第2章 閉ざされた神殿
◆○◆○◆ナナ=ミュラー=クロワッサン(ロギ)
俺はかつてないほど腹が立ってる。
昨日来た野菜農家は嫌ってほど脅してやった。もう来ないだろう。
肉は裏山で必要な数だけ獲っている。
川もあればよかったのに。魚が獲れただろうに。
神官見習いの子2人が俺の弟子になった。
漬け物の漬け方から教えている。
この後、近くの町、ヘイドラへ買い物に行く。メールドールでは、物価が高いからだ。
宝石を見返りに求めるような腐った商人達しかいないならこっちはこっちのやり方でやらせてもらうだけだ!
荷馬車を引き出して神殿兵のランベルトさんに馭者を頼んで3人で荷台に乗りゆっくりとヘイドラを目指す。
ヘイドラには、大体3時間くらいで到着する予定だ。荷馬車がものすごく揺れるので考えてた話は全部、歯を食いしばることに集中された。
片道1時間半だったようで助かったと思った。皆、足元がフラフラしている。
荷馬車はランベルトさんにみてもらっていて、俺とジョシュアとユージンで市場を巡る。
2人はお金を使った事が無いらしく俺がお小遣いをあげると、大切そうにポケットにしまっていた。
「勉強に来てるんだから、使うんだよ?また、あげるから」
「「いえ、私たちだけいただくのは心が痛みます」」
「たった小銀貨1枚でそんな風に考えなくて良いんだよ。これは買い物に付き合ってくれる正当な報酬なんだから、後ろめたくなくていいの。それに上手に買ったら神官見習いさん達にはお土産買えると思うよ」
そういうと2人はようやく笑顔を見せて、俺の後ろにカルガモの親子よろしく付いてくる。
「神官見習いさんじゃないか!なんか、買っておくれ!」
商魂たくましいおばさんが呼びかけてきたからそちらに行くとツヤツヤのトマトとナス、キュウリ、トウモロコシが売っていた。
値段も常識的な範囲だったので全部買う。それでも、小銀貨5枚にもならないくらいだ。
後は米と小麦粉を他の露店で買い求め、呪い粉と砂糖と塩と白ワインを樽で5つ買ったら荷台がいっぱいになった。
ジョシュアとユージンは酸っぱい系の果物を木箱いっぱい買ってニコニコしていた。
ジョシュアとユージンを馭者台の左右に座らせて俺は荷馬車と併走する。
エルフブートキャンプに比べれば温いくらいの運動だ。それでも帰りは2時間半かかった。
帰って直ぐできる料理はカレーライス。飲み物は白ワインにジョシュア達が買って来た果物を絞って入れた。
ライムっぽい果物は遣い処が難しい。
白ワインとライムは良く合って晩酌(?)がはかどった。久しぶりの酒、美味っ!
ジョシュアとユージンはそんな俺を見て嬉しそうだ。
「お菓子に使えないかと買って見たのですけどお酒に入れたら、美味しいんですね」
「ふーん、ライムのお菓子か。まだ材料あるし、作って見る?」
「「是非!」」
バターやミルクだけは、氷室にたくさんあったが、他の物が無いなら意味が無い。ミルク早めに使わないともったいない!
明日はシチューにするか!裏山で何か狩って来なきゃな。
しかし、3人じゃ、洗い物もそうだけど、野菜の下処理とか、大変かも。料理作るのは何とでもなるけど、俺、後片付けホント苦手なんだよね。
今この神殿には、150名の神官様と300名近くの神官見習いさんと神殿兵が60名程いるらしい。全部で510名だ。野菜の下処理や切り出し係だけでもいると助かるのだが。
「そういう相談はジジルー様にするといいです!僕、明日行って来ます!」
ユージンがやる気だが任せていいのかな?
「僕、ジジルー様と仲良しだから大丈夫です!」
「そうか、任せたよ。ありがとう」
ジョシュアのしっかり者は人数まで聞いて来た。
「野菜のあれこれが7人くらいいると助かる。皿洗いもさせてもいいか、聞いてくれるかな?」
「野菜のあれこれは私たちみたいに専任の者が付くと思いますが、洗い物は誰でもできるので、当番制になると思います。……それでいいですか?」
「いいです。お願いして下さい」
しかし、予想を上回る反発が、ジジルー様以下他の神官様からもあり、計画は頓挫したのだった。
何でも神官見習いさん達にはそれぞれ崇める神がいて、ジョシュアとユージンの2人は竃の神様なので、料理するのを許されたらしい。
それなら、美と慈愛の女神ベラスティアーナ様の聖痕を持つ神官見習いさんを下さいと交渉したら、渋々5人引き渡してくれた。
全員目を見張るほどの美少年達だったが、皆泣いてる。
「どうして泣いてるのかな?」
「お祈りしないとベラスティアーナ様に見捨てられるのです」
「それは違うよ」
信仰の意味を履き違えている。それでは、神様が遠ざかってしまう。
「いいかい?心が美しい慈愛溢れる人を助けたいベラスティアーナ様は、困ってる人や、仲間たち、神官様達を助けることも信仰につながるんだよ?貧困に喘いでる人に美味しいご飯を食べさせたい。気持ちが大切なんだよ?
お兄さんも、食べるのに困ってる人にご飯作って配ってたら、ベラスティアーナ様の聖痕が現れて炊き出しの奇跡が使えるようになったんだ。だから、お祈りをするのも大事だけど困ってる人も助けたりしない?」
涙と鼻水まみれの顔を拭いてやると大人しくなったので口にキャラメルを順番に突っ込む。
すると笑顔になった。
「俺はナナ。君は?」
「アルス」
「ウルス」
「イルス」
「エルス」
「オルス」
まさかの5つ子だった!
ジャガイモの皮を剥きながら聞いた身の上話は悲惨な物だった。
貧乏農家に生まれ、3才から藁で縄を編んだり草鞋を作ったりして、家のことを手伝っていたら奇跡を起こし、聖痕を左肩にもらい、神殿に売られて来たアルスたちは『ワラの子』とバカにされて、奇跡も発現しない日々を送っているらしい。
ここに廻されたのも奇跡が発現しなくなったから。
「なんだ、そりゃ?見返してやろうぜ!」
「「「「「ナナ様ありがとうございます」」」」」
こんな純粋な子供達をねじ曲げる伝統なんていらない!
野菜を煮込んでる間にサラダの作り方を教えておいて、裏山で狩りをする。
上ばかり見てたら直ぐそこによく肥えたポークの親子が7頭いる。剣で突っ込んで行き、2~3頭づつトドメを刺した。
そこにジョシュアとアルス達が来た。
「あ!スゴーイ!!ジョシュア様。占い当たってた!」
嬉々として、ポークを1頭づつ厨房の裏口へと引きづって行く子供達に呆然とする俺。
「占い?ま、いいか!人手があった方が!」
独り言ちて一番大きなポークを引きづるのだった。
厨房に帰って再び驚愕した。
5つ子が解体をそこそこ綺麗にやっているのだ!
「凄いぞ!解体が出来るのか!!」
「えへへ、家でいつもやってたから」
イルスが笑う。思わぬ即戦力に思わず笑みがこぼれる。
ジョシュアとユージンは氷室から大きな瓶に入ったミルクを何十本も荷車で運んで来た。ポークは巨大な鍋に骨と肉をたこ糸で巻いて入れる。5つ子がそれを真似して入れる。
ジョシュアとユージンと俺はその中に水を井戸から汲んで来ては入れる。
「これは明日の朝のスープと今夜のスープの出汁だから、捨てないように!」
「骨も食べるんですか?」
ジョシュアがいい質問をした。
「いや、食べないけど、骨を水から煮ると美味しいんだぞ?後で骨だけ取ろうな!」
丸々肥えたポークだったけど510人前にはほど遠かったようだ。結局肉は全部使ってしまった。