序章⑥
「………よし」
タイサが騎槍の先端をやや上向きに傾けると、他の騎士達が速度を落とし、やがて馬を停止させていく。騎馬隊が通った跡は地面に大量の馬の足跡と、無残に散ったゴブリン達の躯が無造作に散らばっていた。
「意外とあっけなかったですね………」
ルーキーの目線では、馬を走らせただけで戦いが終わっていた。
たったそれだけの事だった。彼の中で、始まる前の恐怖が嘘や夢の類の様な感覚に包まれる。
彼は自然に沸き起こる安堵と、自身が想像していたよりも簡単に終わってしまった疑問との落差に、表情を決められずにいた。だが、荒くなっていた呼吸を整えようと胸に手を当て、無意識に何度も大きく深呼吸を繰り返している事が、彼の心情の全てを物語っている。
「いや………どうだろうな」
戦いは終わったが、タイサの表情は硬いままだった。
事前の情報通り、街道を襲っていたのは蛮族だった。付け加えて、囮になった副長の報告通り、五体のゴブリンを退治し終えた。
「………………」
タイサが馬を降り、兜を脱ぐ。
僅かに白髪が混じる黒く短い髪に張り付いたいくつもの汗が我先にと地面へと落ちていく。額から滑り落ちる汗は、少しずつ大きな雫となって頬へ、顎へと速さを増しながら慎重に滑り落ちていった。
タイサは、副長が最後に切り伏せた首のないゴブリンの死骸に近付くと、騎槍の先で死体をひっくり返した。
「………ふむ」
緑色の肌をもつゴブリンの体を覆っているのは、一枚の貧弱な布のみ。しかし持っていたスリングや腰に帯びた小刀の鞘が、それなりの造りである事にタイサは気づいた。そして持っていた騎槍を地面に突き刺して預けると、死骸の腰鞘から小刀をゆっくりと引き抜く。
森の隙間を縫って入ってきた光が刃に当たって鈍く反射すると同時に、赤茶色の液体が刃先から滑り落ちた。雫は地面を焼く音を立て、鼻を突く臭いと共に土の色を赤褐色へと変えた。
「毒、か………ゴブリンにしては随分と良いものを使っているな」




