⑨新入りの過去
「あれから向こうの家からは、何もないのか?」
「やっぱり………隊長は知っていましたか」
諦めた笑いで済まそうとするルーキーの表情に、タイサは『ある程度は』とだけ肩をすくめる。
貴族と平民の恋愛は、物語としては美談で語られる事が殆どだが、実際には例に漏れる事無く過酷な結末で終わるように出来ている。
貴族のもとへ平民が嫁ぐ事はあっても、その逆はない。貴族としての身分を失う事は、自分だけでなく、一族全員の人生を狂わせる。彼の妻は名を捨て、病死を装う事を実の親に提案し、家の名を傷付けないよう、そして両親が貴族として名乗り続けられるよう、思いつく限りの行動を取り、最後の手段として家を飛び出した。
だが、ルーキーはこの騎士団にいる。
理由は簡単である。両親の怒りが収まらなかったからだ。そして、彼だけに向けられていた憎悪の中に、自分の娘の名が加えられるのに、それほど時間を要さなかった。
「特に。この騎士団に来てからは、何事もありません」
「………そうか、なら良かった」
恐らく、まだ続いているのだろう。タイサは、時折入るギュードの情報から、彼の言葉の真偽をある程度把握していたが、敢えて沈黙を選んだ。
「隊長。お聞きしたい事があるんですが」
ルーキーの目が細く、鋭くなる。
「異動したジャック先輩のように………僕も、他の騎士団に行く事ができるのでしょうか?」
居心地が良くないからではない。それはタイサにも理解できている。
彼は、騎士として自分が相応の地位に就く事ができれば、妻の両親を認めさせる事ができるのではないかとタイサに自分の考えを伝えた。
「相手は貴族だ。それを認めさせるとなると―――」
「はい。少なくとも『色付き』の騎士団、純三等騎士になる必要があると思っています」
騎士団長のタイサが純二等騎士。彼が目指す地位の一つ上に相当する。
「もし答えられるのであれば、教えて頂きたいのですが………隊長の騎士団から、『色付き』に行った方はいらっしゃいますか?」
「………多くはないが、いるにはいる。確か一人は、銀龍騎士団にいたはずだ」
タイサの頭の中に、数人の候補が思い浮かぶ。
それを聞いたルーキーは満足そうに頷き、再び自分の両手に目を向けた。
「では自分も目指せるかもしれないという事ですね。ありがとうございます」
ルーキーのやる気に満ちた目に、タイサは何も答えなかった。
時間をかければ、誰でも成長するだろう。だが彼の器量と実力でどこまで目指す事ができるのか、今まで多くの騎士を見てきたタイサは、彼に安易な言葉をかける事を躊躇った。
篝火の炎が再び弱まり、夜風が顔を撫でる程度に吹き始めた。
「すみません隊長。貴重な時間を使わせてしまいました」
「いや、問題ない。それよりも早く寝る事だ。俺も、お前に今死なれると困るからな」
唯でさえ人手不足なのだからと、タイサが彼の肩を叩きながらすれ違い、屯所へと向かっていった。




