5章 獣人の里①道しるべ
タクトとの闘いの後、篝火たちは國の刑務所に収容された。国益に多大なる被害を及ぼす罪。本来であれば死罪のはずだった。しかし先導したタクトの死、これまでのハンターたちの悪行が明るみになった。それらを鑑みて、國長が寛大なる決定を下し、死罪は免れた。
当初その決定に納得していないハンターたちも大勢いた。しかし先代空であるカルマ、そしてフーゴたちが一人一人説得し、時間をかけてその憤りは収束していった。ルイたちはあの修行場にひっそりとあるトーリの墓の横にタクトの墓を建てた。二人はまた隣に並ぶことができたのだ。
それから数ヶ月がたった蒼穹の昼下がり。任務から帰還したルイはその足でタクトたちの墓参りに向かった。その時、ふとセナとの会話を思い出した。それは森から街へ入るまでの会話。戦場でハンターたちを大いに苦しめた災獣たちの姿が消えていた。ルイに肩を担がれるセナが戦場に視線を走らせる。
「イブは何をしてるんだ。獣たちはどこにいった。」
「君たちは災獣が怖くないの?」
セナは一瞬眉間に深い皺を寄せるも、諦めるように鼻からため息を漏らす。
「お前たちからしたらあいつらは狩るべき獣なんだよな。おれはその災獣って言葉が好きじゃない。獣はただ本能のまま生きてるだけ。災いなんて言葉。人間側のエゴでしかない。」
ほぉっと口を窄めるルイにセナは真っ直ぐな瞳を注ぐ。
「仮にハンターが森で襲われたとしよう。そうしたら討伐任務を受け、それを殺すだろ。でもそれは本当に獣が悪なのか。あいつらからしたら自分の住処にずけずけと入ってきた危険な人間を倒しただけ。本当に怖いのは立場の異なる正義だよ。」
セナの言葉には筋が通っており、ルイの胸に響く。そして自分の中の正義について考え始めたところで、唐突にセナが「すまなかった。」と声を上げる。ルイは「え?」と聞き返し、セナの思いつめた表情に視線を注ぐ。
「お前があの姿になった原因は正直わからない。ただ……きっかけを作ったのはあの薬だ。」
「あの緑色の薬ってイブって子が作ってるの?薬の知識があるとか?」
「わからない。そもそも俺たちはイブのことをあまり知らないんだ。あいつが声を出せないってこともあるけど、どこから来たのか。なぜ獣たちに指示を出せるのか。」
セナはルイの顔をじっと見つめた後、思い出すかのように視線を空へ向けた。
「これからする話は俺の憶測だから真に受けるな。お前が暴れまわる姿を見た時、俺は昔一度だけ見たイブの狂気じみた表情を思い出した。なんでかはわからない。ひとまずお前はイブには近づかない方がいい。そんな気がする。」
とルイはそんな会話を思い出し、考えのまとまらないような難しい表情で山道を歩き、やがて修行場にたどり着いた。
明るい日の光が差し込むこの修行場。タクトたちの墓の前にカルマとカルマと同じぐらいの背丈の白みがかった金髪の男性がいた。ルイは胸が高鳴った。その男性の顔は脳裏に焼き付いている。幼い頃助けてくれた人。ハンターを目指したきっかけを与えてくれた人。ルイは二人の下に駆け出した。
「ルイ。任務お疲れ様。どうじゃった?」
「任務は無事終えてきたよ。なんかそろそろ僕も特に上がれるみたい。」
「そうかそうか。精進しなさい。」
カルマは目を細め、口元に緩やかな弧を描いた。ルイはカルマの隣にいる薄めの端正な顔立ちの男性に頭を下げた。
「こんにちわ。ルイです!」
「こんにちわ。シオンだ。よろしく。」
今でも覚えている安心する優しい声。ルイはこの人があの時助けてくれたハンターだと確信した。
「あの!覚えてないかもしれませんが、僕は昔シオンさんに会ってます!あの時、助けてくれたこと。ずっと覚えてます!シオンさんのようになりたくて僕もハンターになりました。あの時は助けていただいてありがとうございました!」
前傾姿勢で拳を胸の前で握り、興奮冷めやらぬといったようにルイは早口で喋った。シオンはそんなルイの頭にそっと手を置く。
「もちろん覚えてるよ。君は大きく強く成長したようだね。」
ルイはシオンが何か悔しさや虚しさを耐え忍んでいるように感じた。カルマは腕を組み、小さな息を鼻から漏らした。
「シオン……。そろそろ引き受けてくれんかの。」
「本当は彼らがなるべきだったんです。僕はその器ではない。すみません。」
シオンはタクトたちの墓を真っ直ぐ見つめる。カルマはルイと目線を合わせるように屈んだ。
「ルイ。シオンが空になったら嬉しいか?」
「……それはもちろん!シオンさんは僕の憧れですから!」
ルイの表情が日に照らさように明るくなり、あどけない笑顔を見せる。カルマは横のシオンを気にするように瞳を動かした後、すっと視線を正した。
「空とは強いだけでなれるわけじゃない。また在り方に正解もない。よく考えてくれ。」
カルマは傷だらけの手をシオンの肩にそっと置き、この修行場を後にした。
「シオンさんは空になりたくないんですか?」
ルイは眉をひそめ訴えるような瞳でシオンを見上げる。彼は微笑みを浮かべ、タクトたちの墓に顔を向ける。
「僕は彼らに一度たりとも勝てたことがないんだ。歳は下だけど、真っ直ぐ強く前を向いている姿は輝いて見えた。空なんて。僕には眩しすぎる。」
視線を落とした後、未だ眉をひそめるルイに微笑みかける。
「僕なんかさっさと追い抜いて、君が空になりなさい。自分を忘れないように。仲間と共に進むんだ。いいね。」
そういうとシオンは歩き出した。あの時と同じく、彼の背中には行き場のない寂しさが漂っていた。
そして次の日。ルイ、エマそしてミアはマヒナから任務の招集を受けた。訓練所に入るとマヒナ、そしてハンナがいた。マヒナは相変わらずとろんとした無気力な雰囲気。変わったのはハンナだ。今までは腰ぐらいまであった紅色のロングヘアだったのが、肩に着かないぐらいのショートヘアになっている。いつもの堂々としている雰囲気ではなく、そこはかとなく恥ずかしがっているように感じる。ルイが目を丸くしていると、エマとミアがハンナの下へ駆け出した。
「ハンナさん髪切ったんですね!かわいい!」
エマは声を弾ませ、ガラス玉のように大きい丸い目をキラキラと輝かせた。ミアは髪を愉快に揺らす。ミアの髪はハンナの髪の色よりもやや明るい赤紅色だが、大きな枠で見れば同じ赤い髪のショートヘア。
「アタシと同じだ!お揃いですね!」
ミアの髪はハンナの髪の色よりもやや明るい赤紅色だが、大きな枠で見れば同じ赤い髪のショートヘアだ。二人の勢いに少し戸惑いながら笑いを浮かべるハンナをルイは茫然と眺めていた。その時、エマが勢いよくルイの方を向く。
「ね!かわいいよね!」
ルイはすぐに言葉が出てこなかった。年上の女性に可愛いというのは正解なのか。何と言えばいいのかわからなかった。
「とても似合ってると思います。」
ルイは少し恥ずかし気に答えた。ハンナは「ありがとう。」と澄んだ声で答えた。ジトーッと目を細めるエマとミアは互いに近づきルイに聞こえないぐらい小さな声で話始めた。
「ルイって本当に乙女心ってものがわかってないわ。」
「ね。可愛いんだから可愛いって言えばいいのに。昔からそうなの?」
「そうよ。ずっとあんな感じよ。昔だってね……。」
ルイは頬を掻き、ごまかすように笑っていた。ルイは頭に疑問が浮かんできた。天井を眺めた後、ハンナに視線を移し、
「なんで髪切ったんですか?」
と軽い口調で言った。その時、エマとミアの会話がピタッと止まり、鬼のような形相で迫ってくる。ルイは困惑し、二人の顔に視線を走らせた。二人の燃えるような怒りのこもった面もちに押され、ルイは一歩、また一歩と後退する。そんな三人を見ていたハンナはクスリと笑い、
「覚悟が決まったから……かな。」とハンナは呟いた。
ハンナの水色の瞳はいつにも増して透き通って見えた。迷いがなく、己が何をするべきか。彼女の純粋な石を表しているように。
「もう二度とハンターたちが争わなくていいように。私は協会、そしてハンターの在り方を正す。それが今の私の目標だ。」
エマとミアは再びハンナの下へ駆け出し、彼女に抱き着いた。ギュッと力を込めて。ハンナは柔らかい母のような顔つきで二人の頭を撫でる。
その時、静寂を破るようにマヒナがパン!と手を叩いた。
「そろそろ任務の説明をするよ。」
ルイたちは真剣な表情でマヒナの前に立った。マヒナは三人の顔を見渡す。
「君たちはハンナさんの推薦で集めたんだけど、今回の任務は大変だよ。引率者がいない任務だからね。あとはミアにも大きく関係するから。」
緊張感のある空気が漂う。今までの任務は少なくとも引率者の力も大きかった。ハンターとして次の段階に上がるためには、自分たちで依頼を達成しなければならない。
「ミアは自分以外の獣人と会ったことはある?」
「いえ。アタシ以外の獣人は両親しか知りません。」
「なるほどねぇ。」
とマヒナは頭を掻き、思慮深い顔をした後ハンナと目を合わせた。ハンナが鞄から一枚の紙を取り出す。それをミアに渡した。ミアがその紙を広げるとそれは地図だった。森の中に×印が打ってある。
マヒナは腕を組み、真っ直ぐルイたちを見た。
「君たちには獣人の里へ行ってもらう。」
「獣人の里?そんなところがあるんですか?」
とルイが首を傾げマヒナを見上げた。マヒナがハンナに視線を預ける。
「つい二年前。あるハンターが森の奥深くで発見した。それからこちらが交渉を続け、やっと里に入る許可がでた。しかし入ることのできる人間は子供だけ。私が勝手に君たちを選出させてもらった。何とかして彼らと交渉をし、この國と彼らを繋いでほしい。」
ミアは嬉しさを隠すように唇をきゅっと結んだ。獣人と人間が手を取り合える世の中にする。その夢のチャンスが舞い降りた。
「ミア以外の獣人ね~。そもそも友好的なのかしら。交渉も時間がかかったみたいだし。」
「一応任務として出てるから大丈夫だと思うよ。少なくともミアがいるからね。」
「何があってもアタシは二人の味方だから安心して!今回はアタシが頑張らなくちゃ。やっと繋がった縁だから。」
「懐かしいわね。私もミアの夢を応援するわ。」
エマはミアの耳元に近寄り、「それにせっかくのチャンスだから。負けないからね。」と囁く。
その瞬間、二人は火花を散らすように視線を交えた。ルイは困ったような表情を浮かべて、頭を掻く。
「二人が揃うとああなんだよな。仲いいはずなんだけど……。」
マヒナはエマ、ミア、そしてルイを見て、小さく息を漏らす。
「ハンナさん。これ失敗したら私の責任ですか。」
「う~ん。多分大丈夫だ。多分……。」と部屋には様々な感情が入り乱れていた。




