飛ばしてすみませんね。ちょっとした余興です。驚かれました?」


 ヤヒコが片手でルイの腕をぐいっと引っ張り、身体を立たせた。ヤヒコの後ろにはエマとミアもいる。


「あんたいきなり消えちゃったからびっくりしたわよ。」

「ヤヒコさん!わざわざ突き飛ばさなくてもいいじゃん。」


 ミアはやや強めの口調でヤヒコに迫る。彼は気圧されたように、一歩後ろに下がる。


「すみません。つい驚かせたくなってしまって。」

「僕は大丈夫だよ。それよりもここが……。」


 空は高く澄み渡り、心地の良い風がルイの肌を撫でる。その時ヤヒコはルイたちの前に立つ。


「ようこそ。獣人の住む里。名を柊。身体を休め、存分に楽しんでくださいませ。」


 ヤヒコは両手を広げた後、まるで舞台役者のような優雅な手振りで深くお辞儀をした。お辞儀をしたヤヒコをただ笑みを耐えさなかった。




 ルイたちは目の前に聳える大きな扉のを見上げてた。ヤヒコがその門にそっと触れる。重たい扉が重低音を奏でて開いた。その門をくぐると、奥が霞むほどの長い一本の幅の広い道。古びた家屋がずらっと並んでいる。そこを歩く人々は全員獣の耳、そして尻尾を持っている。ルイたちがその道を歩くと、笑みを浮かべた獣人がルイたちに視線を向ける。


「すごい。本当に獣人だけしかいない。」

「もちろんです。ここは獣人の里ですから。」


 ヤヒコは後ろで手を組み、正面を向いたまま前に進む。その時、家屋の一階で商売をしている獣人がヤヒコを呼び止めた。


「おう!ヤヒコさん!今日は珍しいお客さん連れてるじゃないか。これ持っていきな。」


 彼は肉の串を四本渡した。そしてルイたちに視線を移す。


「特に遊ぶ場所はないけどよ。ゆっくりしていってくれ。」


 親指を立て、笑顔を見せた。表情の筋肉が微かに震えている。獣人たちは度々明るい声をかけるがその度になぜかルイの胸のもやもやが大きくなっていく。



 やがて獣人の里にも夕暮れが訪れる。ヤヒコはルイたちが泊まる宿舎に案内してくれた。


「明日の夜。里長が帰ってきます。また明日お迎えに上がりますので、ゆっくりとお休みください。」


 ヤヒコは再び舞台役者のような大きな身振りをし、お辞儀をした。


 ルイたちの部屋はすでに手配されていた。上の階の廊下を渡った奥から三部屋。ルイは荷解きをし、三人で一階の食事処で夕食を食べることに。階段を降りていくと、ざわざわと賑わう声が聞こえる。ルイたちは一番奥の席に案内された。


 エマは席に着くと、緊張の糸が切れたのように机に身体を預ける。


「ふぁ。なんかすごい疲れたけどいいところね。獣人ってみんな親切でびっくりしちゃった。」

「アタシも安心した。獣人が人間を恨んでいないか。嫌っていないか。結構不安だったんだ。」


 ミアは食事処にいる獣人たちに感慨深い瞳を向けた。いつの日か獣人の中に人間も混ざって楽しく食事をできることを想像した。一方ルイは釈然としたこの気持ちを打ち明けられずにいた。


 従業員がルイたちの卓に料理を運んでくる。机の真ん中に切り分けられた大きな肉。色鮮やかな野菜。そして各々の前に汁物が置かれた。ルイたちが手を合わせて、食事を取ろうとしたとき、ルイのエマの汁物に小指の先ほどの虫が入っていた。ルイとエマは互いに顔を見合わせた。


「まぁ。取れれば食べれるし、いちいち言わなくていいわよね?」

「だめだよ。ちょっとそれ貸して。アタシが言ってくる。」


 ミアは二人の汁物を持ち、従業員のもとへ。ミアは料理を運んできた男の従業員を見上げる。


「すみません。この料理に虫が入っているので、新しいものに取り換えてもらえますか?」


 彼はミアの瞳をじっと見つめると、頭を下げた。


「それは申し訳ありません。今すぐ新しいものをご提供します。お席でお待ちください。」


 ミアがほっと胸を撫でおろし、席に戻ろうと後ろを向いた瞬間。チッと舌打ちが聞こえた気がした。


 ルイとエマは食事をしている最中、周りの獣人たちが度々二人に送る視線を感じていた。


「僕たち見られてるね。」

「珍しいからじゃない?ここはずっと獣人しかいないわけだし。まぁあんまりいい気はしないわね。ミア大変じゃなかった?蓮の國でずっとこうだったんでしょ?」

「いや~。アタシも途中からフード被ってたし、耐えてたわけじゃないよ。」


 エマとミアが話をしている中、ルイは左右に瞳を走らせていた。ルイの視線を感じては目を反らし、違う方を向けばまた見る。その繰り返し。ルイはそれらを気にしつつも、ここでの食事を楽しんだ。



 食事を終えたルイは部屋で刀を手入れしている。今回の任務でこの刀を使わないことを祈っていた。その時、コンコンコンと誰かが部屋をノックしてきた。ルイが部屋の扉を開けると、そこには頬を赤らめたエマがいた。石鹸の香りがルイの鼻をくすぐる。


「どうしたの?」

「ちょっと今回の任務のことで相談があるんだけど、入ってもいい?」


 普段のエマであればずけずけ部屋に入ってくるのに。エマの躊躇う様子を不思議に思った。


 ルイは座布団を差し出し、エマは固まったように正座した。部屋の中が静寂に包まれ、外で鳴いている虫の声が聞こえる。ルイはしばらく黙っていたが、エマが珍しい柄の服を着ていた。女の子らしい桃色の花の模様が入った服。ルイはその服の生地が気になったので、おもむろに手を伸ばし、生地をつまんだ。エマの身体がビクッと跳ねる。


「その服寝る用?生地がいいね。よく眠れそう!」


 ルイが朗らかな笑顔を見せる。エマは「うん。」というだけで会話が続かない。


「エマ?どうしたの?もしかしてどこか体調悪い?」


 いつもと様子の違うエマを観察するように注意深く見た。


「ルイ……はさ。すごく強くなったよね。達成している任務だって多いし。正直私たち同期の中だったら一番先を行ってると思うの。だからその……。頑張っててかっこいいなって思った!はい!終わり!じゃあね!」


 エマは大きく声を張り上げると、勢いよく立ち上がり早足で部屋の外に出ていった。その嵐のような出来事にルイは口をポカンと開け、ぼーっと天井を見つめている。そして(久しぶりにエマに褒められた!)と心の中でガッツポーズをした。


 エマは勢いよく自分の部屋の扉を閉めた後、布枕に顔をうずめた。耳が赤くなり、足をバタバタとさせる。


(もう……。任務中になにやってんのよ私。)


 顔から表情が消え、ただ何もない白い枕を見つめている。その時「いくじなし。」とどこからか不満そうな声が聞こえた。声に反射するように急いで振り返るとミアが呆れた表情でしゃがんでいた。


「なんでミアがいるのよ!」

「あのね。あんなバカでかい声聞こえるに決まってんでしょ。」


エマは「ごめん。」と小さな声で言うと小さく口を栂らせた。ミアはしゃがんだまま跳ねるようにエマに近づく。


「その服。新品の匂いがする。今回のために買ったの?」


 エマが黙って頷く。ミアは頭を抱えはぁっと大きな溜息をつく。


「アタシが言うことじゃないんだけどさ。エマちょっと奥手すぎなんじゃない?そんなんじゃルイはいつまでたっても気づかないよ。せっかく幼馴染って特権があるのにさ。」

「わかってる。でも……。だからこそ怖いの。」


 エマは落ち込んだように大きくて丸い目をたるませた。ミアは目を閉じて考え込むように首を傾げた後部屋を出た。そして自分の部屋から布団を持ってきてエマの横に敷いた。ミアが晴れやかな笑顔を見せる。


「せっかくこういう機会だし、お話しようよ。女子会ってやつ。アタシがここにいるか見といた方がいいよ。いなかったらルイを襲いに行ってるかも。」


「絶対だめよ!私がきっちりミアを監視するわ。」


 二人はそれからいろいろな話に花を咲かせていた。



 夜が更け、静けさがあたりを包み込んでいる頃。ルイはぱっと目を覚ました。布団から起き上がり、枕元に置いてある刀を手に取る。


 急に扉が開き、数人が襲い掛かってきた。ルイは刀を抜き、彼らに刀を振るう。その時、違う部屋からも声が聞こえる。エマとミアの悲鳴だ。ルイは急いで彼らを倒し、急いで部屋を出た。部屋を出た瞬間、刀を持った二人と遭遇した。


「二人とも大丈夫!?」

「何とかね。ミアが私の部屋にいてくれたからなんとかなったわ。それよりもこいつらなに?急に襲い掛かってきたんだけど。」

「わからない。ひとまずここは危ないから外に出よう。」


 ルイたちは急いで開いた荷物を閉じて、この宿舎から出た。周囲を警戒しつつ、走っている時、ミアは唇をキュッと固く結んでた。しかし、それがふいに解ける。ミアは徐々に速度を落とした。それに気づいたルイは振り返り「どうしたの?」とミアの泣き出しそうな顔を覗き込んだ。


「あのね。あの人たちが部屋に入ってきたとき一瞬驚いてた。二人ともアタシの部屋の扉みた?扉を開いた形跡もない。狙いは二人だったんだと思う……。」


 ルイとエマは同じことを感じていたがミアの前であえて口にしなかった。それが彼女を傷つけると知っていたから。ミアは肩を震わし、悔しそうに拳を握りこんだ。


「昨日の夕食に虫が入ってたことも。勘違いだって思いたかった。でもこの里に入ってきたときからちょっと感じてた。多分獣人は人間を……。」


 その時、暗闇から軽快な拍手が聞こえてくる。ルイが目を向けると、ヤヒコが武装した獣人たちを連れていた。


「お三方。困りますよ。こんな夜に外に出られては。」


 芯のない薄っぺらい声で、わざとらしく両手を大きく広げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ