冒険者ギルドと初テイム
家具やリネンが領主館に届いた日、カレッドさんを連れて冒険者ギルドに向かった。
良い幌馬車があったので1台買い上げたのだ。その場で紋章を幌のど真ん中に入れてくれて、その足で冒険者ギルドの扉を叩いた。
カレッドさんには見知った顔があったらしく手を挙げて返事している。
ちなみに俺は礼服の2番目に良いのを着ていて今日は髪型もキメている。
如何にも貴族だ。
受け付けに行きギルドマスターに会いたいというとギルドマスターは忙しいので会えないという。
職員も冒険者達も、ニヤニヤ笑っている。
「……冒険者として登録したいので、手続きをお願いします」
「それは構いませんがあ、死んでも自己責任ですよお?」
「わかってます」
登録用紙と羽根ペンを渡された。
名前を書き込むと、皆が息を飲んだ。
「りょ、領主様なら領主様とお告げ下さいぃ!」
周りがざわめき出す。俺は受け付けの馬鹿女に冷たく返す。
「ギルドマスターは忙しいんだろう?領主だったら会えたのか?」
「もう、いいから、登録したら帰りましょう。そんな所なんでしょう」
「待って下さいぃ!このまま帰られると私ぃ、怒られちゃう~!」
「知るか、不細工女!サッサと登録しろ!」
「ああん!ヒドいですう!チェリを不細工女なんて呼んでこの街を平気で歩けると思わないで下さいぃ!」
冒険者ギルドタグは皮ひもに通されて渡された。
「早くう、死んでしまうと良いですぅ!」
カレッドさんが小娘を威圧する。
「良いから帰りますよ、カレッドさん」
カレッドさんと俺は冒険者ギルドを出て領主館に帰った。
そして平民の服に着替えてその上からコートを着た。テイム用アメと幾つか食材を魔法カバンに入れると一年中鮭が戻ってくるカシュガル川の中流域の瀬が幾つもある川岸に歩いて来た。
カレッドさんはピンと来たらしい。
「地元の厄介者を捕まえてテイムする、つもりですか?」
「鮭たくさん獲ってくれる魔獣、良いじゃないか!」
「人食いヴァンデにそんな呑気なこと言うのは貴方だけです。隻眼のヴァンデには絶対、近づかないで下さいね」
「いや、テイム出来るのその個体だけだから、諦めて」
親父がまだ、俺がガスパールを手伝うようになる前、1日1回、親父の冒険者だった頃の話をしてくれていたのだ。ヒマだった俺はその時間が大好きで聞かせてくれた話をよく覚えている。中でも何度も泣いて話を強請ったのは、「寂しがり屋のヴァンデ」の話だった。
ヴァンデは生まれつき体が大きくて立派な銀色の毛を纏っていた為、冒険者達から獲物として狙われ続け、ひねくれまくって鮭の乱獲をしてどれもこれも食べられないように踏みにじる嫌がらせの達人になった。
イグニス子爵領では、手に負えない魔獣となっていて、高名な冒険者だった親父に討伐の白羽の矢を立てられた。
親父は到着早々寒かったので川岸でたき火で暖を取っていたらしい。そこに嫌がらせヴァンデが近づいてきたので、銀色の毛が綺麗だと思った親父は自分の分の乾し肉でスープを作り木のコップに入れて渡した。
ヴァンデはスープは飲まなかったが、たき火で体を温めてから朝方に山に帰った。
親父は討伐じゃなくて、テイムする作戦に切り替え、たき火を使って何とか打ち解けようとヴァンデとたき火を囲む日が7日続き、乾し肉もなくなった。
すると鮭を咥えてヴァンデが寄ってきた。
「ありがとうな、ヴァンデ」
その次の日もまた、親父はいよいよヴァンデにあの激マズテイム用アメを与えた。
次の瞬間だった。後ろから飛んで来た矢の一つがヴァンデの左目に刺さった。
ヴァンデは苦悶の声を上げ山に逃げ帰り2度と里には降りて来なくなった。
その後のことは親父は話さなかったが、余計な真似をしたヤツに報復したのだろう。
そのヴァンデが、1年前からまた、降りて来るようになったらしい。農民たちは誰が食われるかと戦々恐々としてる噂が王都まで流れて来た。
人を食うような子じゃないのに。
ほら、たき火を炊き始めたら来た。
「おいで、待ってたよ。コップじゃ飲めないよね。深皿に入れたから冷めてから飲んで」
ヴァンデは熊じゃなくて、巨大な山猫だった。
スープをひと舐めするとお腹が減ってたのか、何杯もお替わりした。
そして俺の前に香箱座りすると頭を下げた。
カレッドさんが上ずった声で俺を促す。
「テイム出来ます!」
テイム用アメをお口に放り込んで実験体のドブネズミ相手に唱えた呪文を過たず言う。
すると頭の中に【ワルト】という名前が思い浮かんだ。
「ワルト、俺にお魚持って来て!ステキな料理にするから!」
『ナオ~ン♬』
「おめでとうございます!ナナ様。ナナ様の歌の題材になりますね」
「そんな恥はいらないんだがな」
ワルトは早速小山になるぐらいの鮭を獲ってくれた。
冒険者ギルドに凱旋して鮭を売るとやっとギルドマスターに会えた。
「どうやってテイムをしたのか、参考までに聞かせて下さい」
「スープ飲ませただけです」
これが王都で吟遊詩人に歌われる元となり、ナナ様のスープが飲みたいと各店舗に客が押し寄せるのだが、ナナの知ったことではない。
隣りにお座りしてるワルトのアゴを撫でるとゴルゴルと猫らしい甘え声を立てる。それだけで十分なのだ。
「何か、困っていることありますか?」
ギルドマスターは、眉を八の字にしてボソボソと歯切れ悪く言う。
「酒場が欲しいんですが、御領主様作ってくれませんかね?」
「…いいけど。大体どのくらいの大きさで、どんな感じの酒場なんでしょうか?」
「大きくなくていいから3軒作って欲しいんですわ」
3軒か。また、ややこしいな。
「派閥でもあるんですか?」
「いや、そうじゃなくてランクに応じて漏れちゃいけない話とかありますからね。
酔ってウッカリ話してもそこだけで終わる話にしたいんです。後は少しだけいる上品な方向けのオシャレな居酒屋を」
「わかりました。緑の月が終わるまでには用意しましょう。他に困ったことは?」
「安い宿がないから、ある程度お金のある冒険者達しかクロワッサン領に来ないんです。冒険者を辞めた奴らに宿をやれって言ってもお金が無いからやりたくてもやれないってんでさあ!」
ふーん。親父が宿・宿言ってた訳だ。
「その辞めた冒険者達すぐ集められるかな?」
「だいたい10日あれば呼び出せますが?」
「移り住む準備して家族連れで来いって言っておいて。考えがあるから」
「わかりました!皆喜ぶでしょう!ありがとうございます!」
「今日はこれで失礼します」
ソファーから立ち上がるとワルトが体をすり寄せる。
前足を撫でて階段を下りる。
カレッドさんが同業者と話していた。俺を視認すると、話を終わらせて護衛に戻った。
「いいのか?」
「今夜はもういいです。帰りましょう」
真夜中過ぎて領主館に帰ったら、心配して待っていたガスパールにイヤって程怒られた俺達だった。