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4章ハンター対篝火①断ち切った迷い

 レオが姿を眩ませたその日の夜。ルイとエマは街中、そして郊外を必死に探し回った。彼の好きな食堂、鍛冶屋、修行場。しかしレオの姿はなかった。エマは顔を手で覆い、ガラス玉のような大きな目から涙をこぼした。ルイは眉間に皺寄せ、表情を険しくした。あの時の戦いを無理やりにでも断ればよかった。レオの誇りを傷つけてしまった。そして、いなくなったのは自分のせいではないかと。何もできないもどかしさに似た苛立ちだけが募っていく。


 カルマに相談しても明確な回答は返ってこなかった。


「街を離れたい気分なんだろう。そういうこともある。だから二人は自分の任務に集中しなさい。」


 いつも暖かく慈愛に満ちたカルマの言葉がこの時は冷たく感じた。


 それから数日が立ってもルイの心は晴れなかった。むしろ日に日に靄がかかる。ルイは立て続けに任務を失敗していた。必死に奮い立たせるも、なぜか思うように身体が動かない。活き活きとした透き通った瞳の輝きが失われていた。




 レオが姿をくらましてから一ヶ月後の昼下がり。ルイはカルマの家に呼ばれた。いつも三人で歩いている道に今は一人。エマは任務中でレオは行方がわからない。汗ばむほどの晴れ晴れとした日の光の下を、俯いて歩く。


 カルマの家に入ると、いつかの面々が揃う。カルマ、ハンナ、タイガ、ハル、ユーリの視線がルイに集まる。この家に入るまで少し期待していた。もしかしたらレオが帰ってきたかも。そうでなくても彼の情報を得られるかもしれない。ただそうではないらしい。ルイは小さく肩を落とした。


「なんだよ。俺たちじゃ不満か?」


 眉間に皺を寄せたタイガはルイを見下ろす。ルイは小刻みに首を振った。カルマは真っ直ぐにルイを見つめる。


「ルイ。今から三ヶ月以内に強くなりなさい。」

「え?どういうこと?」


 ルイが眉をひそめ、困惑した顔色を浮かべる。部屋の空気が微かに張り詰めていく。カルマが鼻から小さく息を抜いた。


「今から三ヶ月後。タクト。もとい篝火が大勢を率いてこの國を襲撃してくる。これは機密情報じゃよ。」


 ルイの瞳が揺れ動く。タクト、そして彼らの仲間と対峙したが、実際に國に攻め入るとは考えていなかった。考えることが多すぎる。ルイの思考は出口のない迷路に入ったように彷徨い続けた。


「ルイ。奴らは本気で協会、そしてハンターを潰しに来る。だからルイには強くなってもらわねばならん。」

「意味が分からないよ!僕が強くなっても変わらない!。だって友達一人守れない人間なんだから……。」


 カルマの言葉の真意がわからない。そして張り上げた声も次第に力を失っていく。ルイは顔を俯かせ、視線を床に落とした。その時、大きな舌打ちが耳に飛び込む。ルイは急に身体を後ろに引っ張られた。


「なんですか!ちょっと!」


 タイガがルイの首根っこを掴んで、身体を引きずるようにカルマの家を出た。ルイの瞳に朗らかな笑顔を浮かべるハルと、グッと親指を立てるユーリが映った。衣服の襟がルイの喉元に食い込む。苦しくなり、ルイは手足をじたばたさせる。


「ちょっと。待って。自分で歩きますから!」


 そう声を上げると、タイガは手を離した。ふぅっと息を吐くルイ。見上げるとタイガと目が合う。そして彼は再び舌打ちをした。


「俺は認めてねぇからな!」


 そう吐き捨てるように言い放ち、彼は歩き出した。ルイが口をぽかんと開け、その背中を眺める。彼は振り返り、「着いてこい。」と言い、ルイは後をついていった。




 タイガはルイたちの修行場へ向かうときの道を歩く。しかしそれを超えて山を登り続けた。人が地面を踏み固めたような道。それを無言で進んでいく。その道の奥に広々とした空間が広がる。ルイたちがいつも使う修行場よりもさらに広い。見渡すと所々に錆びた古い鍛錬器具が。太陽の光がこの場所を明るく照らし、茫然と立っているルイの髪を柔らかな風が揺らす。


「ルイ!久しぶりだな!元気してるか?」


 聞き覚えのある野太い声のする方を向く。活き活きとした表情のフーゴか手を上げ、ルイに近づいてきた。久しぶりに彼を目にしたルイは口角を上げ笑みを浮かべた。


「フーゴさん!傷はどうですか?まだ痛みますか?」

「問題なし!寝てるだけなんて性に合わないからな!もうへっちゃらよ!」


 その時、フーゴの後ろから姿を見せた金縁の眼鏡をかけた男性が彼の腹をはたく。フーゴは「いてぇ!」と涙を浮かべて、飛び上がる。


「後輩の前でかっこつけるのもいいけど~。一ヶ月で治すのなんて無理無理~。」


柔らかく、語尾を伸ばした口調で小さく微笑んでいる。その男性は細い目でルイを見つめる。するとタイガがルイの横に立った。


「ルイ。お前はこれから三ヶ月の間この人たちの元で修行しろ。ダイキさん、アキラさん、サトシさんだ。」


 金縁の眼鏡をかけ、白い手袋のダイキ、サングラスで茶色のオールバックのアキラ、頬に傷があり、黄色の短髪のサトシ。フーゴはタイガに熱い視線を送り、自分を何度も指さした。タイガは苦笑いを浮かべた。


「フーゴさんは顔見知りでしょ。時々俺たちも修行をつける。せいぜいもがいて強くなれよ。」


 ルイが見上げるタイガの表情にはどこか迷いがあるように見えた。タイガはフーゴたちに一礼した後、この場所を去った。


 汗ばむような太陽の下でルイはフーゴたちに戸惑う視線を送る。急にここに連れてこられ、いきなり修行をしろと言われ。どうしたらいいかわからず困惑していた。


「フーゴさん。これはどういった……。」


 フーゴは視線が散らばるルイの肩に手を当て、目線を合わせるために屈んだ。そして笑みを見せる。


「まぁ一旦飯でも食いながら話そうや!」




 ルイたちは木陰で円状に座り、サトシ特製の弁当を食べていた。色彩豊かで食べるのがもったいないほど丁寧に作られた弁当。ルイが感嘆の声を上げると、サトシは十字の傷がある頬を掻き、嬉しそうにした。


 彼らは素性を話した。かつてタクトと共にハンター試験を受け、ともに切磋琢磨してきた仲間であること。死にかけた任務の話や昔のカルマは鬼のように怖かったなど、たわいもない会話で笑い合い終始和やかな雰囲気で食事を終えた。


「ルイはどうしてハンターになったの~。君が刀を振るう理由ってなに~?」


 ダイキは眼鏡の奥の細い目でルイを見つめる。ルイは昔の出来事を話した。夜の森で災獣に襲われたとき、あるハンターに助けてもらったこと。彼のように弱い人、困っている人に手を差し伸べられるハンターになると決意したこと。


 その時、タクトやセナ。そしてレオの顔が頭に浮かんだ。彼らは弱くない。ただ彼らは助けを求めているように見えた。でも手を差し伸べられなかった。手を差し伸べるだけの力がない。足を崩していたルイは膝を抱えた。ルイは奥歯を噛みしめ、身体が力む。


「そうです。そのために……。そうなりたいからハンターになったんです。困っている人、助けを求める人に手を差し伸べられるハンターになるはずだったのに。」


 フーゴたちは視線を合わせた。その時、アキラが髪をかき上げ、サングラス越しに熱い視線をぶつける。


「ルイに質問するぜ。目の前に手負いの災獣がいるとしよう。しかもそれは大型でかなり強いやつだ。手負いじゃなきゃ絶対勝てない。さぁ。持ちかえればたちまち英雄さ。お前ならどうする?」

「……任務とは関係ないですか?」


 とルイが聞くと、アキラはコクリと頷いた。


「僕は……。できるなら手当してあげたいです。だって、任務とは関係ないのに僕には戦う理由がない。これは夢とか目標とかではなく僕の小さな願望みたいなものなんですが……。災獣とも友達になれたりしないかなぁ。って度々そう思うんです。」


 とルイが目を細めて呟いた。


 その言葉を聞いた彼らは顔を見合わせ、声を高々にして笑いあった。ルイは訳が分からず、左右に素早く首を振り、彼らを見た。


 アキラはサングラスを持ち上げ、目じりに浮き出た笑い涙をぬぐった。


「すまんすまん。フーゴの言ってた通りだったぜ。お前は本当にトーリに似てるよ。」

「だから言っただろ!悪いなルイ。試すようなことしちまって。」


 フーゴをルイに謝るように手刀のような手を振った。何が何だかわからないルイは目をぱちくりとさせる。どうやら昔同じ質問をトーリにした時、ルイと同じ回答をしたらしい。


 いかにも頼りがいがありそうな人たちがまるで少年のような屈託ない笑顔で笑い合っている。ルイはついつられて「あははっ。」と笑みを溢す。その後の彼らの清々しい表情は何かを決意しているようだった。


 アキラはサングラスの奥の瞳をフーゴと合わせる。互いに何かを受け取るように、首を小さく縦に振った。


「俺もこの子に託してみたくなったぜ。お前たちもそうだろ。」


 気の入った声を上げると、ダイキとサトシも頷く。そしてフーゴは真剣な眼差しでルイを見つめた。

「ルイ。俺たちから頼みごとがある。大人の俺たちがお前に頼むなんて申し訳ないが、これはお前にしかできないことなんだ。頼む。タクトを救ってやってくれ。」


 その言葉を聞いたルイの顔から笑みが消える。考え込むように地面に視線を移す。


「僕なんかができるでしょうか。僕は友達一人守れない人間です。皆さんの期待に答えられるかどうかわかりません。」


 ルイは顔を俯かせ、身体を前後に揺らした。フーゴがルイの下へ。そしてしゃがみ、優しく肩に手を置いて、目をたるませた。


「俺たちはお前の結果に期待してるんじゃない。そもそも俺たちがやらなければいけなかったことだからできなくてもしょうがない。俺たちはな。ルイの心のままに動いてほしいんだよ。」


 それでもルイは答えが出なかった。今までも心のままに動いてきたつもりだ。でもうまくいかない。誰も助けられていない。と自分の胸に刃を刺していた。


「今レオがどこかに行ってしまったんです。もしかしたら、この國にもういないかもしれない。何をすればいいですか。どうすればいいですか。」


 自分の非力さを悔やみ、苦しみ、絞り出すような声色。豆やタコだらけの手の平をグッと握りこんだ。ルイの横に座っているダイキは口を尖らせ何かを考えていた。そして口を開く。


「レオというのは君の友達だね~。もしその子が今のタクトみたいになったらルイはどうする?」


 タクトとレオの姿を重ねた。もし親友が一人で苦しんでいるとしたら。世の中を憎み一人で戦おうとしていたら。そんな悲しいことはさせない。させてはいけない。


 ルイは顔を上げ、目に強い力が入る。


「全力で止めます。何をしてでも連れ帰ります。」


 フーゴはルイの力強い瞳を見つめた。グッと目を瞑り、唇を震わす。


「俺たちはあの時……。タクトがこれ以上苦しまないようにそっとしておいたんだ。でもそれは間違いだった。単に苦しんでいるタクトを俺たちが見たくないだけだったんだ。後悔したよ。無理やりにでも連れてきていれば、もうちょっと未来が変わったのかもしれないって。」


 ルイはあることに気が付いた。フーゴもまた自分の無力さに苦しんでいることを。こんなに強くて勇ましいのに、それでもなお己と戦っている。ダイキは頬杖をつき、ルイの顔を覗き込む。


「自分の意思を通すのは大変よ~。理想と現実は違う。力というわかりやすい強さが必要だから~。まぁそのために僕たちがここにいるんだけどね~。」


 ゆっくりと喋るダイキだがその言葉には芯があった。ここに来るまでルイは色々なことを考えすぎて、思考が絡み合った糸のようになっていた。しかし、今それが断ち切れた。やるべきことを一つずつ整えていく。ルイの透き通った瞳に輝きが蘇る。


「覚悟……。決まったか?」フーゴが言葉を投げかけた。

「はい!僕は強くなります。だから皆さん。よろしくお願いします!」


 ルイは勢いよく立ち上がり、頭を下げた。その決意を固めた勇ましい姿に四人は暖かい眼差しを向けた。

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