第6章 春風吹きすさぶ
チェンバーがジッと俺を見ている。
「もう!何なんだよ!チェンバー!!ハッキリ言ってくれ!」
もう1週間も見つめられてキレた。
「ロギお義兄さん」
ティムが飲んでいた牛乳を噴き出す。
それをまともに浴びる俺。
「い、いらんわぁあああ!そんな気遣い!気味が悪い!」
「……そう。よかった」
ひょんなことから、チェンバーの姉カルロッテを第2夫人に娶る事になった俺との距離感を測っていたらしいチェンバー。
そして意味深な一言。
「ヨメ同士で仲良くなっちゃっていいの?ロギは」
「それも承知してのお嫁さんだから。それにあんなヒドい目に合ったカルロッテさんを癒やせるのはセトさんしかいない!」
「何揉めてるの?結婚式はいつ?ロギ。人間の寿命は短いし、式の前に赤さんが産まれたらさすがに言い訳出来ないよ」
ティムは解ってないようで解ってる。
チェンバーが、ロクシターナさんに手紙を書き始めた。
俺はその文面を見ながらティムから奪ったタオルで顔と体を拭く。
牛乳は匂いが凶悪なのだ!
文面を目で追う内に顔が熱くなる。
ちょっと?!チェンバー!!中学生の手紙か?!なんて生々しい文面!!
チェンバーは書き終えると厳重に封蝋をして、ガスパールに渡した。
ガスパールは頷くと本部から出掛けた。
◆○◆○◆sideロクシターナ
「セト、朝まで眠らせなかったのか?」
「はい、父上。気持ち良くて止めるのは出来ませんでした」
「そんな夜ばかりでは、チェンバーの心配も解るな。ひと月後に婚礼を行うぞ!……セティーネとしてカルロッテを里に連れて来い。婚礼衣装を仕立てる!ナナも連れて来い!」
衣装部に急ぎで3着も仕立てさせねばならん。里の威信を賭けて見たこともない規模の壮麗な婚礼式にするぞ!
そんな指示を出していたら、ヨークヴァルとレニヴァルにイヤって程怒られた。
「神聖な儀式を何と心得る!人間界に染まりすぎです!ましてや、婚礼前交渉などなさるとは!」
「い、いや、ヨークヴァル。襲われたままでは可哀想ではないか」
「理性的な方法でいくらでも慰められたはず!里長候補ともあろう者が、何たること!!」
「じいちゃん、心の傷はなかなか治せない。温もりを分け合うことで治ることもあるみたいだよ。それに人間はエルフより短い間しか生きられないから、手早い解決法も時には必要なんじゃないかな」
「レニヴァル様!ありがとうございます!」
「……レニ、お前はな~んも、解ってない!口を挟むな!だいたい、お前たちは堕落した!2000年前ならあり得ない堕落ぶりだ!」
……これが始まると長いんだよ。
私は覚悟を決めてヨークヴァルの説教を半日聞いた。
稔司様が頃合いを見て現れた。
「式は、里の人間だけで行う儀式と、人間達を招いて贅を尽くしてする婚礼式に分けたらいい。王都の屋敷を増築して結婚式はそこで挙げればいい。何か甘いものを手土産に持たせて帰そうか。婚礼の儀式の方はヨークヴァルとレニヴァルに任せる!よろしく頼む」
「「神と精霊にかけて、我が誓い果たさん」」
あれ?稔司様もご機嫌が悪い?
いつもならここで、「重い重い」とか言うのに。
「ちょっと神殿まで来て」
うわ、見たこともないくらい怒ってる。
ほとばしる神気に晒されながら、ダンジョンの36階層の神殿まで転移したら、いきなり、ビンタされた。
「やってくれたね?よくもよくも、儀式に穢れを持ち込んだ!2人とも穢れなかったのに!里長の君が止めなくてどうする?!下手をすれば穢れで、ナナが死ぬんだぞ!」
まさか、古いしきたりにそこまでの意味が込められてると思わなかった!
私は稔司様の前に額づいた。
「私はどうすれば良いでしょう」
「お前に出来ることなどない!セトとカルロッテに毎日水垢離をさせよ!里の規則を破らせるな!」
セティーネはやるだろう。カルロッテはあの細い体で耐えられるだろうか?
過酷な一ヶ月が始まった。
レニヴァル様がカルロッテに行をつませて少しでも穢れを押し流させようとしたが、何と懐妊したという。
稔司様は荒れた。ヴァルヴェールに時ならぬ嵐が吹き荒れる。
レニヴァル様が決死の27日の祈祷で正気に戻した。
レニヴァル様が倒れる。
もう、儀式はそこまで迫っていた。
◆○◆○◆sideナナ(ロギ)
「ヒャア?!こ、これ、スケスケだよ!」
稔司様が苦笑して「浴衣だからね」と着せかけてくれた。
「今日はレニヴァル様がいないんだ?途中でスモーク焚いて空中から現れたりして?」
「レニを何だと思ってるの?風邪引いて寝込んでるの!」
「ハハー!」
冗談でひれ伏すると、稔司様は何だか泣き出す寸前の子供みたいな顔をした。
「稔司様!儀式の段取りは覚えたから、心配しないで!大丈夫!」
「……じゃあ、儀式が終わるの待ってるから、泉から上がったら俺を呼んで。必ず、だよ!」
「わかったぁ!宴会楽しみにしてる!」
ダンジョンの中に作られた聖なる泉の側にはエルフ達がキトンを纏って弓の弦を弾いてならしている。雄々しくて幻想的な風情を感じながら、お嫁さん達2人に近づく。
「永遠に(タータリア)君たちを(ナサリア)愛す(オルス)」
そう言って2人と一緒に泉に入ろうとしたら、カルロッテが暴れ出した。な、何で?!今になってイヤってこと?
軽くショックを受けてるとヨークヴァルじいちゃんが、険しい表情でカルロッテとセティーネを泉に蹴り落とした。2人が沈んだ聖なる泉は鮮血の色に変わった。俺はエルフ達から実力行使で止められたが、泉に足の先だけ浸けたら引きづり込まれた。
暗闇の中に明るい小さな星がひとつ。気絶してるカルロッテのお腹に宿ってる。
ああ、だから、泉に入りたくなかったんだね。大丈夫!皆で帰ろう!君は望まれて宿った奇跡の子。セティーネもカルロッテも愛してる。2人は泉の底から伸びている無数の手に捕まえられてる。手には灯りを渡してあげる。さみしいから捕まえたいんでしょ?ほら、君にも君にもあげる。
無数の手にあげていると、花嫁さん達が、泉の上に浮き上がる。
ああ、疲れたな。俺も追いかけよう。
足首を化け物の手に掴まれた。
泣き出す寸前の顔の稔司様。知ってるなら言っとけよ!
俺に付いてる聖痕は、俺の為には使えない。俺に優しくない聖痕だ。
「泣かしたくない神様が待ってるんだよ!つまり俺の為じゃねえ!稔司様の為だ!」
本当に俺がそう思った瞬間、俺は泉の外に放り出されていた。
「出てきたどー!!稔司様来いよ!」
「「ロギ!!」」
ティムとチェンバーが力が入らない俺に抱きつくが抱きしめられない。
ヨークヴァルじいちゃんが、泉にもう一度俺を浸ける。泉は光を浴びてキラキラと輝いていた。すごーく眠くなって良い気持ちで目を閉じた。