2章初任務①憤り
晴れ晴れとした蒼穹の下、ルイたちはハンター訓練所の前で佇んでいた。大きな黒みを帯びた茶色の太い柱はこの建物の年季を感じさせる。屋根には瓦が敷き詰められ、初めて見る人は寝殿や書院と勘違いしてもおかしくない。
ルイたちは建物に入り、木の廊下を進む。ブーツで歩くたびに心地よい音色が響き渡る。襖から日の光がぼんやりと廊下を照らす。第百二十五期生と書かれた扉を横に引くと、十畳ほどの部屋にいくつか机が並べてある。すでに何人かそこに座っていた。
「エマ~!エマの席ここ!僕の後ろ!」
耳をつんざくような高い声でリリーは手を激しく振った。机の上にハンター試験合格者の名前の書いた札が置いてある。ルイたちは自分の席に座った。レオはルイの左斜め後ろの席。エマは一つ席を挟んで横に着席した。
ルイの隣の席には淡藤色の髪の少女。二次試験でレオと同じ組だったルナがいた。手を膝の上で重ね、大人しく座っている。
ルイがレオと話していると、度々左からの視線を感じた。ルイが目を向けると、パッと目を反らされる。それを三回ほど繰り返した時、ルイが「そういえば。」と彼女に声をかける。すると彼女の小さな身体が跳ねた。
「昨日はお互い大変だったね。ケガとはない?」
「うん。大丈夫。ちゃんと痛くならないように受けたから。」
彼女は何もない机の上をじっと見つめ、息の混じったような小さな声で答えた。
「そうなんだ。すごいね!そんな受け方があるなんて。今度教えてよ。」
「難しいよ?一年ぐらいかかるけどいい?」
ルイが朗らかな声色で話すと、ルナの紫紺のジト目がルイに向く。
「ルイ。そいつ見たことない剣術使うからよ。だりぃぞ。」
「レオがそういうぐらいなんだかすごい剣術なんだね。なんていうの?」
「……雨宮流剣体術。」
その時、右後ろから大きな舌打ちが聞こえた。目を向けると、固く腕を組んだ銀髪の少年がルナを鋭い目つきで睨みつける。視線が激しく交錯する。ルイがレオと目を合わせると、知らんと言わんばかりに片眉を上げ、頭の後ろで組んでいた手を上げた。
ルイが眉をひそめていると横からわき腹をつつかれた。つい「わぁ!」と上擦った声がでる。顔を向けると、口元を抑え笑いをこらえるミアがいた。頭の上の赤い耳が跳ねるように揺れる。
「なにその高い声。女の子みたい。」
「ミア!おはよう!昨日の疲れとか大丈夫?」
「問題なし!伊達に獣人やってませんから。回復は人一倍早いよ!。」
と明るくピースサインをした。
ミアのおかげで張り詰めた空気が緩まる。そこから数分が立った時、入り口の戸が開いた。表情がとろんと眠そうな無気力な顔つきの女性が入ってくる。
「おはよう。ひとまず、みんなの面倒を見ることになった。マヒナです。階級は螺。よろしく。まぁ面倒を見ることになったというか、押し付けられたというか。早く特にでも上がってください。そうすれば、私のやることもなくなるんで。」
マヒナはまつ毛の長い目を擦りながら、たびたび欠伸をしていた。彼女の話をルイは姿勢を正してまじめな顔つきで聞いている。
「昨日は大変だったようですが、早速初任務に向かう人を発表します。え~っと。ルイ、ルナ、リュウ。三人は明日から任務に行ってもらいます。現役のハンターが指導につくし、難しい依頼ではないのでさくっと任務を完了させてください。あとで任務の危険性の説明を行うので、それまで何かして時間を潰しててください。それでは~。」
マヒナは濡れたような艶のある長い黒髪を揺らし、この部屋を出て行った。ルイは拳を握り、唇に力が入る。そして心の中でもガッツポーズをした。
(よし!明日から任務に行けるなんてラッキーだ!)
扉が開く音。目を向けると、銀髪の少年が真っ先に教室から出て行き、静かに扉を閉めた。ルイは腕を組んで目を瞑り、どうやればリュウと仲良くなれるのか考えていた。レオが「お前大丈夫なのか?」とルイに声をかけると、ルイは身体を振り向かせ、
「まぁ。何とかなると思うし、何とかして見せる。」
と生き生きとした表情を見せる。
「ルナ。明日任務頑張ろうね。」
とルイがガッツポーズを見せると、ルナは軽く握った拳を見せた。紫紺の瞳が控え目に輝いている。ルイはすかさず張りのある声で、
「リュウとも仲良くできるといいね!」
その言葉を聞いたルナは再び手を膝の上に置き、じっとまた机の上を見つめる。
(うん!頑張ろう!)
ルイは心の中でそう涙を流し、そう決意した。
時間になり、マヒナがハンターについて、そして任務遂行についての説明を始めた。最初こそやる気のない人という印象だった。しかしマヒナの説明は理解しやすかった。予め準備された図や実体験を用いた説明にルイたちは釘付けとなった。
「はい。ひとまずこれで説明は終わり。今後は個別で呼ぶことはあっても、全体で集まるみたいなことはないからね。あとルイとルナとリュウはこの後に任務の引率をするハンターと顔合わせがあるからすぐに帰らないで~。」
ルイ、ルナ、リュウ以外が席を立とうとしたとき、マヒナがパンッと手を叩いた。静けさが部屋に漂い、全員の視線が集まる。
「ちょっと待って。今日はみんなのために特別な人が来てくれました。姿勢を正してください。」
マヒナは姿勢を正し、入り口の戸に身体を向けた。部屋に入ってきたのは白の巫女装束のような服をきた女の人。全体の調和がとれた美しい顔に色素の薄い細い髪の毛。目の前に立つと神々しい雰囲気を醸し出す。彼女は薄緑色の瞳でルイたちを一人ずつ見渡す。
「はじめまして。この度はハンター試験合格おめでとうございます。蓮の國。國長の孫のレナです。皆様。以後お見知りおきを。」
レナは深々と頭を下げた。翡翠色の勾玉の首飾りが前後に揺れる。ルイたちは一斉に姿勢を正し、反射的に頭を下げる。レナはふふっと小さく微笑み、
「お顔を上げてください。そんなにかしこまらなくても構いませんわ。非公式の訪問ですので。マヒナ。無理言ってごめんなさいね。」
ルイたちの視線がマヒナに集まる中、レオだけが目を細めてレナに視線をぶつけていた。その視線に気づいたレナは微笑みを返すと、レオは誤魔化すように視線を外す。未だにマヒナは体を固めたようにお辞儀を続け、不思議な沈黙が流れた。
「いえ。本日はご足労賜りまして、誠にありがとうございました。貴殿がこの地にお越しくださいましたこと、心より感謝申し上げます。また、貴殿がご誕生なされましたこと、誠に慶賀の至りに存じます。」
抑揚のない棒読みのような言葉を聞いたレナは未だ畏まっているマヒナを見つめ、
「……マヒナ。それどこで覚えたの。多分今じゃないと思うわ。いいから戻りなさい。」
マヒナは身体を起こし「あれ?」と腑抜けた表情をした。再びレナはルイたちに視線を送り、
「明日、初めて任務に向かうハンターたち。前へ。」
と耳触りの良い滑らかな声を発した。彼女の前にルイ、ルナ、そしてリュウが姿勢よく並ぶ。
「あなたたちに神の祝福がありますように。」
彼女は両手を広げて、落ち着く声色でそう呟く。そして畏まることなく、ルイたち一人一人の手を握り、「頑張って。」と言葉をかけた。
「それでは皆様。今後の皆様の成長を楽しみにしていますわ。」
レナが部屋を出ると、部屋の中はしばらく静かだった。ルイは不思議な感覚を抱いていた。レナとは初対面のはずなのに、そんな感じがしない。
その後任務に向かうルイ、ルナ、リュウそしてマヒナだけが部屋に残り、レオ達は訓練所を出た。マヒナの寝息だけが聞こえる静かな時間が続く中、外から足音が聞こえる。黒髪短髪で顎に薄く髭の生えただけが特徴の男性が部屋に入ってきた。
「今回、君たちの初任務を監督することになったジョウジです。よろしくお願いします!ハンター八年やってますが、階級は序です。ただハンター歴は長いので色んな知識はあります。みんな。頑張りましょう。」
「悪いね。ジョウジ。面倒を押し付けて。」
「いやいや。マヒナさんの頼みなら断りませんよ。採取任務は僕の得意分野ですから。」
そこからルイたちは今回の任務の説明を受けた。ここから約二日程度歩いたところにある鉱山で鉄鉱石を採取してくる任務。今回の任務で受注や野営など今後の任務でも必要なことを一通り学ぶ。
「それじゃあ説明はこのあたりにして、実際に任務を受注してみよう。」
ルイたちは訓練所の横にあるハンター協会に足を運んだ。訓練所よりも二回り以上大きい建物。協会の一回では任務の受注や依頼物の納品、さらに飲食などもできる。
中に入ると、ハンターたちで賑わっていた。食事をする人や酒を呑む人。任務の相談をする班など様々な目的を持った人であふれていた。
ルイたちはジョウジに「ここで待ってて。」と言われたので、丸い机を囲むように席に座っていると、酒瓶を持った大柄でモヒカン頭の男がルイたちに絡み始めた。
「おいおい。こんなとこにガキがいやがる。坊主どもは何しに来た?」
「あの。僕たちハンター試験を合格して、明日初任務なんです。」
「ほーう。そりゃおめでたいこった。新しい門出に乾杯!」
手に持った酒を豪快に喉に流し込み、口から溢れた酒をぐいっと拳で拭う。
「そんで引率は誰よ?大体初任務なんてのは引率ハンターでほぼ失敗が決まっちまうからよ。」
リュウとルナは口を挟まずただ座っていたので、ルイがこの男の対応するしかなかった。
「引率は僕です。ザンガさん。」
モヒカンの男、ザンガの後ろからジョウジが声をかける。男は激しく笑った。そして周りにいる人たちも高笑いをする。
「おい!お前たち!終わったな!こいつなんて呼ばれてるか知ってるか?無能のジョウジ!何年もハンターやってるのに、災獣の討伐任務を達成したことなくてよ。ずっと草やら石やら集めて。なにがしてぇのかわからねぇ落ちこぼれよ。」
「はは。耳が痛いですよ。今回は採取任務なので僕が引率なんです。だから僕が選ばれたみたいな……。」
「なぁ。教えてくれよ。なんで臆病で、弱くて、力がないお前がハンターやってんだ?」
「別に弱くても構わないですよ。それよりも大切なことがありますから。」
「雑魚が生意気言ってんじゃねえ!」
ザンガがジョウジを蹴り飛ばした。ジョウジの身体は吹き飛び、後ろの机にぶつかる。ルイは急いでジョウジに駆け寄り、ザンガに文句を言おうとした時。今まで腕を組んで見ていただけのリュウがサンガに近づく。
「なんだクソガキ?」
俯くリュウの口元が小さく動く。
「あ?なんて言ってんのかわかんねぇよ。」
細い髪の隙間から燃えるような鋭い目つきでザンガを睨みつける。
「気に入らねぇ目つきだな。身体に叩き込んでやらぁ!」
ザンガが大きな拳で殴りかかる。拳がリュウに当たりそうな時、二つの音が協会内に響く。一つはパシッと乾いた音。もう一つは金属同士がぶつかる音。
ザンガとリュウの間にマヒナが止めに入った。ザンガの拳を手のひらで受け止める。そしてリュウは瞬く間に刀を抜き、サンガに振り上げていた。マヒナが自分の刀の受け止めていた。彼女は視線を走らせ、二人を交互に見る。
「そこまで~。ザンガ。あんた次やったら降格だって忘れたのか。」
「いや。マヒナさん。すいやせん。でもこのガキが……」
「先に手を出したのはあんた。ほら。外行って酔い覚ましてきな。」
リュウはゆっくりと刀を鞘に納めた。その一部始終を見ていたルイは微かに瞳を揺らす。
(あれ。マヒナさんが止めてなかったら確実に首に入ってたよね……。)
ジョウジは立ち上がりリュウのもとへ。目線を合わせるために少しかがむ。
「リュウ。君のおかげで助かった。ありがとう。」
柔らかな微笑みを浮かべるジョウジとは対照的にリュウは整った顔を歪め、手に持った納刀された刀を強く握る。
「弱くていいわけないだろ……。」
絞り出すように呟く。その姿を見ていたルナは憐れむ視線を送る。そして、
「やっぱり全然違う……。」
とぼそっと小さく呟いた。




