2章初任務③離してしまった宝物
夜が明け、その日は空が厚い雲で覆われていた。ルイたちは早々と動き出す。
途中から左右が崖で覆われた窪んだ場所に出たので、周囲を警戒しながら進む。その時、進行方向に災獣の姿があった。岩蜥蜴と呼ばれる全身が岩のように固い鱗で覆われた小型の爬虫類型の災獣。硬い体で体当たりをしてくるやっかいな災獣だ。
「岩蜥蜴が三匹か。戦う必要はない。迂回しよう。」
ジョウジは大きな岩に身体を隠し、新しい進路を地図の上をなぞった。その時、リュウが一人で、岩蜥蜴に向かって歩き出す。岩蜥蜴がリュウの姿を目撃した後、足をばたつかせ迫ってくる。
「ちょっと待って!リュウ!」
「こんな雑魚。さっさと倒して進めばいいだろ。時間の無駄だ。」
ジョウジは呼び止めるも、リュウは止まらない。岩蜥蜴がすぐそこまで来ている。
リュウは呼吸を整え、重力を利用するように、身体を地面に向かって倒した。
「雨宮流剣体術 村雨。」
顔が地面まであと少しというところで、勢いを利用して加速。岩蜥蜴に向かって刀を振り上げた。それの首がスパッと切れる。一体倒した後、身体を回転させ、残りの二匹も真っ二つに切った。そして、刀を鞘に静かに納める。キンッという納刀の音だけがこの荒地に響く。
ジョウジは一瞬拳を握りしめた後、リュウの下へ歩いていく。そして力のこもる真剣な視線を向ける。
「リュウ。君は強い。でも君のその力は何のためにある?。誇示するだけの力ほど虚しいものはないよ。」
そう言葉を放つと、ジョウジはルイたちの下へ。リュウは大きく舌打ちをし、嫌な記憶を思い出していた。
それは道場での出来事。生意気な門下生をリュウが倒した時、兄から言われた言葉だった。
「誇示するだけの力に意味はない。」
と似たような言いまわしを今この場でも耳にした。リュウは冷徹な眼光をジョウジの背中に向けていた。
更に歩き進めると、目的の採掘場に到着した。採掘場の入り口にある大きな光沢のある黒い岩の周りに岩蜥蜴が五匹ほどいた。その岩はこの場所の岩石とは色が異なり、どこか浮いている。そして岩壁にはなにかに齧られた痕がところどころ確認できる。
ジョウジは再び大きな岩を背にし、地図を確認している。リュウは腕を組み、思考を走らすように指で地図をなぞる。
「また岩蜥蜴。おかしい。もう岩蜥蜴の生息区域は抜けてるはず。状況を整理したいから少し待っててくれ。」
「岩蜥蜴……。かじったような跡……。濃い鋼色の岩石……。」
ジョウジが思慮深い顔でぶつぶつと呟いていると、リュウが再び指示を無視し、岩蜥蜴の近くに向かっていた。その時、ジョウジはある災獣のことを思い出す。
「リュウ!待て!そいつらを刺激しちゃだめだ!」
ジョウジが今までにないほど声を張り、叫んだ。リュウは眉間に皺をよせ首を傾げたが、ある異変に気が付く。地面が揺れている。
そして大きな砂埃が舞い、リュウの目の前に何かが現れる。身体を覆いつくすほどの大きな影。
二足の爬虫類型災獣。身体全体が黒い鋼色の岩石で覆われている。尾の先端が筒のような形状。それを振るたびにカランと鐘を鳴らしたような高い音が鳴る。その災獣が尾を上にあげ、高い位置で激しく振り回した。甲高い嫌な音が鳴り続ける。その瞬間、ルイたちは多数の岩蜥蜴に囲まれた。
ジョウジは目を見開き周囲に視線を走せる。そして、勢いよく刀を抜いた。
「全員戦闘態勢!」
「ジョウジさん!この災獣って……。」
「文献でしかみたことがなかったけど。鋼岩鐘竜。しかも、この個体。鱗が銀色じゃない。おそらく稀。なんでこんなところに。……。全員一旦この場から逃げることだけ考えろ!」
ルイたちは一斉に飛び掛かってくる岩蜥蜴の攻撃を何とか耐えている。一匹であれば大したことはない。しかし、多数となると話は大きく変わる。その時、ルナの目の前に鐘竜が姿を見せる。岩石で覆われた頭を勢いよく振り下ろした。ルナはフワッと宙に浮き、突きを繰り出す。
「よし。ここなら攻撃が通る。」
岩石の隙間の皮膚は表面ほど固くない。ルナの刀が突き刺さり鐘竜が暴れまわる。ルナが刀を引き抜こうとするが、動かない。刀が岩石の隙間に挟まってしまった。彼女は必死に柄を握りしめるが、小さな体が乱暴に振られる。
「あっ。だめ!」
ルナの手から刀が零れる。耐えきれず、振り飛ばされてしまった。ルイたちが間を縫ってルナのもとに集まる。ルイは視線を走らせた。崖の一部分が段差になり、岩蜥蜴の数も少ない場所を見つける。無理やり突破すれば、崖の上に登れるはず。
「リュウ!僕たちで道を作ろう!ジョウジさん!ルナをお願いします!」
ルイとリュウはその隙にいる岩蜥蜴を倒していき、ジョウジはルナを抱え、その後ろをついていく。ルナの刀。それは未だに鐘竜の背中に突き刺さったまま。彼女は必死に手を伸ばし訴えた。
「まって!私の刀が!」
「ごめん。今はそれどころじゃない。ここにいたら全員やられてしまう。」
ルナは泣きそうな表情で伸ばした手をジョウジの背中に落とした。
ジョウジたちは必死に前に進み、なんとか岩蜥蜴の群れから抜け出せた。追手が来ないように崖を上り、森の奥へと進んだ。
ルイ、リュウ、ジョウジは汗を流し、膝に手をついて肩で呼吸している。一方ルナは地面にペタンと座り込み、肩を落とす。
「ルイとリュウは大丈夫そうだね。ルナ。そこに座って。今手当てするから。」
鐘竜に振り飛ばされたとき、膝から出血、そして必死に刀を掴んでいたため、手の平から血が滲んでいた。ジョウジがそれを手当てしているとき、ルナの目から涙がこぼれる。しくしくと静かに泣いていた。
「いらないだろ。あんなの。」
リュウはぼそっと呟いた。その時、ルナが強い眼光を向ける。
「そもそもあなたが一人で勝手なことしたからこうなったんでしょ。」
「お前が弱いからだ。弱いから奪われた。人のせいにするな。あんな刀捨てちまえ。」
リュウはルナの濡れた紫紺の瞳を睨み返した。その時、ルナの手当てを終えたジョウジが二人の交錯する視線を遮る。そしてリュウの下へ歩いていく。パンッと乾いた音が森に響き渡る。彼がリュウの頬を叩いた。一瞬戸惑っていたリュウだが、鋭い視線をジョウジに向けた。
「てめぇ。なにしやがる!」
「僕たちハンターは時に力を使う。それで人を傷つけることだってある。それは致し方ない理由もあるだろう。ただ僕は言葉で人を傷つけることを許さない。その痛みは一生消えないことだってある。心の傷は耐えられないくらい痛いんだ。」
リュウは昔、兄から似たようなことを言われたのを思い出した。同じ門下生に暴言を吐いたとき言われた言葉。
「言葉は刀だ。しかもたちが悪い。その痛みは永久に残り続けるからな。」
リュウはあの日の夜、言葉の刃で切られていた。ずっと心に痛みを抱えていた。あの日、敬愛していた兄からの冷たい言葉。それが鎖のように心を縛り上げていた。
リュウは目の前のジョウジを突き飛ばし、馬乗りになる。表情には落ち着きや冷静さの欠片もなく、焦りや怒りが浮き出ている。
「いちいち嫌なこと思い出させんじゃねぇ!」
無抵抗のジョウジの顔を殴りつける。未だぬぐえない兄への復讐心をぶつけるように。
「お前は癇に障ることばっかり言いやがって!おれはな!強くならなくちゃいけないんだ!強くなっていつかあいつを!他人のことなんて知らねぇんだよ!」
「ちょっとリュウ!落ち着いて!」
「離せ!わかったような口ききやがって!」
ルイは感情の制御が聞かないリュウを後ろから羽交い絞めにしてジョウジから引き離した。未だ暴れて息を荒くしているリュウにジョウジは真剣な眼差しを向けていた。
ひとしきり騒動が落ち着いた後、ルイはジョウジの怪我の手当てをした。鼻や口から血を流している。
「ジョウジさん。大丈夫ですか?」
「いやー。派手にやられたね。かっこつけたけど痛いもんは痛いね。」
「やり返したりしないんですか?」
「君だったらやり返すかい?」
ジョウジはルイに小さく笑みを浮かべる。それは無言の同意を求めているようだ。
小さく息を吐いた後、ジョウジは表情を緩める。
「やり返して彼の問題が解決するなら僕はやり返す。でも意味がないからね。今の彼には時間そして良き友が必要だ。それは僕じゃないのかも。今僕ができることは彼が大きな間違いを犯す前に止めてあげること。これぐらいはさせてもらう。」
かなり歳の離れているはずのリュウに殴られたジョウジ。しかし、ルイが見た彼は、その表情に怒りや憤りといった感情はない。むしろ、リュウの閉ざした心の扉を少し開けたのではないか。やるべきことはやったというどこか満たされている顔つきに見えた。




