3章救出任務⑤すれ違う想い
二人は再びセナと戦闘を始めた。先ほどの個人プレーではなく、ルイとレオは互いに息を合わせ、セナを追い詰める。疲労が蓄積し、セナの動きが鈍い。勝ち筋が見え、ルイの集中力が高まる。その時、急にセナが大きく後退。彼がルイたちの後ろを覗くように首を長くする。それと同時に、フーゴとリュウが戦っていた災獣たちの動きが止まった。
入り口の方からコツコツと足音が聞こえる。その時リュウが目を見張る。心臓は激しく鼓動し、呼吸が激しくなる。
「リョウガさん!お久しぶりです。」
セナが手を上げ、晴れやかな声をかける。背中に赤い細かな花びらの刺繍を施された黒いロングコートを着た男性。ただ歩いているだけ。しかしルイはまるで首元にナイフを当てられているような感覚を覚えた。
「待ちやがれ!」とリュウの怒号が響き渡る。
彼はリュウを一瞬だけ黒い瞳に映した後、無視するようにゆっくりとセナの横まで歩いていく。
「なんかすごい睨まれてますけど、知り合いですか?」
リュウはひたすらにリョウガに強く鋭い眼光を向けていた。
「俺の弟だ。」
ルイは息を呑んだ。
(あれがリュウのお兄さん。リュウがずっと探していた……。)
「リョウガさんに弟なんていたんですね。どうします?リョウガさんやりますか?」
セナは両手を頭に回し、テンポの良い口調で語り掛ける。リョウガはイブの下へ歩いていく。
「イブ。いったん下がれ。変わろう。」
イブはコクンと頷き、災獣たち共に後ろに引いていく。
リュウはリョウガと対峙した。凄まじい形相でリョウガを睨みつける。
「やっと見つけた……。てめえを。てめぇを殺すために……。」
恨みや憎しみが腹の底から沸き立つ。その時、ルイとの約束を思い出した。顔を上げルイの方を向く。ルイは真っすぐに自分のことを見ていた。ゆっくりと呼吸し、心を落ち着かせる。
「おい。俺の質問に答えろ。なぜ師範と道場のみんなを殺した。」
リョウガは眉一つも動かさない無表情で言葉を発することもなくリュウを見ていた。
「答えろ!殺すほどの理由があったのか!何とか言えよくそ野郎!」
リュウの痛々しい叫びが響き渡る。リョウガは体を半身にした。
「少しは強くなったのか。俺を倒せたら教えてやろう。」
リョウガは瞬く間にリュウに詰め寄る。それと同時にフーゴが刀を振り下ろした。リョウガは当たることなく、後ろへ回避。
リュウがフーゴの前に一歩出る。
「……申し訳ないけど、手を出さないでもらえないか。」
「そうか。頑張れよ。」
フーゴは後ろに下がり、納刀。腕を固く組み、リュウの背中を見つめた。
リョウガはその様子を見て、鼻から小さく息を吐いた。
「いいのか?二人でも構わないぞ。」
「抜かせ。俺一人であんたに勝たないと意味がない。」
「だからお前は弱いんだ。目的と手段をはき違えている。」
リュウが距離を詰める。そして、力いっぱい刀を振るった。
ルイはリュウとリョウガの戦いを見ていた。リュウは雨宮流の技を使い、本気で戦っている。それなのに攻撃は当たらず、リョウガは刀さえ抜いていない。ルイは心の中でリュウに声援を送った。
突如ルイの身体が横に押された。ルイの顔ぎりぎりにセナの刀が。レオはその攻撃を当たる寸前で受け止めた。
「よそ見してる暇があるなんて俺も舐められたもんだな!」
「ルイ!ぼさっとしてんな!さっさとこいつを倒さねぇと。あの男はタクト並みにやばいぞ。」
「お前雑魚のくせに勘がいいな!タクトさんとまともに打ち合える人はリョウガさんしかいないからな!」
セナは体力を回復したように再び闘志を宿した。ルイとレオは二人がかりで攻撃を繰り出す。
リュウは無心で攻撃を繰り出した。あの日。道場の皆を殺された日から鍛錬を休んだことは一日もない。必死に刀を振り続け、磨き続けた剣術、そして雨宮流の技。それがリョウガに一度も当たらない。当たる気配すら感じない。顔には焦り、動揺が浮き出る。
肩で息をし、汗が頬を伝う。その時、リョウガは小さくため息をついた。
「がっかりだな。時間を与えてやったのに。この程度か。」
リュウは手が震えていた。気を抜けば刀を落としてしまいそうになる。あれだけ努力してもリョウガに全く歯が立たない。心臓を握りつぶされるような感覚が押し寄せる。その時、リョウガは小さくため息をつく。
「いいだろう。教えてやる。俺がやつらを殺した理由……。」
リュウは下に落ちた視線をゆっくり上げ、リョウガを見つめる。心の奥の奥にあるあの日閉ざした扉。それが微かに開きかけた。
「気になったから。」
リュウは目を見開く。身体の力がすっと抜けていく。言葉の意味が理解できなかった。
「気になった?何が気になったんだ。」
「全員を敵にしたら俺の力は通用するのか。それが気になった。終わってみればつまらなかった。」
頭の中に言葉が浮かんでこない。力が通用するか、気になったから殺した。意味は理解できる。しかし、リュウの頭は理解を拒んだ。
「じゃあなんで俺は殺さなかった。気になったんだろ。なんで俺は生き残ってる。」
「実験だ。お前が俺を恨み、憎み、復讐したいと思えば俺の遊び相手になると思った。ただ実験は失敗。期待はずれだったな。」
リュウの心の奥の扉は固く閉ざされた。昔は大好きだった兄。道場のみんなを殺さなければいけなかった理由があったはず。リュウは心のどこかでそう思いたかった。気が付くとリュウは感情のまま動き、リョウガに切りかかっていた。
リョウガはそれを躱す。そして、拳をリュウの水月に打ち込む。身体がくの字に折れ曲がる。そして乱打。リュウは身体が浮き上がるほど、殴り続けられた。自分の未熟さ、弱さ。それが悔しくてたまらない。
(畜生。畜生。畜生。)
心の中でそう呟くことしかできない。そして、リュウは蹴り飛ばされた。
「もうお前を待つのはやめた。弱い自分を恨め。」
リョウガが刀に手を触れようとした時、フーゴが彼に向けて、地面を叩き割る勢いで刀を振り下ろす。しかし、リョウガはそれを軽やかに躱した。
リュウは地面に這いつくばり、薄れる意識が途切れないようにぐっと奥歯を噛みしめる。フーゴは背中でリュウの沈鬱を感じ取った。
「リュウ。お前は弱くない。一人になって、それでも強さを求めて頑張ったやつが弱いわけねえ。」
フーゴはリョウガに切り刻むような刃のような視線を浴びせた。額に太い青筋が浮き出る。
「リュウの思いを無下にしたお前をおれは絶対許さない。」
「今度は楽しめそうだ。期待してるぞ。」
と呟き、リョウガは刀を抜いた。
リュウは地面に伏せながら、顔を上げ、二人の戦いを眺めることしかできなかった。
音を置き去りにするかの如く二人が衝突する。互いに連撃を繰り出す。刀が交錯し、火花が散る。リョウガの拳が水月を穿つ。フーゴは刀を下から乱暴に振り抜く。切っ先がリョウガの髪を掠める。彼の黒い長めの髪が空中に舞う。二人は再び距離を開け、対峙した。
「一応聞いておかないとな。お前は何のためにハンターになった?」
「俺はな。死ぬまで友達と笑いあえるようにずっと馬鹿やってたいんだよ。ルイ、レオ、リュウだってもう俺の友達だ。友達を悲しませる奴は許さねぇ。」
フーゴは頭に脂汗を浮き出る。身体の内部に違和感を感じていた。
(さっき殴られたところのダメージが抜けない。内臓を直接殴られたみたいだ。)
身体をよじり、深く長く呼吸をする。リョウガは何かを考えるかのように顎に触れた。
「お前に少し興味が沸いた。確かめさせてもらおう。」
リョウガは刀を逆手に持ち替えた。
「その友達とやらが、死んだらお前はどんな反応をするだろうな。」
リョウガは振りかぶり、刀をリュウに向けて投げつけた。リュウの瞳に生を断ち切る刃が映る。
急に目の前を何かが覆う。そして、赤い液体が視界の上から滴り落ちる。恐る恐る見上げるとそこには優しい表情を浮かべるフーゴ。彼は吐血し、膝を折る。フーゴの身体を刀が貫通していた。リュウは立ち上がり、崩れ落ちそうなフーゴの大きな体を受け止める。
「フーゴさん!しっかりしてくれ。なんで。なんで。」
目をギュッと瞑り、振り絞るように声を発した。
「落ち着け。急所は外れてる……。リュウ。よく聞け。お前の努力は……無駄なんかじゃない。そのおかげでルイやレオにみたいな仲間に出会えただろ。あいつらと会うまで一人で刀を振り続けて、苦しくても苦しくてもそれを続けて……。すごいな……リュウは。頑張ったな……。」
フーゴの大粒の涙がリュウの土や砂で汚れた頬に落ちる。その時、リョウガは無残にも刀を引き抜いた。フーゴは顔を歪め、身体を震わす。
「なるほど。お前はそう動くのか。愚かだ。こんな弱虫を助けるとは。」
フーゴは首を捻り、こちらを見下ろすリョウガに憐れむ視線を送る。
「愚かなのはてめえだよ。そうやってなに強がってんのか知らねぇけど。すましてんなよ。お前はずっと何に怯えてやがる。俺は鋭いからわかっちまうんだよ。びびり野郎が。」
リョウガの眉間に微かに皺が寄る。そして刀を振り上げた。
「そうか。そのびびり野郎に殺されるなんて残念だな。」
振り下ろしたリョウガの刃がフーゴの首筋に届きそうなとき、リュウが呟いた。
「荒れ狂え。浪華天嵐龍」
洞窟内に突風そして水しぶきが吹き荒れる。リョウガは顔を腕で覆い、大きく後退。
浅く呼吸を繰り返すフーゴをそっと座らせた。リュウは碧瑠璃色のオーラを纏い、握る刀は天の海のように澄んだ刀身であった。




