不意に訪れた非日常 後
この章では能力や戦闘シーンは出ません、前日譚もどきだと思ってください。
僅かな金属音が響く。
床に落ちたスプーンが奏でたその音が、僕の意識を呼び起こした。
訳も分からないまま家を飛び出した僕は、背後から聞こえる母親の静止を振り払い全速力で駆ける。
「ハッハッ..」
息苦しさに胸を締め付けながらも足を止めることなく進み続けた。
レイナの家が近くなってきたとき、視界に回転している赤色灯の光と少しくぐもった声を感じた。
目に映ったその光景は住宅街の中でもひと際異様な非日常感を見せつけてきた。
家の壁に大きな円形の穴が開いている、家具が散乱し一部が欠けていた。
その跡はまるで型で切り抜いたように、なにかに抉り取られたように”消滅”していた。
家の周りには警察の人や車・keep outと書かれたラインテープが置かれている。
レイナの家が見えてきてから止まってしまった足を、無理やり動かして近寄る。
周りにできていた人混みのせいで気づかなかったが、抉れた壁の奥、一部が欠けている家具たちと同じところに、青いビニールシートで覆われた”何か”があることに気が付いた。
「うっ..」
それを目にした瞬間再び胸が締め付けられたように痛んだ。
苦しい
悲しい
辛い
怖い
分からない
理解したくない
いろいろな負の感情が込み上げてきたとき、ふと人混みの最前線にハルの顔を見つけた。
「あ、あのっ! ハル…」
人の壁を貫き進み、目の前にいる親友に声をかける。
「… 」
声は届いているはずだ、しかしハルは何もしゃべらなかった。
どうするべきか迷っていた時、突然ハルが言葉を発した。
「リョウ… 事件が起きたのはレイナとお母さん、二人が家に着いてすぐだったらしい」
「え?」
聞こえてきたのはそんな言葉だった、想像していた返答と違うそれに困惑の声が漏れる。
「あそこにいるビニールに覆われているの、レイナのお母さんだって」
こちらの戸惑いを意図もせず、ハルは言葉を続ける。
「レイナのお母さん、体の半分が弧を描くようになくなっていたらしいんだ」
「っ… 」
想像してしまった。途端に僕の体からすこし酸っぱいものが込み上げてきた。
「家の壁、すごいでしょ?それにさっき言ったお母さんの傷。
覚醒者による犯行だって、まただよ、また覚醒者..」
淡々と告げるハルに少し不気味なものを感じながらも質問を問う。
まだ肝心の、僕らにとって一番大切なことが聞けていない。
「あの、ハル、それで… レイナ…は?」
「 」
「見つからないんだ」
「え?」
再び僕の口からは困惑の音が漏れた。
「警察の人たちは、きっとあの壁やお母さんを襲った”力”の中心点にいたんじゃないかって」
「ちゅうしんてん?」
「真ん中ってことだよ、つまり形すら残さず死んでしまったんだって」
変わらずに平坦な口調で話す僕らの幼馴染に、怒りに似た感情が沸き起こる。
「ハルっ! お前なに言って!…」
すこし声を荒げながらハルの肩を掴み、言葉をかけた。
ずっと現場を見つめたまま話していたハルだが、肩を掴んだことによってこちらに振り向く。
紡ごうとしていた言葉は行き場を失い、僕の口のなかでとどまった。
振り返ったハルの顔を見た瞬間に、言葉が出なくなってしまったからだ。
「力に目覚めた人類は、その力で他者に思いやることなく奪い始めた。
そう、奪っていったんだ。ボクらの…
奪われるなら、奪い返さないと」
振り向きざまにそう言ったハルの顔は、頬を涙の痕で真っ赤に腫らしていた。
不安定ながらも確固たる意志を秘めた瞳を見た瞬間、僕たちの、3人の関係が綻び朽ちていくような感覚を感じさせた。
あの後どう過ごし、どのような行動をしたのかはあまり覚えていない。
気が付けば僕を追いかけてきていた母親に抱き留められ、家に帰っていた。
何も言わない僕を少し眺めるように見た後、ハルは母親と一緒に消えていった。
ハルの母親は最後にあの2人を見た人であるということで、警察から少し事情聴取を受けていたらしい。
最後に見たハルの顔を思い出す、僕から離れるように、自分のことを覆い隠すように、この先の未来を選んだようなあの顔が、頭から離れなかった。
誤字脱字や誤表記、物語の乖離や違和感などあれば指摘していただけるとありがたいです。