2章完結 初任務⑥新しい芽そして灯
星々が輝く空の下、ルイたちは焚火を囲み、初日に狩った角兎の燻製を食していた。疲労困憊そして傷だらけの身体を休めるために、一晩この荒地で野営することに。元の任務である鉄鉱石の採取は明日行うことに決めた。
ジョウジはルイに頼んで自前の薬剤を背中の傷に塗ってもらった。彼の背中の傷は痛々しい。しかし、表情は和やかだ。地面にちょこんと座るルナは取り返した刀を大事そうに常に抱きかかえていた。
ルイは寝る前に灯火器を手に野営地の見回りへ。しばらく森の中を歩き続け、危険がないと判断し野営地に戻る途中。
「よお。今ちょっと時間いいか。」
ルイの帰りを待っていたかのように、リュウが木に寄りかかっていた。二人は移動し、森と荒地の境目にある崖の上に腰を下ろす。見渡しがよく、少し上を向けば満点の星空。ルイの瞳の中で星々がきらきらと輝いているようだ。
リュウは灯火器の灯りをじっと見つめ、口を開く。
「……俺はあいつを許せない。許すつもりもない。ただ……理由を知ってもいいと思った。なぜ師範やみんなを殺したのか。そして……なぜ俺だけが生きているのか。」
「僕は何も知らないから、リュウとお兄さんの関係に口出しするつもりはない。ただ、リュウの抱えている悩みを少し持つことはできるから。その時は僕にも手伝わせてよ。」
その言葉を聞いたリュウは嬉しそうに小さく鼻で笑った。彼は胡坐を掻き、前かがみだった身体を反らし、後ろに手をついた。柔らかな草の感触が豆だらけの手に伝わる。
「お前たちは本当にお人よしだな。人は善を演じられるものなんだぞ。」
「演じるってずっとできるわけじゃないよ。自分の心に嘘をつくのは辛いから。」
後ろから草を踏む音が聞こえる。二人が振り向くと、未だ刀を抱きしめたルナが立っていた。
「ねぇ。君は本当にリョウガのことを殺したいの?」
リュウは思慮深い表情を浮かべる。
「そうだな。でも今は……。一旦あいつの口からすべてを話させる。殺すのはそれからだ。」
「殺さない選択肢はあるの?」
「わからない。ずっとあいつを殺すことだけを考えて生きてきたから。」
ルナが二人の後ろに座り込む。そしてじっと宝物の刀を見つめた。
「もし殺すという選択肢を選んだのなら私はあなたの敵。でも私もリョウガに聞きたいことがある。なんで急にいなくなったのか。」
「ルナはリュウのお兄さんとどういう関係なの?」
「リョウガは私の命の恩人。一年間だけ私の村で暮らしてた。」
ルナは蓮の国から離れた小さな村で育った。森で災獣に襲われていたところをリョウガに助けられ、彼は村で暮らすことに。リョウガの稽古を真似をしていたら、雨宮流剣体術を教えてくれた。とても幸せな時間だったがそれは長くは続かない。ある時、急にリョウガは村から姿を消してしまった。ルナは必死に探したが、彼の痕跡はどこにもなかった。
リュウはルナの話を無表情で聞き、小さく息を漏らした。
「あいつを村にいれるなんて危機意識が足りないな。あれは災獣よりよっぽど危険だぞ。」
「君が言ったようなことをする人には見えない。ただ出会ったときはすごく疲れてて……。今にも倒れそうだった。」
「なんで俺があいつの肉親だとわかった。あいつが話したのか?」
「リョウガは自分のこと全然話してくれなかったよ。でもたった一度だけ。弟がいたって。だから私は気づいたよ。君とリョウガはよく似てる。」
「一緒にするな。気分が悪い。結局、俺もお前も同じだ。あいつに見捨てられたんだからな。」
「うん。そうだね。なんか話して来たらムカついてきちゃった。リョウガにあったら刀でツンツンしよう。」
「あいつと戦うのはおれだ。お前は手をだすなよ。」
「まずは話を聞くんでしょ。はい。手出して。」
リュウは言われたまま手を出した。
「じゃんけんぽん。はい。私はちょき。君はぐー。私の勝ちね。私が先にリョウガに聞くから。」
ルナは早口でそう言う。リュウは手のひらを震わせたが、「馬鹿らしい。」と言い捨てた。
二人の会話を聞いていたルイは和やかな気持ちだった。動機は違くても、同じ人を探している目的は同じだ。一人でやるのと、二人でやるのでは負担がまるで違う。二人の探し物は見つかる気がしていた。
「リュウがこんなに話すのは初めてじゃない?」
「違う。こいつにかき乱されているだけだ。」
しばらく三人はその場に居座った。ただ単に友達同士がたわいもないことを話すように。そんな和やかな雰囲気。心地のよい風が彼らを柔らかく撫でていた。
ルイたちは任務の依頼品である鉄鉱石を採取し、二日ほどかけ、蓮の國に戻ってきた。
ジョウジ曰く任務の帰りこそより身を引き締めなければならない。事故の約二割が帰路で起こっているらしい。道中も彼の事細かに記された地図を見ながら、災獣の巣など、危険を回避した。
まだまだ学ぶべきところがたくさんある。ルイは彼が引率ハンターでよかったと心から思った。
協会の前に着くと、ルイはカバンからあるものを取り出した。手に持っていたのは黒く光り輝く鉱石。それをジョウジの前に突き出す。
「ジョウジさん。これもお願いします。」
「鐘竜の黒鋼岩……。でもこれ討伐したの僕じゃない。君たちが持っていくべきだ。」
「ジョウジさん言ったでしょ。責任はどうするんだって。僕たちの責任者はジョウジさんです。ジョウジさんに提出してきてほしいんです。」
ルイ、ルナ、リュウの三人は崖の上で話した時にこれをジョウジにお願いしようと決めた。自分たちだけだったら勝てなかった。ジョウジがいたから倒せたのだ。
ルイたちは協会の中へ。協会内は前と同じく多くのハンターで賑わっている。ルイたちは入り口付近に待機。ジョウジが納品所へ進んでいくと、丸机に座って水を飲んでいるモヒカン男の視線が向く。
「よう。ジョウジ。どうだったんだよ。小僧どもの引率は。お前……なんでそんなに傷だらけなんだ?」
「ザンガさん。彼らはすごいですよ。僕なんてあっという間に追い越されちゃいます。誇らしいです。」
彼はジョウジのぼろぼろの背中に熱い視線を注ぐ。その後、入り口で待っているルイたちと目が合うと、サンガは大きな手でルイたちを手招く。
ルイたちが机を挟み、ザンガの前に立つ。ザンガはルイたちに鋭い眼光を浴びせる。水をグッと飲み干し、
「あいつは役に立ったか?」
「はい!ジョウジさんはものすごく強い人です!」
ルイがはっきりとした口調でそう答えた。その直後、「えぇぇぇ!」とジョウジの叫び声が響き渡る。
「僕が特に昇進!?なんでですか?だってこれただの採取任務ですよね?」
後から聞いた話だが、ハンター試験合格者の引率かつ鐘竜・稀討伐により昇級したらしい。もとよりコツコツやってきたことが報われた瞬間だった。
ジョウジはどこか気抜けした様子でルイたちの下に歩いてきた。
「なんか特に昇給できちゃったよ。めちゃくちゃ時間かかったけどね。」
サンガは傷だらけ腕を組み、じっとジョウジに視線を送る。
「ジョウジ。ここ座れ。」
彼は横にジョウジを座らせた。そして周囲を確認し、カバンの中から未開封に酒瓶を取り出した。それをグラスになみなみ注いぐ。
「飲め。この前の詫びと昇進祝いだ。小僧ども!お前たちもこっちに座れ!」
勢いでルイたちはザンガの向かいの席に座った。
今から何が始まるのか。ルイはあたりをきょろきょろとしているとハンターたちが続々と集まってきた。ザンガは勢いよく立ち上がり、酒の入った瓶を掲げた。
「よっしゃ!今日は俺のおごりだ!小僧どもの初任務達成、そしてジョウジの昇級祝いだ!じゃんじゃん頼みやがれ!おい!肉もってこい!」
そして協会内はお祭り騒ぎのように賑わい続けた。ルイたちは机に並べた山盛りの肉や魚料理を腹がはちきれるまで食べさせられ、ジョウジは目をぐるぐるさせ、酔いつぶれてしまった。
こうして右往左往あったルイたちの初任務は無事幕を下ろしたのだった。
ルイたちがちょうど任務を終えた日。人々が寝静まっているような時間。空は厚い雲で覆われ、星々の輝きが遮られる。地上が闇に閉ざされる。その闇の中、四翼雷鷲に乗ったタクトはどこかを探すようにゆっくりと周囲を見渡す。真っ暗な渓谷の中にぽわっと光る場所。タクトが災獣の首筋をポンポンと軽く叩くとそこに降下していく。
「おい!タクトさんが帰ってきたぞ!」
と夜陰の中、松明を持った男は声を張った。
地上に着陸したタクトは地面に足をつけるとガクッと膝を折り顔を歪めた。額には汗が浮き出し、呼吸は浅く短い。
「タクトさん!大丈夫ですか!?セナ!手をかせ!」
セナと呼ばれる金髪の青年は持っていた松明を投げ捨て急いでタクトに駆け寄った。
「タクトさん!すぐに手当てを!」
彼の黄色い瞳が動揺で揺れ動き、しゃがれた声に熱がこもる。
「ここに来るまでに二晩休んだ。遅くなった。少し休む。」
タクトは顔をしかめ、腹部を抑えながら洞窟の中に入っていった。背中が丸まり、いつもの勇ましさを感じられない。
「セナ。あんなぼろぼろのタクトさん。初めて見たな。」
「あぁ。そんなに凄いやつがいたのか……」
セナは心持ち釣りあがった目を細めタクトの背中をぼんやり眺めた。
洞窟の中には多くの人が生活をしていた。タクトは彼らに声をかけられるたびゆっくりと手を上げた。彼らに心配させまいと無理して背筋をのばし、気を張っているようだ。
布で仕切られた部屋に入ると、勢いよく椅子にもたれかかる。手を額に置き、ゆっくりと呼吸を繰り返す。暗い天井を力なく眺める。そして、何かを思い出すようにギリッと歯ぎしりをし、拳を握りこんだ。ふと気配を感じ、正面を向くと、布越しに影が見える。
「イブか。なんだ?」
と低い声を出す。部屋に入ってきたのは場違いな刺繍、レースが細部まで装飾された黒いドレスを着た八重歯が特徴的な少女だった。
イブが無表情のままスッと両手を伸ばす。手の上には薬のような瓶が乗っている。
「いらん。」
と吐き捨てるように呟き、目を背ける。イブは赤い瞳でジーっとタクトを見ながら薬を差し出す。だんだんと距離が近くなる。
「わかった。受け取っておく。」
とタクトが薬を受け取ると、イブが満足そうに微笑んだ。そして腰まで伸びた銀髪を大きく揺らし、タクトの部屋を後にした。
タクトは薬の匂いを嗅ぐと、顔を歪めた。机の上に薬をコトッと置き、眠りについた。
洞窟の入り口。男たちが火を囲んでいるところにイブが跳ねるように走ってきた。
「タクトさんに薬渡せたか?」
セナが腕を組み、眉を顰めながら問いかけると、イブはコクコクと頷いた。
「そうか。よかったな!」
口角を上げ、大きな笑顔を見せる。セナを含めた男たちがひどく神妙な顔つきで炎を見つめる。セナの目に力が入る。
「篝火の全員集めろ。」
と低い力のある声をあげる。セナの黄色い瞳は赤を煌かせながらゆっくりと燃えている。
洞窟の奥に人々が集結する。セナは手に持っている松明を油臭い大きな木の枠の中に放り込む。ぶわっと火が大きくなり、洞窟内が明るく照らされる。
そこには屈強な男たちが佇んでいた。洞窟の入り口までは灯りは届かないが、洞窟の入り口の方からぞろぞろと人が入ってくる。セナは壇上へと駆け上がる。
「タクトさんが帰還した!しかし、かなり大きなダメージを負っている。」
しゃがれた声が洞窟内をこだまする。一瞬沈黙が漂い、人々はざわざわと声を交わす。
「タクトさんはしばらく休養が必要だ!」
セナは彼らを真っすぐな瞳で見渡した。目の前にいる人々の視線がセナに集中する。
「タクトさんが休んでいる間。おれたちは何をする!何ができる!」
歯をギリッと食いしばり、力をいれた拳が震えている。
「いつも通りってわけにはいかねぇよな!みんな!」
胸の内に溜め込んだものを吐き出すかのように声を張った。そして拳を上に突き上げる。
「タクトさんの意思は俺たちの意思だ!」
その声は洞窟の入り口の方まで遠くに聞こえるほど響き渡る。セナの拳を見上げる人々は仇を討つような形相へと変わった。
「全員気を引き締めろ!死ぬ気で鍛えろ!死んでも鍛えろ!俺たちは強くならなきゃいけないんだ!」
腕を横に大きく振り、彼らを鼓舞する。ざわざわとする声が次第に熱を帯びていく。
「あの時のこと。あの日のこと。やつらに踏みにじられた日を忘れるな!」
胸が燃えるように熱くなり、瞳の奥には火が灯された。
「いつかくる決戦の日!臆することなく!俺たち篝火が必ずハンターどもを打ち滅ぼすぞ!」
洞窟内は熱気に包まれ、人々の魂の叫びがあたりに響き続けた。




