3章救出任務③怒り
次の日も走り続けるルイたちだが、森を進むにつれて災獣の数が多くなる。現在ルイたちは五種類の災獣たちに囲まれていた。切蛇、石投猿、突猪、襟刃蜥蜴、痺蛙。どれも単体で見れば大したことないが、数が多いとかなり厄介だ。
「おい!お前たち。ちょっと後ろで休んどけ!」
「大丈夫です!まだやれます。」
昨日討伐した灰狼は基本的に群れで生息する災獣。それらが群れでいるのは違和感ない。しかし目の前にいる災獣は基本的に単体で生息する災獣だ。ましてや異なる種類の災獣が連携するように襲い掛かる。フーゴでさえ、そんなことは経験したことがない。
ルイたちは何とか災獣たちを倒し切った。体力的な疲れもあるが、精神的疲労も身体に蓄積されていく。
「ふう。やっと片付いた。」
フーゴは頭に浮き出た汗を手で拭う。ルイが周囲を警戒しあたりを捜索していると、視線の先に人の足らしき姿が。
「フーゴさんあれ!」
ルイたちはそこに向かって走り出した。倒れていたのはハンターだった。フーゴは鼻に手をかざし、脈を確認した後、彼をそっと寝かせた。ルイたちの方を向き、首を小さく振る。
「かなり時間がたっている。もう無理だ。しかもこいつは引率のハンター……。」
フーゴの表情がいつになく険しくなる。下を向いているルイたちに鋭い視線をぶつける。
「お前たち。覚悟はあるか。戦うとは別ものだ。見たくないものを見なきゃいけないかもしれん。」
ルイは背筋に嫌な汗が滲み出る。心を掻きむしられるような焦りを感じた。その時森の中から重量のある足音が聞こえる。
それはフーゴよりも体高の大きい狼型の災獣。今は収まっているが大きな翼を持ち、身体全体が青紫色で足の部分だけが白毛の災獣。
「やったのはお前か?なんで翼牙狼がこんな森にいるんだよ。しかも稀だな。」
フーゴは怒りで震えていた。腕の血管が浮き出し、頭に血が上っている。その災獣はルイたちをじっと眺めた後、後ろを向いて立ち去ろうとした。
「俺は殺す価値もないっていうのか。あぁ?」
フーゴが飛び掛かろうとしたとき、ルイが両手で腕を掴んだ。
「待ってくださいフーゴさん!」
「なんだルイ!止めるな!あいつを今から細切れにしてやらないと気が済まねぇ!。」
「違うんです!よく見てください!災獣がハンターに背を向けますか?あれ!あれ!」
翼牙狼はルイたちの方を向き、前を向いて奥へ進む。そしてまた振り向いた。まるでルイたちが動き出すのを待っているかのように。
「着いてこいってこと?」
「災獣に意思があるとは思えないが……。」
ルイの発言にリュウは小さく首を傾げた。ただルイは何となくそう感じたのだ。
その時レオは嫌な映像が脳裏をよぎる。地面に倒れた身体。駆け寄り抱きかかえると氷のように冷たくなっているエマ。そんな嫌なイメージが脳裏にこべりつく。
「……。……オ。レオ!」
レオはハッと気づいたように声をする方を向くと、ルイが眉をひそめて覗いていた。
「レオ?大丈夫?」
「あぁ。わりぃ。ぼーっとしてた。」身体に走る無力感を必死に拭う。
ルイたちは翼牙狼の後ろをついていった。もし何かあれば戦えばいい。しかし不思議なことにそれについていってから、災獣に襲われることは一度もなかった。
しばらく着いていくと、翼牙狼は大きな洞窟の中へ。ルイたちは互いに顔を見合わせ、その洞窟に足を進める。中に入ると、洞窟というより楕円形のものすごく広い空間だった。空間の奥の方。天井に大きな穴があり、そこから光が差し込んでいる。周囲を警戒しながら進んでいく。突如悲鳴に近い聞き覚えのある声が耳に飛び込む。
「ルイ!ルイ!なんでここにいるのよ!早く逃げて!」
そこにはエマ達が牢屋に囚われていた。
岩壁の窪みに錆びた鉄格子が取り付けられた牢屋。その五畳ほどの空間でエマ達は両手を後ろで縛られている。ラズは無表情で座り、リリーは恐らく気絶しているのだろう。服はところどころ汚れ、いくつか戦ったような傷が腕や足にあった。いの一番にレオがそこに駆け出し、鉄格子に手をかけた。
「エマ!そこから離れろ!俺がぶっ壊してやる!」
レオは鉄格子を乱暴に揺すり、蹴り飛ばすが壊れる気配がない。ルイもエマのところに向かおうと走り出すが、横から視線を感じた。
そこには、ルイたちと同じ年ぐらいの女の子が立いた。刺繍が細部まで施された全体が黒いドレス。スカートの部分がふんわり広がっている。その少女がゆっくりとルイたちに近づいてくる。歩くたびに長い銀色の髪がきらきらと輝く。
ルイは周囲を見渡し彼女の下へ。真っ赤な宝石のような瞳でルイを見つめる彼女はただルイを見つめる。その時、彼女の後ろから翼牙狼が襲い掛かってきた。ルイに向けて刃物のような爪を振り下ろす。ルイのぎりぎりで躱したが、服の裾が切られる。翼牙狼に目を向けると、ルイは目を見張った。災獣が頭を下げ、彼女はその頭を優しく撫でている。
「おいおい。どういうことだ。災獣が懐いている?ありえないぞ。」
フーゴは眉間に深く皺をよせ、考えるように口元の髭を撫でた。
「イブ!こっちにこい!」
天井に開いた穴から光が差す奥。しゃがれたやや太めの大声が響き渡る。イブは災獣にまたがりその声のする方へ向かった。地面を強く踏みしめる音がルイたちに近づいてくる。
刀を肩に担ぎ、心持ち吊り上がった目で睨みつける。くすんだ赤いコートを着ている青年。セナがルイたちの下に現れた。
「くそハンターども。次から次へと現れやがって。お前たちもそこにぶちこんでやろうか。」
憤りを感じる荒々しい口調。太陽のような黄色い瞳でルイたちに鋭い眼光を向ける。セナと目があったレオは彼を睨み返した。
「てめぇがやったのか。こいつらをここから出せ!くそ野郎!」
「ここから出せだと。くそみたいないちゃもんつけやがって。先に手を出してきたのはどっちだ。ハンターってのはなんでこうも自分勝手なんだろうな。お前たちが勝手に俺たちの住処に入ってきたんだろ。悪いのはどっちか馬鹿でもわかんだろうが!」
セナは刃のように鋭い視線を飛ばし続ける。その時フーゴが一歩近づき、口を開いた。
「ここに来る前にハンターが一人死んでいるのをみた。それでもお前たちは悪くないというのか。」
「あぁ。勝手に攻撃して死んでった雑魚のことか。俺の知ったことじゃないね。」
フーゴは眉間に深い皺を寄せた。しかし必死に怒りを堪えていた。自分が手を出せば、状況が悪化することを理解していた。敵意がないことを示すために両手を掲げる。
「あぁ。わかった。すまない。ただこの子たちは開放してくれ。そうすれば俺たちはここを去る。」
「無理だ。こいつらは連れていく。お前たちも逃がさない。」
「戦闘は避けられないか……。一つだけ質問をさせてくれ。」
岩のくぼみにできた水たまり。天井から一滴の雫が。ピチャンと音を立てる。
「お前たちはタクトを知ってるか?」
セナはフーゴを威嚇するようにガンを飛ばす。二人の鋭い視線が交錯する。
「知ってたらどうするんだよ。」
「会わせてくれ。俺は昔からの顔なじみでな。」
「会ってどうすんだ。」
「俺たちの國に連れて帰る。連れて帰って反省させて、また一緒にハンターになる。」
フーゴは芯のある声でセナに言い放つ。それを聞いたセナが俯き、顔を片手で覆った。身体が震え、指の隙間から見える瞳が血走る。
「あぁ。だめだ。怒りを通り越して笑えてくる。お前たちハンターがどれだけタクトさんを苦しめたのかわかってるのか……。あの人がどれだけ悲しんで、心を痛めて、苦しい思いをしたのか。お前たちは知らないよな!お前たちのせいでそうなったのに……。」
セナの怒りは頂点に達し、表を上げる。その顔はまるで獣のように激しい形相だった。
「もういい。話をするだけ無駄だ。」
緊迫した空気が漂う。ルイが刀に手を触れ、すぐに動けるよう重心を落とす。足元の砂がジャリッと音を立てた。
「てめぇらは今ここで殺してやるからよ!イブ!やれ!」
セナは勢いよく飛びあがりルイたちに襲い掛かる。イブが手をかざすと洞窟の奥、そして入り口から何匹もの災獣がルイたちに向かって攻めてきた。




