4章ハンター対篝火④篝火たちの本当の願い
ルイがゆっくり目を開くと、そこには厚い雲に覆われた空があった。柔らかな草木がルイの身体を優しく支える。横に目を向けると、目の前には体中に傷を負ったセナとリョウガがいた。ルイは飛び起き、二人と距離を取る。そして、鋭い視線をセナにぶつける。
「お前!僕に何をした!」
セナは頬杖をつき不満そうにはぁっと大きなため息をついた後、口を尖らせる。その後、無表情のリョウガが刀を一つ、ルイの前に放り投げた。時計の針が歪んだような鍔。間違いなくルイのものだ。ルイは彼らから視線を外さないように注意し、素早く刀を拾い上げる。リョウガは顎を引き、ルイを見つめる。
「着いてこい。」
彼はそれ以上何も言わずにただ歩き始めた。ルイは拍子抜けしたような表情をし、彼に着いていった。
ルイは自分の目を疑った。周囲に視線を走らせた。太い木々がなぎ倒され、目の前に爆弾でも投下されたような深いクレーターのような後。リョウガは腕を組み、横目で動揺するルイに、
「お前がやったんだ。」と抑揚のない声で言った。
「これを……。僕が……。」
ルイの身体が、手が、声が、瞳が震える。太い木に背中を預けているセナが口を開く。
「お前。何なんだよ。」
「わからないよ!僕だって!」
ルイは声を荒げ、ぎゅっと目を瞑った。まるで目の前の現実、それを受け入れるのを拒否するように。
「ルイといったな。お前に俺の切り札を使ってしまった。その代償はいつか払ってもらう。」
「僕は何をすればいいんですか。」
リョウガは眉間に皺をよせ、心乱れているルイの前に立つ。彼はルイの胸を指でトンッと小突く。
「ここだ。心を鍛えろ。奴らはお前の前に必ず現れる。決して惑わされるな。そして決断を急ぐな。荒波に揉まれても星を見つけろ。そうすればお前はお前を見失わない。」
そう言い残すとリョウガは街ではなく森の奥へ姿を消してしまった。セナが木に沿ってズルズルと身体を落とす。
「結局、おれの負けかよ。畜生。」
額に手を当て、悔しそうに天を仰いだ。ルイは意を決したような面持ちでセナの下へ近づく。
「教えてほしいことがある。……僕はどんな姿だった。君たちに何をした?」
セナは胡坐を掻き、渋い表情を浮かべる。ルイの顔を見たセナは眉間に皺を寄せた。
「聞いて落ち込みでもしたらおまえまじでぶっ飛ばすからな。座れよ。」
ルイがセナの正面に腰を下ろす。
「どこまで覚えてる。」
「渡された薬を飲んだところまでしか覚えてない。」
セナはルイが暴走した時の様子を事細かに話した。身体に不気味なヘドロを纏っていたこと。変貌し、黒い翼が生えていたこと。リョウガと二人で止めようとしたが、さらに姿が変化し、四翼の化け物のような姿になったこと。急に手に集めた光を爆発させたこと。そして、リョウガからもらった注射器でルイを止めたこと。話を進めるたびにルイのこわばった表情が消え、力が抜けていく。
「お前!約束破りやがったな!許さん!殴ってやる。こっちこい!」
意気消沈しているルイが座ったまま、身体をよじりセナに近づく。その時、また胸をドンと強めに小突かれる。
「リョウガさんも言ってただろ。結局はここなんだよ。結果はどうあれ、どうせ俺はお前に負けてた。誇れよ。めちゃくちゃ悔しいけどな。」
セナはどこか清々しい表情をしていた。ルイは二人に小突かれた胸をぎゅっと握りこんだ。冷え込んで震えていた心にぬくもりが与えてくれた気がした。
「タクトさんのところに行くんだろ。俺も連れてけ。」
セナのまっすぐな瞳を見たルイは彼の肩に手を回し、街の方へ歩み始めた。
街の郊外では未だハンターたちと篝火が戦っている。しかし、街中に蔓延っていた災獣たちの姿がない。所々討伐された災獣が地に伏せているが、明らかに最初と数が合わない。そんな違和感を感じながらルイたちはタクトの下へ向かった。郊外から街に入る境界線。目の前から大柄の男が腕を大きく振り走ってくる。フーゴが足で急ブレーキをかけるようにルイの目の前で止まる。
「ルイ!そっちでめちゃくちゃ大きい爆発音みたいなのが聞こえたけど無事か!?」
芯のある言葉がルイの胸に突き刺さる。
「はい……。大丈夫です。」
ルイは気を落としたように呟いた。その時、背中を軽く叩かれた。横にいるセナが凛とした眼差しを向けている。ルイは小刻みを頭を振り、力の入った表情でフーゴを見上げた。
「フーゴさんたちは大丈夫ですか?」
「当たり前だろ。この俺だぞ!徐々に俺たち側が押し返してる。終わるの時間の問題だ。」
フーゴは力こぶを作って見せ、ルイに大きな笑みを見せる。そして、視線をセナに移す。
「洞窟にいた小僧だな。何をしている。」
打って変わって野太く相手を威圧するような低い声。セナは真っ直ぐにフーゴの小さく鋭い瞳を見つめる。
「俺だって馬鹿じゃねぇ。もう俺たちに勝ち目はない。だからタクトさんのところに行く。あの人は最後まで戦おうとするから……。」
言葉一つ一つに力をいれたような口調。しかし、セナが顔を俯かせる。
「俺たちは本気で協会を潰せるなんて思ってたわけじゃない。でもタクトさんはそれしか望んでない。それであの人が救われるならって俺たちはやるって決めたけどよ……。本当のところ……俺たちはただ……タクトさんに笑っていてほしいだけなんだ。」
セナは唇を噛みしめ、目に熱いものがこみ上げるのを必死に耐える。
「もし叶うならタクトさんを救ってあげてほしい。あの人を孤独から連れ出してあげてくれ。おれたちじゃダメだった!頼む!」
セナはルイとフーゴに向けて、地面に膝と手をつき、頭を下げた。悔しさで震える青年の背中にフーゴは熱い視線を注ぐ。そしてしゃがみ、セナの身体を起こす。
「刀をよこせ。そうしたら、タクトのところへ連れてってやる。」
セナは唇を噛みしめ、刀を突き出す。
「規則だからお前の手を縛らせてもらう。逃げようとした瞬間首をはねる。変なことは考えるなよ。」
セナは眉間に深い皺を寄せたまま、その場に立ちすくんでいた。フーゴがルイに熱心な瞳を注ぐ。
「こいつは俺が預かる。ルイ。行け。」
ルイは「はい!」と返事をした後、闘技場へと駆け出した。
古びた闘技場でカルマとタクトが死闘を繰り広げている。刀を交えるたびにキンと乾いた音、そして火花が散る。長い戦いの末、二人の呼吸が乱れる。
「ふぅ。さすがにお主を相手にするのはちときついの。しかし鍛錬をさぼっておるな。身体の動きが鈍いぞ。タクト。」
額に汗が滲むカルマは再び刀を中段で構えた。タクトは奥歯をギリリと鳴らし、睨み返す。
「うるせぇ。こっちにも色々と事情があんだよ。」
その時、タクトが口を手で覆った。ゴフッと咳をすると、指の隙間から血がぼたぼたと滴り落ちる。カルマは目を見開いた。刀の切っ先が微かに震える。タクトは血の混じった唾を吐き捨てた。
「なんだその憐れんだ目は。いつまでもガキ扱いしてんなよ。」
「タクト。どんなに年をとってもお前は愛おしい子供のようなものよ。何をしてもな。」
その時、闘技場の外から足音が二つ。そこにはハンナとルイの姿が。ハンナは力もこもった強い瞳でタクトを見つめる。
「タクト!戦場はもうお前たちの勝ち目はない!刀を置いて降参しろ!」
伸びやかで凛とした声を張り上げた。その瞬間タクトは再び吐血した。先ほどよりも出血量が多い。ハンナの潤いのある唇が震え、表情に激しい動揺が浮かび上がる。
「お前まで俺のことをそんな目で見るのか。俺は最後まで戦い続けるぞ。」
タクトは眉間に皺をよせ、鬼のように険しい表情を見せる。そして、片手で刀を握り、切っ先をカルマに向けた。
「タクトや。儂はもう現役を退いて隠居してるただの爺じゃ。儂がお主を倒しても意味がない。儂の役割はここまで……。」
カルマは彼の切っ先に背を向ける。そしてゆっくりこの舞台から降りた。微かに潤んだ瞳でルイの肩に手を置く。
「危なかったらすぐに駆け付ける。あのバカに教えてあげなさい。その手に握っているのはなんなのか。そしてハンターとはなんなのかを。」
タクトは怒りで身体を震わせ、感情に任せて刀で空を切った。
「じじい!逃げるんじゃねぇ!まだ勝負はついてないぞ!」
「勝負は儂の負けじゃ。お前をあの時殺せなかった時にすでに負けておる。」
タクトの胸が激しく上下し、息が荒くなる。まるで怒りの炎が彼の中で燃え盛っているようだ。
「じゃあハンナ!お前が俺と戦え!こんなガキをやったところで意味がない!」
ハンナは顔を俯き、唇を嚙みしめていた。感情を乱したタクトの声が曇天に吸い込まれていく。
「タクト兄!そいつはなかなか骨があるぜ。もしそいつを倒せたら次は俺たちが相手をしてやんよ。」
闘技場の上の観覧席のような場所。そこにタイガ、ハル、ユーリの姿が。三人とも厳しい戦闘後のようで所々服が破けている。
タクトは射るような視線をルイにぶつける。そして空を十字に切って、刀を構えた。
「上がってこい。お前をすぐに倒して、ここにいる奴ら全員ぶっ倒してやる。」
ルイは強く一歩を踏み出し、意を決した面持ちで舞台へ上がる。ルイはタクトの獣のような雰囲気にのまれないよう、強く彼を見据えた。
「恨むなら愚かなあいつらを恨めよ。あの時からどの程度できるようになったか見てやる。」




