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青春の事件簿

火鍋は傾かない

作者: 左夏詩萌野

「犯人が分かった、みんなを集めてくれ」

先輩は高らかに宣言した後、目の前にある火鍋を食べて豪快に咽た。

それもそのはず一番上のクラスの激辛鍋である。本場の人間も食べないレベルだろと思われる赤さのスープを一気に飲み干せばそうもなる。

そして正面に座っていた僕はその被害をもろに受けることになる。メガネにまで飛び散ったスープを紙ナプキンで拭いながら改めて先輩のほうを見つめる。

一番辛いものなんて余裕さ、私は辛さにも強いからねと得意げに笑っていた先輩はどこへやら、ゴホゴホと咽て必死にお冷を流し込んでいた。そのまま放置されること30秒、先輩はいつも通りの得意げな表情でにっこり笑う。


「すまない、喉をやられたようだ。謎解きのヒントはあげるから頑張ってくれ。」

完全にのどを潰してJKとは思えないほどの低い声でそう告げる。どうやら厄介ごとに巻き込まれてしまったらしい。ただこうなると先輩は絶対にひかないのである。喉は痛めたものの、首を動かすことで意思表示はできると言いたげらしい。

「先輩、もしかして楽しんでません?これって水平思考クイズですよね?」

水平思考クイズ、「ウミガメのスープ」といったほうが知られているだろう。一見すれば違和感の感じる文章に「はい」「いいえ」で答えることのできる質問をしていくことで真実にたどり着くゲームだ。日本で流行しだしたのは人気の奇妙な物語で話が扱われたことらしい。僕の質問に彼女はにっかり微笑みながら首を縦に振った。


問題 とある飲食店の社員が鈍器で撲殺された。その手元には「わくい」というメッセージが残されていた。しかし同僚のの涌井は犯人ではないという、なぜだろう。


さて質問に移る前に時系列を追って説明していこう。といっても僕は事件現場を見ていない。なので説明ができるのは僕が見てきたもののみであることを先に断っておく。

放課後、いつもの様にボランティア同好会に参加するために図書準備室に向かうと先輩が待ち構えていた。

「今日は火鍋とやらを食べに行こうじゃないか!」

「やけに目をキラキラ輝かせてますけど、先輩何か悪いものでも読みましたか?」

「むう、失礼だね綾人君。私だって人並みに傷つく心を持っているんだよ?凶器の冷凍肉を鍋に入れて警察官にふるまうなんてミステリーを読んだものだからね。昼休みもずっと読んでいたから昼食も食べそこなったんだよ。だから、ね?一緒に食べに行かないかい?」

放っておいたら今にもぴょんぴょん飛び出しそうなほどのテンションである。先輩の短いスカートが気になってしまうのでそれは困るのだが。

「どんだけ使い古されたネタ読んでるんですか。今どきはやらないですよそんな陳腐なミステリー。」

「そんなことを言うなよ。ミステリーにおいて凶器ほど興味深いものはないよ?犯人を特定するのであればダイイングメッセージに次いで優秀な部分さ。」

「はあ、そうなんですか。実際に死にそうな人がそんなことするとは思えないんですけど。」

「それはとらえ方の違いだよ。たしかに暗号のようなメッセージに関しては『犯人にばれないように』なんてお題目はついているけれど、結局は作者が読者と謎解きゲームを楽しみたいだけさ。まあ実際の事件でダイイングメッセージが出てきたものもあるからね。広く広まったイメージだからこそ強烈に焼き付いていてそのように行動してしまうということはあるのだろうさ。」

「よく分からないんですけど僕はその食事会に行かないといけないですか?」

「君には中間テストのときに借りがあったと思うけど?」

うん最初から拒否権はなかったらしい。おとなしく僕は電車で二駅ほど離れた口コミでも人気の高い火鍋店に連行されることになった。


そこで事件に遭遇、むろん一般人の僕は現場など見ることもできず警察官が駆け付けてその場にいた全員が事情聴取を受けることになった。客は僕と先輩以外におらず、被害者の社員と店長の神永さん、被害者の同僚の涌井さん、アルバイトの鹿賀さんの3人が店にいた。なぜだか先輩はちゃっかり警察官についていき現場を見てきたという。馴染みの刑事さんでよかったよなどと言っていたがその顔から不謹慎な笑みがにじみ出ていた。

戻ってくるなりダイイングメッセージだよ、ダイイングメッセージと楽しげだった。

なんでも「わくい」と書かれていたらしい。そのままの意味と警察は判断したのか和久井さんから詳しく話をと場所を移動したときのことである。

以上が回想僕が知る限りのこの事件の全てである。


「じゃあまず……犯人は和久井さんなのか」「No」

「ダイイングメッセージ……に意味はある」「Yes」

「ダイングメッセージは誰かの名前である」「No」


うん、全くわからない。ダイイングメッセージが名前ではないことはわかるが「わくい」と言われても思いつかない。そもそもである、涌井なんて珍しい名前がいるのにそんなメッセージを残す被害者も被害者だろと心の中でつっこむ。

うんこの事件について根底から見直していこう。


「メッセージがあったのは被害者のそばである」「Yes」

「メッセージは本当に被害者によって書かれたものである」「Yes」

「メッセージは厨房の床に書かれていた」「No」


……ん?床じゃないのか?思わずこぼれてきた言葉に先輩は大きく頷いた。一つ思い違いをしていたらしい、飲食店の裏で事件が起こったと言われれば勝手に厨房をイメージしていたがどうやら違うらしい。


「メッセージがあった場所に関係している」「Yes」

「メッセージがあった場所は裏の事務所である」「Yes」

「事務所にあるものに関連している」「Yes」

「『わくい』とは平仮名でかかれている」「No」



文字は丁寧に書きましょう、そう習うのは小学生のころである。そうはいっても死の間際にいる人間にそこまで求めるのは酷というものだ。僕は勝手に『わくい』と書かれていると勘違いしていた。もちろん書かれていたのは『涌井』ではなく『ワクイ』というカタカナに見える何か。つまるところ数字、「771」。この数字だけ見ればまったく意味のない数字であるがそれがあった場所が事務所となれば話は変わってくる。飲食店とはいえお金を扱う場所である以上事務所には必ず「金庫」がある。つまりはその中身を見ろと言いたかったのだろう。その中から店長が産地偽装にかかわり仕入れ価格をごまかしていた証拠が出てきたのは僕には関係のない話である。

サクサクっとまた短編を書きました。

同じ登場人物が出てくる「放課後の数式」もよろしければどうぞ。

そして感想をいただければ、またやる気になります。

余談ですが涌井より村上のファンです。

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