第3章 慈愛の女神の使徒のお仕事③
マーヤに転移する前に皆で人魚の若芽茶をたっぷり飲み、大人になって偽名を考えてから転移した。
「「「熱っ!!」」」
「長袖シャツ脱ぐなよ?火傷するぞ」
熱帯雨林気候だ。まとわりつくようなジメッとした暑さは山頂に向かって歩いているだけで体力を奪う。
チェンバーが両手の中に魔法で水を入れ俺達2人に飲むよう促す。
「ありがとうジェンマ」
「こぼれるから早く飲み給え」
俺達2人はジェンマ(チェンバー)の手から水を飲んだ。先を行く穂高様が振り返る。
「ああ、悪い!きつかったな。水分補給はしっかりしろよ」
穂高様は先を急いでいるようだ。俺達3人も遅れないよう山道を登る。
しばらく登るとコーヒーの木ばかりある場所に来た。どこからともなく浅黒い肌のか細いまともな衣服さえ付けてない人達が現れて穂高様を囲んだ。あばら骨がハッキリ浮いているその姿に衝撃を受ける。
穂高様は、ホッとした顔で俺達3人を紹介する。言語が違うからジェスチャーでわかった。
俺達3人は魔法カバンから簡易竃を出して早速、鶏粥とサツマイモの甘煮を作った。
まずは、食べてからだ。カフェオレボウルに粥をよそいその上に甘煮を2個づつ乗せる。
粥は熱くて食べられないのかと、心配していたら、味があんまり付いてないと思われたのが、問題だった。
そうだ、ここは呪い粉の国。
好きそうな味付けにしよう。
と言うわけで、夜はスパイスカレーにしたら、めちゃくちゃ食べて俺達4人の分までなくなった。穂高様が干し肉をくれたのでそれでスープを作って飲んで終わりにした。
完全な野外で寝るのは初めてで、2人づつ見張り番に起きてる事にした。
穂高様は寝なくても平気だそうで、俺達3人は一人づつ交代する事になった。
最初がチェンバー、次がティム、最後が俺。
真ん中が一番ツラいから俺が名乗り出たら、呪い粉料理のレパートリーが2人にはないから、早朝に起きて作っててとのこと。
2人はジャンケンで順番を決めて今に至る。
ティムが穂高様とパン生地を捏ねていてくれたから、俺の順番になると焼いた。カレー風味のミネストローネにポテトサラダを作ってパンはガーリックトーストにする。
穂高様が調理を手伝ってくれながら、何度もありがとうと繰り返す。
「いや、俺達3人これしか出来ないから。コーヒー豆の製品化手伝うよ」
「助かる!」
朝になると、やっぱりどこかから人が集まって来た。朝食を一緒に食べるとティムが荷物の見張り番と片付けに残ると言ったので任せた。
チェンバーは多少なら言葉がわかるらしく現地人とカタコトで話している。
穂高様が差し出す麻袋を手に熟したコーヒーの実を摘む。
「ナルー、もう随分摘んだぞ皆」
ナルーは俺の偽名だ。
チェンバーが重そうにコーヒーの実をパンパンにつめた麻袋を両手に抱える。
「わかった。じゃ、作業場まで戻ろう!」
穂高様が皆を集めて朝食を食べた場所まで戻る。そこで簡単な作業台を作ってコーヒーの実をぶちまける。
そしてコーヒーの実の果肉を取り捨てる。
「果肉が少しでも残ってると豆が駄目になるから、丁寧に剥がして。果肉を取った豆は綺麗な水で洗って天日で干してコーヒー豆の出来上がりです。洗うときは優しく割れないようにね!」
穂高様が俺の頭をわしわしと撫でる。穂高様が教えたかった事なのだろう。
「精霊様って、いろんなルールに縛られてるんですか?」
穂高様がコクリと頷く。
「その国の根底から覆されるような介入は直接出来ない」
ああ、だから俺達を連れて来る必要があったわけだ!
「コーヒー豆、そんな大事業になりますか?」
「間違いなくなる!表舞台に出してやれなくてすまないな」
「じゃ、コーヒー豆の加工場でも投資しようかな。ナナ様の名前で」
「スマン、それも無理だが、投資は内緒でしてやって欲しい。建物は建てさせるから」
「了解です!」
隣で聞いてたチェンバーが、どこかに行き、現地人の大工さんを連れて来た。
穂高様が図面を書いて作業場の広さが相当大きくなることに気付いた俺はお金が足りるか心配になった。途中からまたその倍の大きさになり思わずフラリとしたのを穂高様に見られた。
「ここでは1食が5円くらいだ。鉄貨1枚より安いからどんなに広くても、白金貨1枚より高くない。カカオがこの近くにあるから、その集荷場も作ってるんだ」
「ホントは警備態勢とか守秘義務とかちゃんとしてたら、現地で工場作りたかったらしいんですけど」
「ほう?それは良いことを聞いた!来年の赤月までに何とかしよう!」
クイクイとシャツの裾を引かれて下を見ると小さな子供が親指をしゃぶりながら俺を見上げて何か言って逃げた。
穂高様が苦笑して「ご飯くれってさ」と言った。
慌ててキムチ鍋を作って食べさせる。何の問題も無く食べた。俺達もお腹が空いてるが熱くて食欲不振みたいで食事がノドを通らない。心配した穂高様が照り焼きチキンのピタパンを夕食に作ってくれて、ようやく食べる気分になった。
現地人には日替わりカレーを作ってナンと食べさせた。
こうして、滞在してる1週間、コーヒー豆の製品化を指導して、カレーの炊き出しを繰り返してたら、終わった。
見張ってないといい加減なことをする現地人達にしつこいほど言い聞かせて、エルフの里に再び戻り、大人化が解けるまでブートキャンプして、和食を好きなだけ作って食べて元戻ってから大神殿に転移した。
ユーバリン神様の畑にいた見習い神官達は驚いていたが、ひざまずいて出迎えてくれた。
「本日はナナ様はご一緒ではないのですか?」
しまったーーーーッ!!ナナ様でよかったんだった!!どうするよ、俺!
チェンバーがにっこり笑う。
「ナナ様は後からいらっしゃるのです。お部屋に案内していただけますか?あと、子供の神官服を二つと大人の神官服を一つお願いします」
抜かりなく大人の服も用意して部屋に3人になってから飲まされた人魚の若芽茶。
「もしもの時の為にガスパールさんに十分いただいてますから」
「いつの間に仲良くなったんだ?!」
クロワッサン領にいるときにいきなりエルフの里に行ったから、マーヤから帰ってから、一度挨拶にクロワッサン領へチェンバーだけで行ってたらしい。
そこで大神殿の神殿長に脅された話をしたという。いちいちエルフの里に行く手間を省く為にガスパールに人魚の若芽茶をもらったようだ。
「ありがとう、チェンバー」
「はいはい。行くよ!」
◆○◆○◆
「何で炊き出しになるかなぁ?」
ネクタール擬きを作っているジョシュアが嬉しげに声を上げる。
「私達へのご褒美です!…いけませんでしたか?」
「こんな物がご褒美になるなら、何十回だって作ってやるよ!」
マーヤで仕入れて来たスパイスでカレーを作ってやると、巡礼者達も神殿の者も喜んで食べていた。何故か、最後の一人まで行き渡ってなくなったカレーは、皆の疲れを癒やしたらしい。俺はやたらと疲れて翌朝まで寝落ちした。
心配したチェンバーとティムが炊き出しを積極的に手伝ってくれたから、あと数日間は乗り切れた。
憂いなく大神殿への訪問を終えて俺達は再びエルフの里へ。
人魚の若芽茶の効果が切れたらリチルへと転移した。