⑧新入りの覚悟
タイサは自分の部屋に入る前に、松明を持って街を巡回し、見張りをしている住民や冒険者達に声をかけて回る。
街で最も高い建物である鐘楼で見張りを担当する者からの報告では、南の森に明かりは見えないとの事だった。
「あれは―――」
街の集会を終えたタイサが屯所の近くまで来ると、外で星空を眺める一際背の高い男の影が見えた。
「どうした? まだ交代の時間じゃぁないだろう」
タイサがルーキーに声をかける。
「隊長………すみません、少し………体を動かしていました」
ルーキーが小さく頭を下げると、照れながら胸元の服を扇ぐ。鎧を脱いでいた彼の首筋や額には、汗の雫が所々についており、シャツの袖や首周りに汗を拭った跡が見てとれた。
彼は汗ばんだ手を握りながら、自分の拳に語りかける。
「皆さんに一日も早く追いつきたいと思い、日課にしています」
「こんな時にでもか?」
「はい」
穏やかに驚くタイサに、ルーキーは照れながら頷いてみせた。
「そう思うなら、必ず続ける事だ。きっとその努力は、期待に応えてくれるだろう」
「はい!」
努力に必要な要素は、決断と継続、そして自己を肯定する事である。タイサは、教えを受けたかつての者達の言葉を思い出すと、小さく笑みを零し、近くに立てた篝火の中に薪を入れた。
弱まっていた炎から火の粉が夜空に舞い上がり、薪の音と共に炎が大きくなる。
だが、火の粉は天空の星空までは届かない。
早々にして多くが光を失い、最後は一つも残らず消える。火の粉は、その結末を知っているのか、それとも知らずに挑んでいるのか、彼らは風に乗り、何度でも繰り返す。
タイサがポケットに手を入れると、ルーキーと空を見上げた。
大小それぞれの月と、無数の光が小さなガラスの破片のように散りばめられている。赤、青、白といった様々な光が規則性もなく広がり、輝き、それぞれの明るさにも違いが見て取れた。街の明るさが少ないこの時間と場所ならば、夜空を貫く一直線状の『星の川』が見えるはずだが、今日が満月という事もあり、かなり見え辛い。
「どうだ? うちの騎士団は」
タイサが尋ねた。
「………そうですね。皆さん面白くて、とても優しい方々で。入る前に想像していたものとは全然違いました」
まだまだ冗談には慣れていないとルーキーが頬を触り、半ば困ったような表情で呟くと、タイサはそうかと下を向いて肩を小さく揺らす。
「バイオレットとはどうだ。新人同士、話くらいは交わせただろう?」
冗談という言葉でタイサは隣街での一件を思い出し、早速その成果を尋ねた。
ルーキーは思い出したかのように鼻で笑うと、先んじて笑い出し、口元を手で隠し始める。
「いやぁ、それがもう散々で」
馬に乗っていた間も、つい先程の就寝前に声をかけた際も、全てが一言二言で打ち切られ、会話にならなかったのだという。
「彼女自身は、決して拒否している訳ではないんです。ただ、こちらの問いに対して、最も理解できる簡単な言葉で答えようとするので、それ以上会話が広がらないんですよ。うちの妻もまぁ………会話下手といいますか、かなり不器用な方に入りますが、彼女はその上を行くかもしれませんね」
「そうか、ルーキーは結婚していたな」
タイサは、彼がこの騎士団に配属された時に渡された書類の内容を思い出す。
『盾』には珍しい既婚者。しかも騎士見習いの頃からその女性と交際していたらしく、ボーマよりも遥かに女性との向き合い方を理解していた。
だが、それがこの騎士団に配属された理由でもあった。




