⑫力ある者の責務
「撤退? 隊長、まさかゴブリン相手に撤退ですか? 私は………むぐぅ!」
タイサはバイオレットの顔を掌で掴むと、それ以上の発言を許さなかった。
「バイオレット、お前の言いたい事は分かっている。分かっている上で決断したんだ………それ以上は言わないでくれ」
タイサは彼女を掴んでいる手を放すと、静かになった彼女の前で指を立て、険しい表情をつくる。
「あれは最早、俺達の知るゴブリンじゃない。あれは、組織された武装集団だ。とてもではないが、組織化された百人近い集団に、たかだか三人の騎士程度が集まった所で、どれほどの力になるか」
下手をすると、ゴブリン達は夜襲という策を用いてくるかもしれない。タイサがそう言うと、二人は寒気を感じた様に背筋を伸ばし、辺りを見回し始めた。
「いや、俺の仮説が正しければ、ゴブリン達は『夜襲』の必要性を学んでいないから仕掛けて来ないだろう………おい、お前らそんなに睨むんじゃない。あー、つまりだ! 逆に考えれば、奴らがまだ知らない方法で戦えばいいという事になる………それが、撤退戦だ」
部隊を撤退させる際、撤退する味方の安全を確保する為、時間稼ぎとして殿を用意する。彼らは、味方が逃げる距離を稼ぐまで戦ってから別の退路をつくって撤退するか、速度を落としながら敵と戦い続ける等、いくつかの方法が存在するが、どちらにせよ、敵の方が数も士気が勝る為に、無事に逃げられたとしても、かなりの損害が出るのは古今東西どこの戦でも変わらない。
「住民達を逃がす間、我々三人が殿を務める、と?」
エコーの言葉に、タイサは首をゆっくりと横に振ると、彼女の言葉を否定する。
「殿は、俺一人だ」
「「っ!?」」
タイサの決断に、バイオレットだけでなく、付き合いの長いエコーですら言葉を失った。
一瞬の静けさの後、副長のエコーが声を張り上げる。
「む、無茶です隊長! たった一人で殿を務めるなど………いかに『鉄壁』と呼ばれる隊長でも、百匹を越えるゴブリン達を防ぎきれる訳がありません!」
二つ名は、それ相応の実力を持った人間に与えられるもう一つの名前。その名が公的に与えられるだけで、その人物は王国、またはギルドから認められた一流の存在を意味する。そして騎士団長に選ばれる者は、始めから二つ名を持っているか、拝命と同時に国王陛下から授与される。
エコーに続き、バイオレットも同じく反対の立場をとった。
「副長と意見は異なりますが、私も反対です。昼までには隣町の騎士団が援軍として到着するはずです。これまで通り籠城に徹し、援軍の到着を待ってから挟撃を狙うべきです」
それに、と彼女は一呼吸の間を置いてから、やや口調を弱めて主張を続ける。
「………ゴブリン相手に騎士団が撤退したとあっては、今まで築き上げてきた王国騎士団への信頼が揺らぐだけでなく、ウィンフォス王国そのものへの不信にも繋がりかねません」
彼女らしい癖のある言いようだったが、少なくとも戦法としての筋は通っていた。到着するであろう騎士団の援軍と挟撃が出来れば敵の退路を断ち、一気に優位に立てる。相手に挟撃戦の経験がない今ならば、効率的に敵を撃破出来るだろう。
「援軍が、こちらの望むタイミングで来るという保証はない。戦いとは、得てして希望的な結果に傾かないものだ。概ね、な」
援軍が来ない可能性については敢えて触れず、タイサは首を縦に振らなかった。




