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1章ハンター試験①未来のハンター

あたりが炎に包まれる。遺跡のような建物が崩れ落ち、瓦礫がふわふわと浮いたりしている不思議な空間。


「またこの夢か……。」


 ルイは物憂げな眼差しで地面の一点をぼーっと眺め、吐息交じりに呟いた。すぐ目の前には人の形をした橙色のぼやっとした光が。それが苦しそうに体を震わせ


「あいつを……今度こそ殺してやる。だから……早くそれをよこせ」


と低く掠れた声で呻く。大柄の体格と低い声。恐らく男性なのだろう。それが手を震わし、必死にルイに手を伸ばす。しかし、その手はルイには届かず、弱弱しく地面を叩いた。ルイは膝を抱え、小さくため息を零す。


「気分悪いんだよな。この夢……。」


 力の抜けた顔で一点を眺めていると徐々に物の輪郭が溶けていく。倒れている男性らしき橙色の光、地面、遺跡のような建物、炎、空。すべてがぐにゃぐにゃと入り混じり区別がつかない。視界に映るのは色が渦を巻いて混ざり合うマーブル模様。まるで水に絵の具を垂らしたかのようだ。


次第に重力がなくなったようにルイの身体が宙に浮き、全身の力が抜けていく。


(気持ち悪い……。)


 ルイは生気の抜けた顔でふわふわと漂うしかできない。ここには上も下も右も左もない。ただ空間と自分が存在しているだけ。


(早く終わってくれ。)


 しばらくすると仄白い光がルイを包み込む。気味の悪い浮遊感はなくなり、身体に真っすぐという感覚が戻ってくる。そして目の前に女性が現れた。神々しく柔らかな雰囲気。顔のあたりがぼやけていて誰かは分からない。その女性はスーッとルイに近寄りそっと抱擁する。


(あぁ。温かい……。)


 瞼が自然と閉じていく。


「あなたはあなたの生きたいように生きて。心のままに……。」


 その女性はルイの耳元で撫でるような声で囁いた。そしてルイの意識は遠のいていった。




 まだ朝日が薄く顔を見せる時間。外から鳥のさえずりが聞こえる。目が覚め、体を起こすと一筋の涙がルイのほほを静かに伝った。街は静寂に包まれ、遠くの建物はぼやけている。

 

 布団を綺麗にたたみ、ゆったりとした足取りで洗面所に向かう。あどけなさの残る顔を洗い、少し癖のある柔らかな暗い青緑色の髪を櫛でとかす。透き通った瞳には壮大な夢見ているような若い息吹が芽生える。そして部屋に戻り、活き活きとした顔つきで身支度を始めた。朝日がゆっくりと昇り、世界を輝かせる。明るさが訪れ、町の輪郭がはっきりとしてきた。


 ルイは革靴の紐をキュッと強く結び、外へ。美しい朝焼けの口が緩む。夢の第一歩にふさわしい日だ。ルイは腰元の刀をギュっと握る。そしてハンター訓練所へと足を進めた。



 ハンター試験当日はハンター訓練所にハンター志望者がこぞって集まる。試験の開催は年一回のみ。多くの志願者が今日のために修行をし、決死の思いで臨むのだ。晴れてその試験を突破すると、ハンターとして序の階級をもらうことができる。

 

 階級は六つあり、下から序、特、螺、飛、翔、空。空はすべてのハンターの中で一人だけが持てる称号である。




 訓練所に向かっていたルイはワクワクと興奮した気持ちが入り混じり、気づかぬうちに走っていた。呼吸を整えるために、ゆっくり呼吸しながら歩調を緩めた。透き通る汗がルイの頬を伝う。徐々に人が外に出る時間帯。ルイが大通りから少し外れた小道を歩いていると、


「うぅ。気持ち悪い……。まったく……。どこにいるのよ……。」


 と横の裏路地から掠れた声が聞こえた。ルイはその場所を静かに覗く。


 そこには紅色の髪の女性が壁に背を預けていた。髪は乱れ、手には酒瓶。ルイは息をひそめて覗いていたが、突如その女性の目が彼を捕らえる。ギラギラ光る水色の瞳。ルイはひぃっと小さな悲鳴を上げた。女性はルイを手招いた。


ルイはすぐ逃げられるような後ろ重心の体勢で少しずつ近づく。


「なんでしょうか。僕お金とか持ってません。」

「違う違う。申し訳ないけど、どこかで水を持ってきてくれないか。」


 顔色の悪い女性は少し気を落とした声色でルイを見上げていた。


「わかりました!待っていてください!」


 と力強く言った後、ルイは走り出した。




 少しずつ街に熱を帯びていく頃、ハンター訓練所の広場には大勢の志願者たちが集まっていた。


「あれ?レオだけ?ルイは一緒じゃないの?」


 エマは頭の後ろで手を組んでいるレオに不思議そうな顔を向けた。


「あいつ先にでてったぞ。ここにいないってことは……。またどっかでお節介でも焼いてんじゃねぇの?」

「えぇ……。今日に限って?ルイは優しすぎるのよね。少しレオの意地悪さ分けてあげたいぐらいだわ。」

「バカか。俺は意地悪なんじゃねぇ。弱いやつに構ってる暇がないだけだ。」

「バカはあんたよ。……ルイ大丈夫かな。」


 エマは細い眉をひそめて訓練所の入り口に目を向けていた。




 その頃、ルイはコップになみなみ注がれた水を溢さぬように歩いていた。


「すみません!お待たせしました。」


 と朗らかな声色で言い、女性にコップを渡す。彼女は水をゆっくりと喉に流し込んだ。


「ふぅ。感謝するよ。柄にもなく飲みすぎてしまって。はしたないところを見られてしまったな。」


 ルイは顔色の良くなった彼女を見て胸が暖かくなった。


「ところでその刀。ハンター試験……間に合う?」

「あぁ!まずいまずいまずい!」ルイは足をジタバタとさせて頭を抱えた。

「放っておいてくれてもよかったんだぞ。こんな酔っ払いの相手をさせて申し訳なかった。」

「いえ。謝らないでください。僕がそうしたいと思ったからやったんです。僕は誰かを助けられるヒーローのようなハンターになりたいので。」


 ルイは清々しい表情を彼女に向けた。


「そうか。君がそう決意してるならなれるさ。ほら。急いで。」

「お姉さんもあんまりお酒呑みすぎたらだめですよ。」


 そしてルイは彼女に手を振り、光が差し込む方に走っていった。




 訓練所の広場では指導員の指示のもと召集がかけられている。エマは相変わらず眉をひそめ、周囲に視線を走らせた。その度に艶のある茶色の髪が大きく揺れる。しかしルイの姿が見つからない。腕を組んでいるレオが入り口から視線を切り、召集場所の方に足を進めようとした時、エマが肩を掴んだ。


「ねぇ!なんでレオはそんな落ち着いてんのよ!ルイがいないじゃない!」

「知らねぇよ。あいつがどっかで油売ってるのが悪いだろうが。俺には関係ない。」

「だって……三人でハンターになろうって約束したじゃん。」


 レオは顔を俯かせるエマの後ろをじっと見つめる。そしてエマの頬を手でギュッと掴み、入り口の方を向かせた。そこには険しい表情で走るルイがいた。エマはぱぁっと笑顔になるも、


「ルイ。ルイ!もう門閉じちゃうよ!走って!」と口元に両手を添えて声を張る。


 ルイは必死に腕を振り、足を前に進めた。肺が破れそうになるぐらい苦しい。それでも必死に走り続けた。しかし訓練所の門番が門に手をかける。


(このまま行けば間に合う!……あっ。)


 人生山あり谷あり。そんな言葉が頭をよぎる。信じれば叶う。努力すれば成功する。なんて言葉もあるだろう。でも現実はそう上手くいかないこともある。


 ルイは石畳がほんの少しだけ飛び出た部分に足をひっかけた。そして門の目の前で前のめりに転んでしまった。


 ガシャン。と目の前で門が閉ざされた。ルイはその場から動けなかった。じんわりとした痛みが膝を覆う。


 ルイは門を閉めた小太りの男に何度も懇願したが彼は決して門を開かなかった。ルイは視線を地面に落とし、拳をグッと握りこんだ。爪が食い込み手の平に痛みを感じる。ルイが訓練所に背を向けた時、


「あぁ。やっぱり間に合わなかったか。」と路地裏にいた目尻がツンと上がった女性がルイの目の前に。


「……いや。多分間に合ったんですけど、最後転んじゃって。お姉さんのせいじゃないですよ。僕が悪いんです……。」


 ルイは女性に愛想笑いを見せた後、再びあどけなさの残る顔を俯かせた。女性は視線に合わせるように屈み、ルイの胸をトンッと指で軽く突いた。


「君の心は今何を思ってるの?どうしたいのか言ってごらん?」と暖かい声色で微笑みかけた。


「僕は……。誰かを助けられる、困っている人に手を差し伸べられる、ヒーローのようなハンターになりたい。どうしてもならなきゃいけないんです。それが僕の夢だから。」


 力強い瞳を彼女に向けた。その言葉を聞いた彼女は胸を張り、


「よし。私に任せなさい。」と力強い声を上げた。




 彼女は門の前で固く腕を組む小太りの男の前に立った。彼は意地悪そうな鋭い目を彼女に向ける。


「君。この子を通してあげなさい。」

「そこの小僧は時間も守れない愚か者だ。そんなやつはハンターにふさわしくない。」

「いいからそこをどきな。大人が子供の夢を潰すんじゃないよ。」

「いい加減にしないか!あなたにどんな権限があって……。」


小太りの男が彼女の肩を押そうとし瞬間、大きな身体が宙を舞う。気が付くと彼は石畳の上で仰向けになり、目をぱちくりさせて空を見上げていた。


「あんた。東の人間じゃないね。今回だけ上官に逆らったことは水に流してあげるよ。」

「あの……。お姉さんは一体……。」とルイは驚きと戸惑いが混じった声で呟いた。

「私はハンナ。階級は飛。今回のハンター試験の試験監督だよ。さぁ。行こうか。未来のハンター君。」


とハキハキした口調で言った後、ルイは彼女を追うように訓練所の広場へ歩を進めた。

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