4章ハンター対篝火⑤もう誰にも負けない
強い風がルイの柔らかな髪を大きくなびかせる。緊張が張り詰める中、彼ら以外が息を潜め、その時を待っていた。観客席に佇むタイガが組んでいた腕にグッと力を込める。
タクトが地を蹴り、風を切るように一気に距離を詰める。袈裟懸けに振り下ろされた刃がルイの髪を掠める。一撃、二撃、三撃。息をつかせぬ連撃が襲いかかる。ルイは重心を低くし攻撃を受け止め、負けじと連撃。刀を交わすたび、宙に火花が散る。刀を押し込む。互いに鍔迫り合い。ルイは全身の筋肉を稼働し何とか持ちこたえるが、タクトの気迫に押される。
彼らの戦いを眺めているハンナ。彼女は感情を爆発させるタクトに違和感を感じていた。
「タクトは何を焦っているんだ?」
ややツンと上がる目を細めてタクトの険しい形相を覗く。カルマは伸びた髭をゆったりと撫でた。
「あの時捨てたはずの志。それを持っているあの子を恐れているんじゃよ。」
タクトに弾き飛ばされたルイは強く長く息を吐いて唱えた。
「息吹け。天碧の刹那」
ルイがチェインを発動した。濃い翡翠色のオーラを身に纏うルイ。タクトはそれをじっと見つめる。
「ようやくか。ただそれだけで俺には届かんぞ。」
激しい土砂降りのような怒涛の連撃がルイに降り注ぐ。しかしルイは何かを狙っているように目に光を宿す。ルイはタクトの横を抜け出し、光を手に纏う。「虚空」と唱え、その手をタクトの背中に触れた。背中に緑色の印が浮かぶ。
そこからルイも負けじと連撃。そして「是」と唱える。タクトの前からルイの姿が消えた。その瞬間タクトは後ろから切りつけられた。ぐっと顔を歪める。そしてタクトの背中の印がフッと消える。ルイは再び「虚空」と唱え、光る手でタクトに触れた。タクトはいらいらしたように刀を振るう。しかし、ルイが「是」と唱えると姿が消え、その瞬間に切りつけらる。そして「虚空」と唱え、再びタクトに触れた後、ルイは距離を取った。
ルイは息を切らしながらも活き活きとした表情を浮かべる。タクトは神経を逆撫でされたような苛立ちを感じた。タクトは心を落ち着かせるように息を吐き、静かに目を瞑った。
そしてルイは「是」と唱える。タクトの背中に瞬間的に移動。大鎌を振り下ろす。その時、ルイの身体が弾き飛んだ。目を瞑ったままのタクトが刀をルイに向けて振った。ルイが勢いを殺すように足を擦り後退するとすでに目の前にタクトが。タクトは目にもとまらぬ連撃。ルイが「虚空」と唱え、タクトに触れようとするが、触れられない。ルイが触れようとするたびにタクトは先読みし、攻撃を繰り出す。
リズムが崩されたルイはただ攻撃を防ぐことしかできない。それでもルイは必死に食らいついた。修行を手伝ってくれたみんなの思いがルイの身体を動かす。しかし、現実は残酷だった。徐々にルイは攻撃を防げなくなり、タクトの連撃がルイの服や肌を切りつける。そして、タクトが刀を大きく振り上げ、渾身の一撃を繰り出す。ルイはその一撃で大鎌から手を放してしまい、チェインは解除された。瞬く間にタクトはルイの懐に。そしてルイの腹部に拳を穿つ。ルイの身体は転がるように吹き飛んだ。宙を舞っていた大鎌が刀に戻り、ルイの横に突き刺さる。
それでもルイは軋む身体を奮い立たせ、地面に刺さった刀を引き抜く。しかし突如身体の力抜け、足に力が入らない。膝が大きく笑う。気を抜くと今にも倒れてしまいそうなほど、ルイの身体は限界を迎えていた。意識がもうろうとする中、見上げたタクトの表情は怒り、憎しみが未だ色濃く浮き出ている。
(僕じゃだめなのかもしれない。ごめんなさい……。)
ルイが前に倒れそうになった時、誰かに身体を支えられた。
(誰だ……。ハンナさん?タイガさん?)
とルイが心の中で呟き、目を向ける。ルイは大きく目を見張った。そこにはレオがいた。ずっと探してきた。それでも見つからなかった親友が今目の前にいる。
「レオ……。」とルイは声が零れた。
「ルイ。立て。俺たちは立ってこいつを止めないといけねぇ。俺たちでやるんだ。」
「今までどこにいたんだ!あの日。あの日から……。」
身体も精神も疲弊しきったルイの頭の中はぐちゃぐちゃだった。後悔や悔しさが堪えるような声を出すルイにレオは真っ直ぐで力強い瞳を向ける。そして思い出していた。
レオがルイに勝負を挑んだあの日。夜が更け、街が眠ったように静まりかえる頃、レオは部屋の布団で寝転がり何もない天井を眺めていた。そして懐から一つ紙切れを取り出す。それを葛藤する面持ちで眺める。あの洞窟でセナと戦っていた時、セナはレオの懐にそれを突っ込んでいた。その紙には力が欲しければ俺の下にこい。タクト。そう書かれていた。
レオは勢いをつけて起き上がり、再びそれを眺め続けた。リュウはチェインを発動し、ルイに完膚なきまでに負けた。静けさが漂う部屋の中。レオが指にグッと力を入れると、紙に皺が入る。そして決死の表情を浮かべた。
月夜に照らされた林道。湿った土の香りがレオの鼻をくすぐる。レオは鞄と刀を持ち無表情で歩いていく。視線の先に誰かが。レオは気にせず歩き進めた。近くまで来ると誰かわかった。そこには朗らかな表情のフーゴがレオを遮るように佇んでいた。
「よお。レオ!こんな夜遅くにどこにいくんだ?もう子供は寝る時間だろ。ほら。戻れ!」
「……腹のケガ。どうなんだよ。」
フーゴは服を捲り上げ、何重にも包帯が巻かれた腹を見せた。
「いてぇけど大したことはない。太ってて得したぜ!」
静かな森の中にフーゴの割れるような笑い声が響き渡る。そんな表情豊かなフーゴをレオは黙って見つめた。
「ちょっとそこどいてくれねぇか。行くとこがあんだよ。」
「だめだ。戻れ。」
「どけよ。」
レオはフーゴを厳しく睨みつけた。二人の鋭い視線が交錯する。
「だめだ。お前を行かせない。ここを通りたかったら俺を殺していけ。」
フーゴは凄まじい気迫を漂わせ、刀を抜いた。そこから二人は本気でいくつか刀を交えた。そして、フーゴによってレオは制圧された。地面に押さえつけらる。うめき声を上げて暴れまわるがフーゴの力にはかなわない。フーゴは息を切らし、頭に汗が滲む。
「もういいだろ。お前は焦りすぎなんだ。もうちょっと周りを見ろ!」
レオの動きがぴたりと止まる。そして爪が食い込み、血が出るほど、拳を握りこんだ。
「もう見えてんだよ。見えてるから俺は強くならないといけないんだ。」
フーゴの腹部からポタっと血が垂れる。彼が一瞬だけ力を緩めた瞬間、レオは彼の拘束から抜け出した。そして二人は対峙する。
「約束したんだよ。俺は最強になるって。俺が止めてやるって。ただ俺は負けてばっかりだ。俺は強くなかった。だから力が必要なんだ。約束を守るために力を欲してなにが悪い!答えてみろよ!」
レオは鬼気迫る表情で、ずっと心に溜まっていたものを吐き出した。
「子供がいっちょ前なこと抜かすんじゃねぇ!まだそれでいいんだ!強くなるまで俺たちを頼ればいいだろうが!」
二人は再び衝突した。次第に刀がぶつかる音が消え、森に静けさが戻ってくる。レオはフーゴを見下ろしていた。フーゴは蹲るように腹部を抑え、地面に突き刺した刀に、もたれかかる。
「俺のことはほっといて早く病院行け。死ぬぞ。」
レオがフーゴの横を通り過ぎようとした時、パシッと乾いた音が響き渡る。フーゴはレオの手首を握った。
「行……かせるか。あの時だって……力ずくで連れ戻せば、全員で連れ戻せば……間に合ったかもしれない。今のタクトがどう思ってるか……俺にはわからねぇ。……おれは後悔してるんだ。友達を一人にしちまったことを。だから……俺が死んでもお前は行かせない。お前も俺の友達だ。」
気迫のこもる表情でレオを見上げた。顔は青ざめ、激しく呼吸を繰り返す。力の入らない手に必死に力を入れ、レオを離さなかった。
レオは「ありがとうございます。」と小さく呟き、フーゴの首に手刀を食らわす。フーゴの意識がプツンと切れ、レオはその大きな体を抱えた。
レオは気を失ったフーゴを病院に送り届けた。背後に気配を感じ、振り返ると腕を組んだタイガがレオを見下ろしていた。
「タクト兄のところにいくのか?」
目じりと目頭が切れたようないかつい目がレオを覗く。しかし声色は落ち着いている。
「だったらなんだ。お前も俺を止めに来たのか。」
負けじとレオも鋭い視線を送る。何とも言えない緊張感が漂う。
「俺に三ヶ月寄こせ。タクト兄に勝てるぐらいお前を最強にしてやる。それでだめなら好きにしろ。」
タイガは真剣な眼差しをレオに注いだ。レオは一瞬迷ったが、目の前にいるタイガの真っすぐな瞳、そして命を懸けてまで自分を引き留めようとしたフーゴの覚悟。
レオは手首をグッと握り、タイガを見上げた。先ほどの怒りや焦りが滲んだ表情でなく、力強く未来を見据えた表情。陰り続けていたレオの瞳に光が宿る。
「何をすればいい。どうしたら強くなれる。」
「まずは俺が言ったとおりに修行しろ。絶対に自己流でやるな。すべていうことを聞け。自分で考えるのはそれからだ。覚悟しとけよ。死にたいと思うぐらい血反吐を吐かせてやる。」
言葉一つ一つに力をいれた声をレオにぶつける。そして病院を背に歩き始めた。レオは前に一歩踏み出し自分の心に誓った。もう俺は誰にも負けないと。




