お嬢様は頑固
古都寺 彩。今のところ分かっているのはその名前と、彼女がひどく寡黙だということ。
まあ、前任が入手できなかった情報を入手出来てるのだから上出来だろう。
しかし、お嬢様の両親は何を考えてるんだ。寡黙でうまくコミュニケーションがとれない娘を1人暮らしさせるなんて。しかも、娘の情報を何1つ渡さずに働けなんて親に知能あるかどうか心配だな。そんな職場に応募する俺も俺だけど。給料だけは良いんだよなあ……。
なんて考えてると、お嬢様はある部屋の前で止まった。そして俺の方をじっと見つめる。こいつはそれで何か伝わると思ってるのか?
「どういたしましたか?お嬢様。」
「……。」
しかし、これで理解を諦めてしまうのは大人として普通に駄目だろう。しっかりとそれなりの姿勢で挑まなければ。
暫くお嬢様は固まっていると、部屋の扉に向き直り、掛けてあった真っ白なプレートを外して袖で挟んだ。丁度そこが手なのだろう。
そして持ったまま大きな扉の部屋……多分お嬢様の部屋だろう_に入ろうとする。
「それ、持ちますよ?」
「……。」
お嬢様に物を持たせて自分は何も持たないというのは、執事としていけない気がする。しかし、お嬢様は、そう言われプレートを暫く見つめるが先程より強く持ち、首を横に振って拒否した。
それなら仕方ない。持たせよう。
……扉は開けるか。
お嬢様に許可は取らずに黙って扉を開ける。横目に部屋の中を見ると、かなり広く、天蓋付きのベッドや大きい机……多分あそこで仕事や勉強をするのだろう_など、THE 令嬢みたいな部屋だった。
お嬢様は大きい机に向かい、ペンを取り出してプレートと共に俺に差し出す。
……多分、これに名前を書いてほしいのだろう。ということは先程のは俺の部屋を紹介した心算だったのか。
「お……私の名前を書けばよいのですか?」
「……。」
やはり無言で頷く。伝わってないのがわかるだろうに、何故無言を貫くんだ。頭悪いのか?
一応、執事なのだから「俺」はダメか。「わたし」…「わたくし」?慣れんが、まあ「わたし」で統一するか。
とりあえず、お嬢様の言う通りに名前をプレートに書いて先程の部屋の扉に向かおうとすると、お嬢様にプレートを奪い取られてしまった。どうしても自分で持ちたいらしい。お嬢様なりの歓迎の仕方なのだろうと思うことにしよう。
お嬢様は部屋の前にプレートを掛け、扉を開けて、玄関の扉の時と同じように「中に入れ」というように腕を伸ばす。
部屋の中に入り、ずっと持っていた荷物を置いて中を見渡す。お嬢様は部屋の外でじっと俺の方を見ている。
普通に立派な部屋だ。
ベッドも十分広く、冷房・暖房もある。机や壁、床に埃や汚れは見当たらない。日も丁度良く当たり電気をつけなくても十分明るく過ごしやすそうだ。カーペットもフカフカで革靴越しでも高級さがわかる。
「……。」
……あの目は感想を求めているのだろうか。
お嬢様は一人暮らし。前任と俺が来た時期は1か月程空いている。つまり、この部屋の管理や準備はお嬢様自らがやっていたのだろう。全く喋らないが、歓迎はしてくれているようだ。
「立派な部屋をありがとうございます。」
「……!」
あ、少し、ほんの少しだけど反応した。全く表情は動いてないが嬉しい……のだろうか。
お嬢様はそのまま何も言わずに、俺を部屋に入れたまま扉を閉めた。
……?
荷物の整理をしてこい……ということだろうか。喋れるんだからしっかり口で言ってほしい。かなりびっくりしたぞ。今の。
お嬢様を待たせるのは良くないので、なるべく急いで荷物を整理する。
粗方終わり、ゆっくり扉を開けると、扉の直ぐ横にお嬢様は直立していた。
……扉、当たらなくてよかった。
「終わりました。」
「……。」
その言葉を聞くと、お嬢様は階段を下りてまた別の扉に入る。俺も中に入ると食堂のようだ。
そういえば、お嬢様は朝食を済ませたのだろうか。
「お嬢様。」
「?」
無言で首を傾げる。
「既にお嬢様はお食事を済ませているのでしょうか?」
「……。」
首を横に振る。今の時間は……9時。少し遅くなってしまうか。
「申し訳ございません。もう少しお待ちいただければ、お作りしますので。」
「……。」
座ってくれという意味を込めて長い机の誕生日席のような部分に勧める。
しかし、お嬢様は座ろうとせず、俺がキッチンに向かうとお嬢様もついてきた。
「お嬢様?お作りしますので、あそこの席にお座りください。」
「……。」
首を横に振る。何でだ。座れよ。
お嬢様は、俺の言うことを無視して冷蔵庫から食材を取り出す。
いつの間に留めたのか、袖をピンで止めて腕を出している。
手伝う気か。まあ、1か月は1人で生きていたのだから家事はできるのだろう。しかし、執事の俺が来たなら、家事は全て俺の仕事だ。
「お嬢様、お料理は私がお作りしますので、座っていてください。」
「……。」
首を横に振る。
「危ないですので。」
「……。」
まだ首を横に振る。
そしてとうとう勝手に野菜を切り出した。
「……何を作るのですか?」
「……!」
やっと自分の意見が通ったのが嬉しかったのか動きが固まる。
「……貴方、の……好きなもの……作りたいの……。」
なんか、少しずつ話してくれるようになってきたか?
しかし、わざわざ執事の好きなものなんて……。ご令嬢は身勝手なものだとばかり……いや、このお嬢様も勝手っちゃあ勝手か。
まあ、作りたいというのなら、執事の俺は従うしかないだろう。
好きなもの……好きなものか。正直、食べられれば良かったしな。今までどういうもの食べてたかな。
「えっと……エビのリゾットですかね。」
幼少期、まだ妹もいなかった1人っこ時代に母が作ってくれていた。
妹が生まれて、母が忙しくなってって作ってもらえなくなったってか、俺が作りだしたからもう味も覚えてないけど。多分、美味しかったんだろう。存在を覚えてるのだから、多分好きだったんだろう。
「……。」
もはや呟いたレベルの声を、お嬢様はしっかり聞き取ったのかエビのリゾットに使う材料を手早く出し始めた。
このお嬢様、かなり仕事が速いぞ。このレベルなら、執事とか要らなかったのでは……。いや、流石に1人でこの大きな屋敷の管理は無理か。
執事としてこのまま突っ立ってるわけにはいかないので、洗う作業や火を使う作業は俺がやった。袖、留めているとはいえ、ヒラヒラしてるから汚れとか、なんなら火が燃え移ったりとか怖いし。
何故か少し嫌な顔をして(とはいえ、ほぼ無表情から変わってないのだが)俺に洗い作業を任せ、お嬢様は包丁で野菜などを切っていった。多分、全てやりたかったのだろう。
少し、そういうところはご令嬢らしい感じがする。
お嬢様は、少し頑固なところがあるらしい。




