1章ハンター試験②特殊個体
志願者たちは広場の端に集められた。目の前には試験官が五人。その中の一人のハンナは凛とした顔つきで志願者たちの表情をゆっくり見渡していた。
そんな中、力強い表情で前を向いているルイにエマが肩を突き、耳元で囁く。
「ちょっと。ルイ。あの女の人とどういう繋がり?知り合いなの?」
「ちょっと色々あって。あの人のおかげで僕も試験受けられるようになったんだよ。」
ルイは苦笑を浮かべ、そうなった経緯を心の奥にしまった。
「綺麗な人ね。私もあんな可憐な人になりたいわ。」
エマがガラス玉のように丸い目でハンナを眺めていると横のレオが、
「ばばあじゃねぇか。」と吐き捨てるように小さく呟く。
その瞬間レオの横を鈍く輝く何かが凄まじい速度で通った。後ろの木に錐が突き刺さっている。
「すまない。気にしないでくれ。虫がいたんだ。」
とハンナが仮面のような笑顔を見せた。ルイは眉間に小さく皺を寄せ、レオに視線を向ける。
「こら!レオ!女性になんてこと言うんだ。」
「だってほんとの……。」
ルイはこれ以上レオが余計なことを言わないように急いで彼の口を手で覆った。前から燃えるような圧を感じる。ハンナからどす黒いオーラが溢れ出ていた。
試験官から一次試験についての説明が始まった。
一次試験は小型災獣討伐試験。角兎を三匹、斬蛇を三匹、蹴躍鳥を二匹、硬羽虫を五匹、俊飛蝶を三匹、双針蜂を三匹、鋼魚を四匹。
いずれかを納品すれば試験合格となる。
なお、中型の災獣である暴爪熊、迅脚狼の二頭が森に生息。それらの災獣に遭遇しないよう小型災獣を討伐しなくてはならない。志願者では討伐できる災獣ではないからだ。
説明が終わると、試験官の指示の下、災獣が棲む森の方へ移動。森の手前、國と森の境界のような場所に特設のテントのような待機所が作られていた。志願者たちが森の入り口に集められる。
ルイも行こうとしたが、「少年。君はこっち。」とハンナに手招かれたので、目をぱちくりさせてハンナの横へ。続々とルイ以外の志願者たちが森の入り口でその時を待つ。
試験官が森の入り口に立った。志願者たちはワクワクした表情を浮かべる。
「それでは第百二十五期ハンター試験の一次試験を行う。…………始め!」
掛け声と同時に志願者たちは駆け出した。
「俺が一番に突破してやらぁ!」とレオが集団の先頭に立つ。
「レオ。本気ね。私も負けれられない。」エマも真剣な顔つきで森へと進んでいった。
ルイは茫然と森の中へ駆け出す彼らの背中を眺めている。
「あの……。僕は何をしたらいいんでしょうか。」
「少年。名前は?」
「ルイです。」
「君はひとまずこっち。着いてきな。」
ハンナの後に続き、試験官たちが集まる待機所へ向かう。
しばらくの間ルイはひたすらハンナの愚痴を聞かされていた。なぜか彼女の前で正座をしながら。協会の貴族の愚痴や今どきのハンターたちは根性がないとか。
「なぁ。ルイもそう思うだろ?」
「はい。そう思います。あの……。僕もそろそろ試験に参加したいな。とか思ったりして。」
「まぁ。待ちな。集合時間に間に合わなかったところを特例で試験に参加するんだ。志願者同士でいざこざがあっても嫌だろう。昼過ぎには参加できるから。」
ルイはほぉっと唇を窄め、(そこまで考えてくれてるのか。)と心の中で呟く。
(とはいえハンナさんが原因だなんて口が裂けても言えない……。)
「ルイはどこの街の生まれだ?」
「生まれはわかりませんが、楓の街に住んでます。」
ルイの返答にハンナは首を傾げた。
「小さい頃、森の中で倒れてた僕を師匠が拾ってくれたんです。それでそのまま楓の街に住んでます。」
「そうか。知らなかったとは申し訳ない。」
「いやいや。大丈夫です。そのおかげで今があるので。」
「君は強いな。そうか。カルマが言っていたのは君のことだったのか。」
「ハンナさん。カルマを知ってるんですか?。」
「カルマは私の叔父だ。私たちは彼から刀や心を教わった。そう……。小さい頃に沢山。色々なことを。」
ハンナの悲し気な表情が妙に気になった。凛とした顔つきではなく、少女が蹲って泣いているような。そしてハンナは立ち上がり、ルイの前に屈んだ。
「君はどうか。そのまま前に進み続けてほしい。君の。その大切な心を忘れることなく。」
ハンナはそっとルイを抱きしめた。
「さぁ。もう時間だ。行ってきなさい。君なら今からでも試験を突破できると信じている。」
「ありがとうございます。いってきます。」とルイは力強い表情を見せた。
ハンナは駆けていくルイの背中を暖かく見つめた後、その瞳は空へ。美しい青い空を見るハンナの瞳には寂しそうな色が滲んでいた。
陽が真上に昇る時間帯。日が落ちると試験は終わる。訓練所にはすでに災獣を討伐し終えた合格者が待機している。その中にはレオの姿もあった。ルイは表情を明るくして、彼に駆け寄った。
「さすがだね。レオのことだから心配はしてなかったけど。一番?」
「ちげぇよ。あのいけすかねぇ野郎に邪魔された。」
レオは親指で指した方には綺麗な顔立ちの銀髪の少年がいた。
「あの人……。強かった?」
「たまたまだ。俺は負けてねぇ。」
ルイは笑みを浮かべる。小さい頃から負けず嫌いなところは変わっていない。この向上心こそレオの強さだろう。
「ところで大丈夫だろうな。絶対合格しろよ。最初で躓くんじゃねぇぞ。」
「任せて。行ってくる。」
ルイはレオと拳を突き合わせ、森に向かって駆け出していった。
しばらく、森を探索しているが、災獣の数が少ない。森の手前にいる災獣は狩りつくされたのだろう。ルイが周囲を見渡し、奥に進んでいく。その時、急に森の空気が重たくなる。あたりを警戒しながら進むと、
(迅脚狼。寝ているのか……。)
警戒を促されていた災獣。毛並みが白い災獣で俊敏な動きでハンターを食らう。志願者では到底太刀打ちできない。ルイは瞬きもせずじっと見つめていたが、様子がおかしい。さっきから地面に伏したままピクリとも動かない。
ルイはこちらの居場所がばれないように移動。目を大きく見開いた。それは喉元がえぐられ、絶命。体には傷がない。一撃で片が付いたようだ。
ルイの瞳が揺れ動く。その時、森の奥から悲鳴が聞こえた。ルイの頬に汗が伝う。嫌な感じがする。ルイはすぐに悲鳴が聞こえた場所に向かって走り出した。
進むにつれてビリビリとした空気が肌を刺す。ルイは森から開けた場所を覗き込んだ。そこには中型災獣。暴爪熊がいた。そしてルイは異変に気付く。暴爪熊の毛色は茶色。しかしこの個体は灰色だ。
(間違いない。稀だ。でもなんでこんなところに……。)
稀とは特殊個体を指す。通常の個体よりも強く凶暴で、討伐難易度も高まる。通常個体の暴爪熊が階級、序のハンターが三人。稀になればその上の階級、特のハンターが三人な必要。
「やめろ。こっちにくるな。」
膝をぶるぶる震わせた志願者がそれと対峙している。ルイは(まずい!)と思い、地面を強く蹴った。
暴爪熊は大きな腕を振りかぶり、そして志願者に向けて振り下ろした。間一髪ルイはその一撃を受け止める。体の関節がミシミシと音を上げるほどの重たい攻撃。後ろの志願者は腰を抜かし地面にへたり込んでいる。
「早く逃げて……。もうこらえきれない。」
とルイが声を振り絞るが腰の抜けた志願者は一向に動けない。
「早く行けって言ってんだろうが!」
ルイの叫び声でハッとした彼は急いで森の中に消えていった。ルイは後ろへ回避。暴爪熊の一撃を振りほどいた。
一旦距離を取り、呼吸を整えようとした時、暴爪熊はルイに向かって連撃を繰り出す。固い地面が簡単にえぐり取られる。一撃でももらったら命が危ない。
ルイは攻撃の隙を着き、刀を振り下ろす。攻撃は当たる。傷もつけられる。
(攻撃は単調。当たらなければ……。)
そう思った矢先。暴爪熊はルイに向かって、地面の土を掘り上げた。ルイの視界が奪われる。一瞬目を切ったが束の間。すでにルイの脇腹めがけて攻撃。刀で受けるもルイの身体は浮き、木に身体を叩きつけられた。
暴爪熊は咆哮し、地面に伏せたルイに向かって突っ込んでくる。
(まずい……。受け流したとはいえ、まだ痛みが抜けない……。)
と顔を歪め、迫ってくる暴爪熊に苦渋の表情を向けていると、
「動かないで!」と女の子の声が聞こえる。ルイは身体を抱えられ、飛びかかってくる暴爪熊の真下を勢いよく通過した。暴爪熊は木に激突した。
何かわからず横を見ると白いフードを深く被った子が。
「ほら!来るよ!構えて!」
ルイとその子は互いに攻撃を躱しながら、暴爪熊を切りつけていった。
彼女の動きは俊敏。蝶のように舞い、蜂のように刺す。その隙にルイも攻撃を繰り出す。そして徐々にそれの動きが鈍くなってきた。
フードの子はとどめを刺そうと刀を振りかぶる。その時ルイは嫌な予感がした。「まって!」と声を出したのもつかの間。暴爪熊の赤い瞳がギラリと輝き、その子に向かって地面の土を掘り上げた。視界を奪われた彼女は視線を落とす。その瞬間、暴爪熊はその子に向けて腕を振り上げる。
ルイは必死に地面を蹴った。暴爪熊の鋭い爪がその子の命に向かっていく。
(まずい。間に合わない。助けてくれたのに。目に前にいるのに守れない。)
「やめろ!」と強く叫んだ時、ルイの中心から息吹くように翡翠色に明るく光った。昼間だがそれを上塗りするような輝き。ルイは必死に手を伸ばし、フードの子を暴爪熊の一撃から引き離し、そのまま暴爪熊の喉元に切っ先を突き立てた。
広がった光が霧散するように散らばる。ルイは喉を貫いた刀を引き抜いた。暴爪熊は地面に倒れこむ。
フードの子は何が起こったのはわからず、ぼーっとしていた。その時、ルイは地面に膝をつき、そのまま四つん這いに。背中が上下に動くほど大きく呼吸をし、呻き声を出した。頭が割れるような痛みと激しい耳鳴りがルイを襲う。
「ねぇ!君!大丈夫?しっかりして!」
フードの子がルイに駆け寄った。
「だ……。大丈夫。よかった。君を守れて……。」
しばらくの間、樹木に身体を預け、目を瞑り深呼吸を繰り返す。徐々に調子も戻ってきた。ふぅっと声を溢すと、ルイの横に座っている彼女が筒を差し出す。
「水。飲みな?」
「ありがとう。君には助けてもらってばかりだ。看病もしてくれてありがとう。」
ルイは受け取った筒の水で喉を潤した。
「いいよ。それ。全部飲んじゃっていいから。」
「本当に?でも……。」
「いいの。ねぇ。君名前は?アタシはミア。」
「僕はルイだよ。ミアのおかげで助かったよ。二人で成し遂げた勝利だね。」
とルイは笑いかけるがミアとは目が合わない。フードを深くかぶり、もじもじとしている。
「さて。僕は行かないと。」
ルイは立ち上がろうとするが、脚の踏ん張りが効かず立ち上がれない。その時、視界の端に何かが映った。
「これあげるから回復するまで座って大人しくして。」
ルイは不思議そうに袋を受け取り中を確認した。そこには俊飛蝶三匹入ってる。一次試験の討伐対象の災獣だ。ルイは急いでもらった袋を突き返す。
「だめだよ!だってこれはミアが倒した災獣じゃないか。」
「アタシのはもうある。これは……。その……。助けてくれたお礼。」
ルイはありがたく袋を受け取り、体力が戻るまで休むことにした。
森の入り口の待機所には合格した志願者たちが集まっている。すでに試験を突破したエマが眉をひそめ森を見つめる。
「ねぇ?ルイはまだ?」
腕を組んだレオもじっと森に雄黄色の瞳を向ける。
「ねぇ!って言ってんじゃん!」
「聞こえてるよ。うるせぇな。」
「返事ぐらいしなさいよ!ルイはまだか!って言ってんの?」
レオは森の奥を見て、ふっと鼻で笑った。
「おーい!レオ!エマ!」
ルイはミアと暴爪熊を引きずりながら待機所に戻ってきた。
「ルイ!あんたこれ倒しちゃったの?」
「僕だけじゃないよ。ミアと二人で倒したんだ。一人だったら無理だったよ。」
エマはルイの後ろで小さくなっているミアを覗き込んだ。
「へぇ。やるわね。なんでフード被ってるの?顔見せてよ。」
エマがミアのフードに手を伸ばした時、パシッと乾いた音が響く。ミアがエマの手を叩いたのだ。
「あ。あの……。ごめんなさい!」
ミアは災獣の納品場所に走って行ってしまった。
「エマ~。ミアにもなにか事情があるんだからだめじゃないか。」
「でも気になちゃって……。悪いことしちゃったわね。」
二人は小さくなっていくミアの背中を目で追った。暴爪熊の稀は試験官たちに預けた。命があったのは幸いだった。ルイは窓口で討伐災獣を提出し、無事ハンター試験の一次試験を突破した。




