4章ハンター対篝火⑥紅蓮と天碧、受け継がれる意志
レオは傷だらけのルイを見て、少しだけ嬉しくなった。競う相手がいなくても前に進んでいるその姿に。レオは目を細めてタクトを見た。怒り、そして憎しみがこもるその姿は未来の自分だったかもしれない。
「ルイ。おれは完璧にお前に負けた。弱い自分が嫌になってよ。強さを求めるっていう言い訳でここから逃げようとした。でも気づいた。負けを受け止めないとおれは強くなれない。これがその答えだ。」
レオは刀を地面に突き刺した。燃える炎のような形の鍔。闘技場が震える。そして眩い燃えるような真っ赤な光が放たれる。
「奮迅しやがれ!紅蓮獅子王!」
レオの頭上に鮮やかな紅の光が堂々たる獅子の姿を形作る。その勇ましく、気高い輝きに誰もが目を釘付けにした。そしてそれがレオの刀へ。
刀身は真っ赤に染まり燃え上がる炎のような刃紋、峰の中間から鍔にかけて獅子の鬣を生やしたような太刀を握っていた。レオの纏う赤いオーラは燃え上がるような強い意思を感じさせる。
ルイは目を見張り、その勇ましい姿に胸を打たれた。レオが得意げに片眉を上げる。
「ようやく、お前の横に立てた。これからは負けねぇぞ。すぐに追い抜いてやる。」
幾度となく見た幼馴染の笑顔。ルイの瞳に前にも増した輝きが宿る。
「息吹け。天碧の刹那。」
ルイはチェインを発動。生命力を感じさせる翡翠色のオーラを纏う。そしてレオの隣に力強く立つ。
「言い訳はまた後で聞くよ。ありがとう。この戦い。勝とう!」
観覧席ではタイガたちがレオを感慨深い眼差しを送っていた。ハルとユーリもレオに修行をつけていたのだ。その時、ハルが考えこむように口をへの字に曲げる。
「ねぇ。タイガ。レオっていつの間にチェイン出来るようになったの?」
「俺も知らねぇよ。あいつ俺の修行二カ月で終わらせたからな。後は放っておいた。」
「いじめっ子め。」ユーリがボソッと呟く。
「ユーリ……。あのな。何でもかんでも教えるのがいいわけじゃないんだぞ。それにな……。」
「それに?」ハルが眉を上げタイガの顔を覗く。
「驚くほど吸収が早い。一教えたらそれを十にしやがる。あいつは天才の部類に入るだろうな。」
ハルは丸い目を見開いた後、こそこそ話をするようにユーリの耳元へ。
「ねぇ。聞いた?天才ですって。弟子に甘々な師匠ってのもどうかと思うわよね。」
「俺の方が天才だ。」
「じゃかあしい!黙ってみてろ!」
タイガはレオがひたむきに努力する姿を誰よりも見ていた。フーゴたちがルイに思いを託したように、タイガもまたレオに思いを託した。
(何が正しいのか。お前たちの答えを見せてみろ。)
糸を張り詰めたような緊張感が再びここに漂う。
レオが太刀を、ルイは大鎌を構えた。そして、二人は地を強く蹴り、タクトに向かって飛び出す。
二人の息の合った連携。タクトは一段ギアを上げたように素早く躱しながらも刀を振るう。鋭い視線を切りかかるルイに向け、腹部を蹴り上げる。ルイは腕で防ぐが、身体は宙に浮く。レオがすでにタクトの懐に。連撃を繰り出す。微かにタクトの皮膚や服を掠める。レオの刀身が当たったところからチリチリと煙が。タクトの反撃。二人は激しく刀をぶつけあう。力任せのタクトの切り上げ。レオは後方に飛び、その威力を軽減させる。そしてルイがタクトに突撃。ぎりぎりと力を押し比べる鍔迫り合い。
「その程度の力で俺の野望は潰えん!」
タクトが気迫でルイを押し返す。その時、ルイの後ろからレオが飛び掛かる。ルイとレオは雄たけびを上げて刀に力を込めた。タクトの刀が押し込まれる。タクトは顔を歪め、後ろに跳躍するように回避した。
刀身を顔の前に置く構え。
「怒り轟け。霹靂紫雷狼」
タクトがチェインを発動。身長ほどの大きな剣。その分厚い刀身に走る紫電がバチバチと音を奏でる。タクトが目に光を宿す二人を睨む。
「お前たちはなぜハンターにこだわる。それだけの力があればハンターにこだわる必要ないだろう。」
意思をぶつけるような口調で言い放つ。
「最強のハンターになることが俺の夢だからよ!それをお前みたいな諦めたやつなんかに止められてたまるか!」
「困っている人に手を差し伸べられるように。救えるように!僕はハンターになったんだ!」
タクトは大きく舌打ちをした。眉間に深く皺をよせ、刀を握る力が強くなる。彼の意思に反応するように刀身の紫電が大きく激しさを増す。
「お前らは知らないだけだ。腐ってんだよ。ハンターも。協会も!だから一回すべて潰す!それしかないんだ!」
「……お前の周りの人間は敵だったか?今でも敵か?」
レオは自分の弱さを認められなかった。ずっとそれに苦しめられていた。しかし、それはフーゴやタイガたちも同じだった。だからこそレオの気持ちに寄り添った。彼らのおかげでレオは前に進むことができたのだ。
ルイは悔しさを必死に胸の中に押し殺した。タクトがフーゴたち、そしてセナたちの思いを分かろうとしないことに。
「あなたに幸せになってほしいと願う人がいるはずだ。それなのに……あなたはなんでそれを受取ろうとしないんだ!」
意思を心に響かせるように声を張った。タクトは必死に胸の中で唱えた。ハンターを潰す。そう何度も何度も繰り返した。
「黙れ!俺は!俺は!ハンターをこの世から消すんだ!」
いつになく焦ったように顔を歪めたタクトが飛ぶようにルイたちに攻め入る。「紫電荒天!」とタクトが唱え、大剣を振り下ろす。地を割るほどの雷がルイたちに迫る。二人に命中。焦げ臭い匂いが鼻をつく。一瞬崩れ落ちそうになるも、ルイたちは倒れない。二人が後方へ退避すると、タクトが雄たけびを上げる。そして大剣を大きく振りかぶる。バチバチッと音を立てて、刀身に纏う雷が増大していく。目を閉じてしまうほど眩い光、そして空気を叩くようなバチバチという音。「真神!」と叫び、大剣を振り下ろした。雷が大きな狼の形を作り、ルイたちを襲う。二人は重心を低く保つ。そしてそれを真っ向から受け止めた。タクト、ルイ、レオが雄たけびを上げる。その時、タクトが吐血。ルイとレオは受け止めた雷を上空へ弾き飛ばした。
三人は再び衝突。ルイたちの刃は着々とタクトを捕らえる。徐々に押されていくタクト。ルイたちに向けて渾身の力で刀を振り下ろす。二人の刃がタクトの大剣を押し込む。そして力いっぱい振り抜いた。
タクトの身体が弾丸のように吹き飛ばされ、後ろの壁に衝突した。
東の郊外と街の中では篝火たちのほとんどが降参した。戦力の要であった災獣たちが姿を消してから戦況が一気にハンター側に傾いた。すでにハンター側の勝利は確実である。
戦闘を終えたハンター、そして捕縛された一部の篝火たちが闘技場集まってくる。フーゴとセナの姿もそこにあった。篝火たちは口を揃えて同じようなことを言っていた。タクトさんを殺さないでくれ。タクトさんのところに連れて行ってくれ。タクトさんを助けてあげてくれ。皆涙を流し懇願していた。
ルイとレオは肩を上下させ、激しく呼吸を繰り返す。彼らは未だ真っ直ぐな瞳で先を見つめる。砂煙が落ち着くと、タクトが一歩、また一歩と重い足取り。鬼気迫るような表情でルイたちに近づく。
「お前たちがどう思おうが俺はハンターを許さない。弱者をいたぶり、奪うだけのやつら……。誰も救えない!誰も守れない!」
かすれるその声が無理に怒りを絞り出すかのように聞こえる。どこに向けたらいいかわからない怒りの矛先を探しているかのように。
「ハンナさんから聞きました。あなたのこと。過去のこと。大切な人を失い、尽くしてきた協会に裏切られた。でも……。なんで……。大切な人を放ってどこかに行っちゃうんだ。フーゴさんたちを見て!セナさんを見て!あの人たちだってあなたが一人で傷ついてるのを放っておけるわけないだろ!」
ルイは最初にタクトと会ったときから今に至るまで、彼が一人で抱えているものを考えると胸が張り裂けそうだった。ひとりぼっちに生きる。それは誰の愛も受け取らないということ。それでは心の傷は治らない。どんどん傷が深くなっていくだけ。
「あなたはこの國から見たら悪人かもしれない。でも僕はそれでも……。あなたを救いたい!もがき苦しんでいるあなたの手を取りたい!だってそれが僕がハンターなった理由だから!」
タクトは歯を食いしばっていた。ルイの言葉が心に染み込んでくるのを必死に堪えている。彼らとの繋がり。それはあの時、心の奥の扉に押し込んだ。二度と開かぬように固く鎖を締め上げて。
「おい!おっさん。さっきから女々しい事ごちゃごちゃ言ってるけどよ。てめぇを信じたやつらは今でもおめぇのこと信じてるぜ。」
レオは観客席にいるタイガたちに目を向ける。心の扉の内側から何かが何度も衝突する。ガシャン、ガシャンと締め上げた鎖が音を上げる。
タクトはふと脳裏に昔の記憶が映る。小さい頃トーリと棒を振ってハンターごっこをしたこと。トーリやハンナそしてカルマと毎日修行した日々。トーリに勝ちたくてがむしゃらに戦ったこと。螺の昇級試験でやっとトーリに勝ったこと。フーゴたちと朝まで飲んだくれてハンナに怒られたこと。追いやったはずの思い出が溢れてくる。篝火のメンバーの笑顔。それらが冷え切ったタクトの心を優しく暖めた。その時、固く締めたはずの心の扉が徐々に開き始める。
タクトは目をたるませ、目の前にいる二つの光を見た。
(あぁ……。そうか。昔の俺たちはこうだったな。だからムカついてたんだ。もう戻れないのに。俺たちの未来が今目の前に……。)
「お前たちに問う。なぜハンターを選んだ。」
タクトが凛としたはっきりとした声で二人を見つめる。
「何度も言わせんな。最強のハンターになって、俺が空になる!」
「困っている人、助けを求めている人。そういう人を救えるヒーローのようになりたい。だから僕はハンターになった!」
「空が……。晴れてきた。」ハンナが額に手を翳し、天を見上げる。
厚い雲に覆われていた空が晴れ、三人に光が降り注ぐ。タクトは広く深い空を眺め、深呼吸をする。しかし肺に空気が入っていかない。
(もう時間がないか。今俺にできること。すべきことは……。)
タクトは刀を軽く握っただけの立ち姿。ルイとレオを真っ直ぐに見つめた。
二人が構えると同時に、地面を軽やかに蹴り、飛ぶように詰め寄る。瞬く間に二人に蹴りを食らわす。弾き飛ばされたルイとレオは足を擦るように後退。
タクトは刀を肩に当て、かかってこいと言わんばかりに手招いた。レオとルイは一斉にタクトに飛び掛かる。二人の息を合わせた連撃。しかしタクトはそれをすべて刀で受ける。スッとルイの背後に。背中をトンッと押すとルイがバランスを崩してつんのめる。それから二人は再び攻撃を仕掛けるが、タクトは隙をついて拳を穿つ。
二人は顔をしかめるも、必死に攻撃を繰り出した。
その時、ルイは戦いながら違和感に気づく。
(なんだ。なんかこれ。カルマの修行と似てる気が……。)
ルイがふととタクトの顔を見上げる。ルイは大きく目を見開いた。
タクトは口角をグッと上げ、活き活きとした顔つきで笑っていた。
タクトの心の扉を縛っていた鎖にぴしっとひびが入る。
「さっきからお前たち。隙が多すぎるぞ。そんなんじゃこの先思いやられるな!」
タクトは二人の攻撃を躱す。真剣で力強い目をしているが、その瞳の奥には光が宿っている。
「なんだお前。急におしゃべりになりやがって。喋る暇があったらちゃんと戦いやがれ」
「威勢がいいのは結構だが。懐ががら空きだ。自分が攻撃した後の相手の反撃も考えないと。」
レオを蹴り飛ばし、ルイに連撃を繰り出す。変化した彼の攻撃を見るため、ルイは彼の攻撃を受け続ける。しかしタクトの攻撃は勢いを増していく。
「慎重に攻めすぎだ。それだとこっちは攻撃し放題だぞ。攻撃することに重点をおけ。」
ルイとレオは必死にタクトに食らいついた。まるでどっちが先に一撃を加えるか競っているようだった。
ハンナは唇をグッと噛み、三人を見つめていた。目頭に熱いものがこみ上げるのを必死に耐えた。滲む瞳に映るものは師匠と弟子たちが楽しそうに修行しているようにしか見えなかったから。いつか思い描いたことが目の前にあった。
観客席で三人の戦いを見ているタイガは身体を震わせ、「くそ!」と声を上げ、手すりを叩いた。ハルが俯くタイガの顔を覗く。
「タイガ?」どうしたの? 」
「俺はあいつらを鍛えた。あいつらにお前たちがタクト兄を倒すんだ。そうも言った。でも、でもよ……。あんなタクト兄の顔みたら……。俺はわからねぇ。くそ!くそ!くそ!」
拳を握りしめ、彼らの戦いから目を背けた。その時、ユーリがタイガの肩を強く掴む。
「俺たちはタクト兄を止められなかった。連れ戻せなかった。でも。まだ小さなハンターのあいつらが。あの頃のタクト兄を連れ戻してくれた。俺たちが憧れた男が今。ここに。戻ってきた。だから……。しっかり目をひん剥いて見ろよ!タイガ!」
普段夢をみているようなとろんとしたユーリ目に力が入り、叫んだ。
前線で彼らの戦いを見ていたセナは膝から崩れ落ちた。大きなとがった目に涙を浮かべる。
「おれ……。タクトさんのあんな顔見たことない。俺たちじゃだめだったのかな。俺たちがいない方がタクトさんは幸せだったのかな。」
己の無力感に苛まれるセナをフーゴは横目で視線を送った。
「バカ野郎。そんな訳ないのはお前がよくわかってるだろう。タクトはな。お前たちがいたから生きてこれたんだ。なんやかんや言って。あいつは最高のお人好しなんだ。タクトってのはそういう男だろ。」
セナは唇を噛みしめ、涙が零れ落ちた。そして「タクトさん!」と大きな声で叫んだ。
カルマは目尻に深い皺を刻みながら笑った。乾燥した目に潤いが宿る。そして、それがこぼれないよう、青々とした空を眺めた。その空の中に一匹の鳥。それは広々とした空を優雅に羽ばたいていた。
(トーリ。お前の憧れた男が帰ってきたぞ。ルイとレオ。あの二人はお前たちによく似ておる。だからこそ、タクトを救ってくれたのかもしれんな。儂には到底できんことじゃ。もしできるなら空からあの二人を見守ってくれ。それにしても長生きはしてみるものよの。)
ルイとレオは肩で息をし、タクトもまた激しい呼吸を繰り返した。タクトは拳で汗をぬぐう。
ルイは今、強敵と戦っている。そのはずなのになぜか口角が上がってしまう。
「レオ。こんなときに言うことじゃないかもしれないけど。僕今……すごく楽しいんだ。これおかしいかな?」
「あぁ?……いや。おかしくねぇ。おれもだ。」
タクトは真っ直ぐで力強い眼差しを送る。まるでこれが最後だと言わんばかりに。ルイとレオはそれを感じ取ったように力強い面持ちで大鎌をそして刀を構えた。
「ルイ。気合入れろよ。絶対力抜くんじゃねぇぞ。」
「もちろん。全力であの人を倒しにいく!それが僕たちにできることだから。」
タクトが目を瞑る。必死に膨らまない肺に酸素を取り込んだ。そして目を見開き、情熱を身体、そして口調すべてに乗り移したように声を上げた。
「俺を超えていけ!ひよっこハンターども!」
タクトの心を縛り上げていた鎖がブチンッと砕け散った。
三人は激しく刀を交錯させた。刃が当たるたびに上がる火花。周りの群衆も声を上げる。ルイやレオを応援するもの。タクトを応援するもの。それはまるで敵同士の戦いとは感じられない。真剣勝負という言葉がぴったりはまる。ルイとレオがタクトを押していく。息を切らしながら必死に攻撃を続けた。止まらずに思いっきり磨いてきた技をそして心をタクトにぶつける。タクトはそれを躱すことなく真っ向から受け止めるが、押し込まれる。
(あぁ。こいつらは強いな。おれたちも……。ガキの頃はこんな感じだったのかな。)
二人の攻撃にずるずると足を引きずるように身体が後退していく。そしてタクトはふっと小さく笑う。
(ハンターか。こいつらの行く末ぐらい見てやりたかったな。畜生。世の中捨てたもんじゃなかった。)
タクトは自分が今でもハンターだったことを想像した。仲間たち笑顔に囲まれ、その真ん中に満面の笑みを浮かべる自分。そんな未来があったのかもしれない。
タクトが仰向けで倒れる。閉じた目から涙が一つ零れ落ちた。




