4章完結 ハンター対篝火⑦篝火の落日、狂乱の舞踏
戦いは終わったが闘技場は嘘のように静まり返っていた。
「くそ。思ったよりダメージが多いな。」
レオはそういうと勢いよく座り込んだ。二人ともチェインを解除した。
「僕も……。もう無理だ。でもひとまず……。」
ルイがタクトの方を向くと、すでにタクトは立ち上がっていた。
「まじかよ。ほんとバケモンみたいなおっさんだな。っておい!どこ行くんだ!」
二人の声は彼には届かない。意を決したような面持ちで自分の刀を地面に突き刺し、この場所に来た時、立てかけたトーリの刀を握る。
「ハンナ!上がってこい!」
タクトの熱のこもった声色が闘技場に響き渡る。ハンナが闘技場に上がる。その目は少し赤みを帯びていた。ルイたちは知らぬ間に降りてきたハルに身体を抱えられ、闘技場の舞台から連れ出された。
「おい!離せ!まだ戦いは終わってねーんだよ!」
「待ってください。ハンナさん一人に戦わせるんですか!僕たちも一緒に……。」
いつも天真爛漫で活き活きとしたハルの表情が萎えしぼんでいる。
「二人とも。ありがとう。でもここからは変わってあげて。ハンナ姉にけじめをつけさせてあげて。お願い。」
ルイたちには無理やり笑顔を作って見せるが、その笑顔は徐々に薄れていった。
タクトは肩に刀を担ぐようにして、ハンナと対峙した。
「若い芽は憎らしいほどに着々と成長してやがんな。でもお前はどうなんだ。」
朗らかに感じた口調はすぐに鋭さへと変わっていく。タクトは刀を構え、襲い掛かるような凄みのある眼光を向ける。
「本気でこいよ。じゃなきゃ殺すぞ。」
不気味なほど静まり返った闘技場に金属がぶつかる音だけが響き渡る。タクトは力の限り刀を振るった。
「ハンナ!それがお前の本気か!そんな力じゃ!なにも変えられないぞ!」
タクトが声を荒げると、ハンナは刀を振り上げた。タクトの体勢がのけ反る。ハンナはタクトの喉元を穿つ。しかし、寸前のところで止まってしまう。切っ先がタクトの喉元でプルプルと震えている。タクトは鬼が宿ったように険しい表情になる。
「ふざけるな!それが答えなら俺はお前を許さない!」
そこからタクトはハンナに連撃を繰り出す。攻撃の嵐がハンナを襲う。そしてタクトの攻撃に弾かれ、ハンナは体勢を崩した。タクトは雄たけびを上げ、ハンナに切りかかる。その時、タクトの脳に言葉が飛び込んでくる。
「だめだよ。タクト。そんなにハンナをいじめちゃ。もういいじゃないか。」
トーリの優しく柔らかい声が。その瞬間、タクトの握っていた刀の刀身が砕け散った。ハンナはタクトの腹部に一太刀。タクトは膝から崩れ落ち、ハンナは刀を鞘に戻した。
タクトが倒された後、篝火のメンバーたちはハンターによって連行された。國に攻め入る。それは重罪だ。後々國長から罪を伝えられるだろう。ルイたちはフーゴたちに連れられて闘技場の外へ。少し時間がたった時、二人の下にタイガが来た。そして再び闘技場の中に戻る。
闘技場の中心でハンナの膝の上に頭を乗せたタクトがいた。腹部から出血がひどく、止血する布を赤く染めている。タクトはルイたちに気づくと手招きし、二人は彼の横に立つ。
「お前たちは強かった。色々悪かったな。嫌な思いもしただろう。すまん。」
血色の悪い顔色。しかし口調は朗らかで穏やかだ。
「レオ。お前はもっと強くなれる。近くにいい目標がいるからな。ただ、時には前ばかりではなく後ろも振り返ってみろ。行き詰ったらそれらがお前に背中を押してくれる。自分の足だけで進むのだけが成長じゃねぇ。まぁ俺が言えたことじゃないけどな。」
「……一応覚えておいてやるよ。」
タクトはレオに笑って見せた。そして彼の瞳はひどく眉をひそめているルイへ。
「そしてルイ。お前に言いたいことは一つだけ。一人でやろうとするな。トーリの話は知ってるだろ。一人でやること。できることには限界がある。誰かがお前に頼るように、お前も誰かを頼る勇気を持て。それも強さだ。山あり谷ありの人生を生きたおっさんからの助言だ。ありがたく、受け取っときな。」
「頼る勇気……。わかりました。」
ルイは目頭が熱くなるのを感じたが、とっさに上を向き、必死に涙を堪えた。今泣いてはいけない。今すぐにでも泣きたい人がいるのに自分がここで泣いてはいけない。そしてハンナとタクトだけを闘技場に残し、ルイたちはそこを出た。
タクトは赤みを帯びていく空を霞む目で眺めていた。
「ハンナ。悪かったな。」
「なにが?」
「お前を置いて出て行っちまって。何もしてあげられなかった。」
ハンナはタクトのおでこにピンッと指を弾いた。
「戻ってきてくれたでしょ。それで十分。」
タクトは小さく微笑んだ。彼の目が徐々に閉じていく。ポタッ。ポタッとタクトの顔に雫が落ちる。
「ハンナ……。少し寝ていいか。流石に……。疲れた……。」
「うん。沢山頑張ったもんね。ゆっくり休んで。タクト。」
タクトの目が静かに閉じる。そして闘技場にハンナの泣き叫ぶ声が響き渡った。今まで溜めてきたものが、我慢してきたものが滝のように溢れた。
タクトとの戦いが終わったその夜。イブは森の中を歩いていた。時折月夜に照らされる影が跳ね、踊るような動きを見せる。
篝火の拠点では多くのけが人が治療をしていた。病院という機関は存在しない。大体は薬草をすりつぶし、包帯を巻いたりしている。痛々しい傷の彼らを尻目にイブはその間を楽しそうに跳ねながら進む。
「おう。イブ。無事だったか。他の連中は捉えられちまった。タクトさんも戻ってこないし。でもお前がいてくれれば、まだやれる。助けに行こう!……イブ?」
イブの目が怪しく赤く光る。イブは星が煌めく空を見上げる。嬉しそうに、目を潤ませ空に向かって手を広げた。そしてイブは軽くステップし、苦しそうに悶えている男性の頭を踏み抜く。そしてまた別の男の頭を踏み抜いた。ただ楽しそうに、まるで子供が悪ふざけで虫を踏みつけるように。悲痛な叫び声が洞窟内に響き渡る。
「おい!イブがおかしくなっちまった!」
彼らは急いで刀を取り、イブに向けて構えた。その時、イブの背中に蝙蝠のような大きな翼が生える。彼女は羽ばたき、洞窟の入り口の方へ。イブの後ろには大量の災獣たちが目を赤く輝かせている。
イブは人差し指を立て、合図を送るように彼らを指さした。大量の災獣が洞窟になだれ込む。彼らは反撃するも虚しく災獣に切り裂かれる。泣き叫ぶ声、悲鳴、そして血。洞窟の中はまさに地獄だ。その中をイブは踊るように軽やかなステップを踏んだ。
「イブ!助けてくれ!やめてくれ!」
助けを求める男の頭を片手で掴んで持ち上げ、握りつぶした。
しばらくすると悲鳴が鳴りやむ。洞窟にいたすべての人たちが磔にされた。イブはそれを恍惚と眺める。呻く声をまるでクラシック音楽を聴いてるかのように心地よさそうな表情を浮かべる。イブはゆっくりと胸の前で腕を交差させ、勢いよく腕を開いた。磔にされたすべての人たちが無残にも切り刻まれた。
イブは「あははっ!」と楽しそうに笑い声を上げ、両手を広げてその場でくるくると回転し、喜びをあらわにした。そして再び空に向かって両手を伸ばした。
「やっと見つけました。何百年待ったことでしょう。でももう少し……。もう少しだけ待っていてください。すぐに準備が整いますから。」
イブの興奮冷めやらぬ声が冷え切った洞窟に響き渡った。




