第4章 春を歌え!②
今日は大晦日の謁見の日だ。朝起きると賄いを作り、部屋へ帰る。
部屋には今日着る衣装が届いていて合わせるとぴったりだ。廊下に出てヒマそうな侍従さんを捕まえて髪の毛をどうにかしてもらい、銀貨1枚を握らせて離した。
すると侍従長を連れて戻って来た。
「エルフの正装はそんな着方じゃない!」
下着にされて、嵐に揉まれる木の葉の如く身を任せて20トーン。
マントだと思ってた薄くて軽い布地はちゃんと仕立ててあり、体にドレスのように纏わされた。
髪型もそれに合わせて優美に結われて俺って女装しているように見えないか侍従長に聞いたら鼻で笑われた(泣)
恥ずかしいので部屋に籠もっていたら、アージェイルさんが来た。
「お迎え行くぞ!しゃんとしろ!」
「はい」
精神的にヨレヨレになりながらシャキシャキ歩く。
正門周りでセトさんを待っていると真っ白の綺麗な馬車が階段下に着いた。
「あれだ!行け!」
幸い近くにいたので、セトさんが出て来た瞬間手を差し伸べることが出来た。
セトさんは妖精の羽根を何枚も重ねたような美しいドレス姿でそれに相応しい宝石も着けていた。
「言葉に出来ないぐらい綺麗です」
俯いて早口に言うと、知った声が、冷やかす。
「セティーネを見もせずそんなことを言うのか?けしからん奴だな」
馬車から出てきたロクシターナさんはイタズラが成功したような顔をしていた。
ざわめきが止まらない。
俺はガリ、海鮮丼に添えられたガリ。
気にしな~い。気にしな~い。気にしな~い。
「すまない、ちょっとゆっくり歩いてくれ。女の靴は慣れないから怖い」
「すみません。セトさん。どうぞ俺に掴まって下さい」
バッチリ顔が合う。
いつもと違って化粧してるからか、更に美形だ。ホントに困っているらしくて、俺は強引に腕を組ませた。セトさんの頬が赤くなる。
「……可愛い」
もっとセトさんの顔が赤くなってロクシターナさんから教育的指導が腹パンで入った。痛いっつうの!
「ロクシターナ=ヴァルヴェール伯爵、その息女セティーネ=ヴァルヴェール、並びにナナ=ミュラー=クロワッサン男爵到着ぅーー!」
「靴ヅレしてないか、見てあげる」
歩き方がおかしい。
セトさんをお姫様抱っこすると休憩所で靴を脱がすと血が付いている。応急処置で踵の後ろに脱脂綿を詰めておいた。治す為に食事も取らせた。万全な状態で謁見に望む。
高位貴族から呼ばれるので順番はすぐだった。
「よく来られた!ヴァルヴェール伯爵!ところで何でクロワッサン男爵がいるのかね?」
ロクシターナさんは爆弾投下した。
「次のヴァルヴェール伯爵だからです。彼にはその資格がある」
俺はぶっ倒れそうになったがセトさんが手を握って正気づけてくれた。
「彼はエルフじゃないのに?」
「主神ユーバリン神様と他2つの神々の聖痕を持つ心根清い若者です。セティーネが里のことはやります。何の問題もありません」
「なるほど。承認しよう!このめでたき門出にトリスティーア神様の息吹が吹き込まれますように!」
会場を温かい風が吹き抜ける。
銀月教の神官達が、ひざまずく。
俺とロクシターナさんはエルフの正式礼をした。セトさんは何か啓示を受けているのか、目を見開いて動かない。
次に動いた時には俺を見て真っ赤になり、何故かモジモジしている。
「セティーネ、後にしなさい。御前ですよ」
「はい。父上」
「よい、啓示を受けたようだな。さて、新伯爵お披露目はいつになる?」
「20年後ですね」
「エルフらしい発表の仕方だな。わかった。その時には呼ぶように。美味しい料理が食べたいからね。下がってよい」
「再び相まみえます事をミュシュリー神様の豊かな後ろ髪に誓ってこの場を辞させていただきます」
エルフの正式礼。そして退場。……の前にこの食いしん坊の2人は思い切っきり、チョコレート菓子を楽しんだ。
俺は給仕役になり2人にどんな菓子なのか由来を話しながら食べさせていたら、侍従長から遠回しに食べ過ぎだと突っ込まれ2人を引きずってタウンハウスに帰ったら、また王城から遣いが来て王城に戻る。
何やら料理をたくさん失敗したとかで、厨房の皆が困っているらしい。
「おお!来た来た!何だか解らんスープを作られて困ってんだが、美味えんだよ。飾り気が無いから何したらいい?」
見るとボルシチだった。
生クリームを発酵させてサワークリームを作ってひとすくい載せた。
リロイズさんはそれを食べてニヤリと笑う。
「こりゃあまた、城の名物料理が出来たな!」
「何で失敗したとか行ってたんです?」
「キャベツがブツ切りだったからよう。いくらなんでも晩餐会でそれはマズいんじゃねぇかって言う奴らもいたが、喰ったら美味かったから見た目さえ何とかすりゃイケるだろ!って事でお前待ってた!」
「あー、作った2人は?」
「青い顔してたから、ジュース呑ませている。謝っといてくれ」
野菜の切り出し場を覗くと元気にジュースを飲んでいる2人に思わず噴き出す。
「「何で笑ってんの?ナナ様」」
「いや、落ち込んで無かったから安心した」
「作っていいって言うから作ったのに、思ってたのと違うからって、文句言われてさ!何なの!?」
「怒るなよ、ティム。リロイズさんは認めてたぞ。晩餐会に正式に採用だ。よくやった!」
あ、そうだ。
「チアーズクラブずっと続けられるよ。ありがとう。セトさんに掛け合ってくれたんだろう?」
「「知らなーい」」
なら何故だろう?
「学園卒業してもずっと!?」
「ああ、10年は世界中を回れるよ!」
「それからは、ビンガ王国に帰っちゃうの?」
「いや、エルフの里で里長になることに決まったんだ」
「おめでとう!ナナ様!」
「セトさん、旅の間中ナナ様ずっと見てたから惚れちゃったんだな!ナナ様格好よかったし優しいし、よかったね」
「いや、それはあり得ないだろ?どっちかというとかっこ悪い所ばかり見せてたし」
「「ソレがよかったの!!」」
「時々乙女の顔でボンヤリナナ様見てたの!」
「そうかなあ?」
「超鈍感!」「朴念仁!」
「まあまあ、怒るなよ。これでずっと3人で居られるな!」
「実家の方はいいの?」
「ビンガ王国の法律で《他国の高位貴族になった者は、あらゆる継承を禁ずる》って言う法律があるんだ」
ここでやっと2人に笑顔が戻った。
パイナップルの器をゴミ箱にスローインして俺に抱きつく2人の頭を撫でる。
「僕たちナナ様に無理なこと言っちゃったから嫌われたんじゃないかと思って、うわぁあああああん」
「望んでもいいのですね?貴方の自由を」
「うん、大丈夫。もう、いろんなしがらみは消えて無くなったんだ。2人が応援してくれたおかげだよ。大好きティム。チェンバー」
チェンバーが涙をコックコートの袖口で拭いながら、唐突に言う。
「アルバイトが終わったら、ご飯を食べに行きましょう!お祝いです!」
「外に食べに行くとマズいからイヤだ!俺が作るからタウンハウスで喰おうよ」
「「それじゃお祝いにならないでしょ?!」」
「オメェらいつまで話してんだよ。仕事に戻りやがれ!」
リロイズさんに怒られた俺達は黙々とネクタール擬きを作るのだった。
新年には、ネクタール擬きを食べたいと多くの貴族からそれとなく圧がルベラ国王陛下にかかったらしい。
断るのが面倒なくらいの数、陳情が上げられて来たので仕方なく厨房に丸投げしたようだ。
ま、いいけどさ。泡立て隊隊員を置いといてくれ!地味に疲れるんだよ!