Fランクの復讐者が誕生するまでの軌跡ー⑥
手首に痛みを感じて目を覚ます。
辺りの様子を伺うと、すぐ横でミアが鎖に繋がれていた。
「――っ、――――っ!」
すぐに声を掛けようとしたが、口が布で塞がれていて言葉にならない。
ミアの奥には同じように鎖に繋がれたルピナとケートの姿が見えた。僕も同じように両手を鎖に繋がれて身動きが取れない状況だ。
「おやおや? お目覚めですか」
頭の上から声が降りかかり顔を上げると、そこには奇抜な格好をしている痩せこけたピエロが立っていた。
僕はこいつを、知っている。
「――! ――っ! ――――!」
「ククッ、何をおっしゃっているのか全くわかりませんねぇ」
気味の悪い独特な笑い方にねっとりとした話し方。
こいつは僕の父さんを殺したコキュートス本人だ。間違いない。
思い出すだけであの時の憎悪があふれてくる。この溢れる怒りの全てをぶつけたいのに、身動きが取れなくて何も出来ない。
こんな時にも、自分の無力さが邪魔をする。
この場の騒々しさに気づいたのか、ミアとルピナとケートの三人が目を覚ました。
「おっと皆さんも目覚めですね。では僭越ながらご挨拶をさせていただきます」
「――! んっ――!」
「――っ」
「んんっ! ――!」
ミアとルピナは現状を理解できずに怯えているのが伝わってくる。ケートはこの男の正体を察して驚いている様子だ。
男は僕たちの心情なんか構いもせずに
「ワタクシは、コキュートス幹部が一人、アイゼン・ジョッカーと申します」
そう、体をゆらゆらと揺らしながら不出来なお辞儀をしている。
アイゼン・ジョッカーという名は確かに聞いたことがあった。
コキュートスの詳細な組織像は分からないが、父さんを殺した張本人であることは分かる。
「おや? あなた……足になにやら物騒なものが刺さっていますね。ワタクシが抜いて差し上げましょう」
そう言って、アイゼンはケートの元に近寄った。そして、ケートの太腿に刺さった牙を今にも引き抜こうとしているのだ。
そんなことをしたら、ケートが――
「んん! ん―!!」
ケート以外の三人が必死に声を出そうとするが、アイゼンはそんなこと気にも留めずに牙の根元を掴んだ。
ケートも全力でそれを阻止しようとしているが、足を掴まれてしまって抵抗できない。
止めてくれ! お願いだから止めてくれよ……!
「ほいっとな」
「がぁっ――! ――!!」
その願いは叶うことなく、ケートの太腿から牙が抜かれた。どくどくとその穴から大量の血が流れ出している。
それを見たミアは泣きながら声にならない叫び声を上げ、ルピナは目を背けて涙を流していた。僕もその無残な光景を見ていられずに目を背けた。
「これで少しは楽になりましたでしょう。クククッ、クク」
この男、分かっていたが狂っている。同じ人間だとは思えない。
そうやってこいつはあの時も気味悪く笑いながら父さんを殺したんだ。
何か無いのか……ケートを助け、今この場でこの男に復讐する方法は!
何か、何か何か何か!
直後、扉が開かれる。
***
アベル達フェルダムが魔窟に来る一時間前、阿吽の魔窟地上層入り口。
コキュートスの捕縛を目的とした捜索が開始され、早くも三日目に突入。
二日間ともこれと言った収穫も無いまま、派遣期間の最終日を迎えてしまった。
コキュートスが潜伏しているという話はあくまでも噂だ。確証はない。しかし、目撃情報の内容は信じるに値するものばかりである。
白銀の靭翼を出動させるよう要請したのは副団長である私自身。
私怨を仕事に持ってくることに多少の罪悪感はあったものの、コキュートスが世界的に悪事を働いていることは明確である。
先生を殺したコキュートスとは、いつか必ず決着を付けなければならない。
それが今かどうかの違いがあるだけであって、いつかはこうなる運命なのだ。
常にコキュートスの情報を探っていた私は即座に動き、今回の作戦を立案した。
このコキュートス捕縛作戦、通称コードQの指揮権は私にある。
私についてきてくれた白翼の面々の為、そしてアベル達の為にも、この作戦は絶対に成功させて見せる。
「いよいよ今日が私達に与えられた作戦期間の最終日である! まだ一つたりとも目ぼしい成果は得られていないが、今日までの努力は無駄ではない! 諸君、私を信じてついてきてくれるか!」
右腕を振り上げながら皆に呼び掛けると、声を大にして意志を示してくれた。
この思いを無駄にしてたまるものか。
「よし! では、コードQを開始する!」
私の宣言と共に、各自決められた部隊編成で集まり、細かな作戦内容を共有する。
今回の白翼の人数は私を含めて三十二人。一班当り五人の全六班と見張りが二人の編成だ。
一班ずつ魔窟への進行を開始する。今回、私は最終六班のリーダー兼全体の司令塔を務めている。
連絡は呼石と呼ばれる魔法石を用いるが、何分希少価値の高い代物である為班長しか持ち合わせていない。
使用回数も限られているため、使うときは万が一の時に限られているのだ。
呼石を携帯していることを確認し、第六班の進行が開始する。
これまでの調査でギルドが到達している第八層までには痕跡がないことを確認済み。
よって、今回の私の調査域は八層より下の層である。
念の為一班から三班を地上層から八層までの調査に当てているが、あまり過度な期待は出来ない。
二時間ほどで八層の最深部に到着。九層に繋がる階段を前に、注意を促した。
「ここからは未知の領域だ。皆、注意して進むように」
「はい!」
もう既に四班と五班が進行しているが、八層以降は構造の変化が激しい。
八層の構造変化については冒険者の調査の甲斐もあり、いくつかのパターンを突き止めることが出来た。
だが、九層はまだ調査が行き届いていないのだ。
二時間ほどでようやく九層に到着。足を踏み入れると、視界が歪んで構造が変化した。
「点呼!」
「1!」「2!」「3!」「4!」
この構造変化には人間ごと移動する事例がある為、変化の際には点呼を必須としている。
一先ず、今回は班員全員巻き込まれずに済んだようだ。
「よし、進もう」
阿吽の魔窟は層が深くなるにつれて出現する魔物が強くなる。
無論、私達白翼所属の人間がそれらに劣るということはありえないが、苦戦を強いられる場合もあるだろう。
「シルティア副団長! 下から一匹、でかいのが来ます!」
探知魔法を使う団員の報告を聞いて背後に跳ぶと、それまで私が立っていた地面から大柄の魔物が現れた。
熊のような体に蛇のような尻尾、皮膚は腐っていてドロドロに溶けている。今までに見たことも無い魔物だ。だが、私の敵ではない。
「一瞬で終わらせるよ」
対人戦と対魔物戦との違いは相手が頭を使うかどうか。頭を使って器用に試行錯誤する人間はそれなりに手強いが、単純な思考しかしない魔物は私が動くまでも無い。
ただ向かってくる魔物に対して、一線振りかざすだけで終わる。
「ぎおおおおぉぉぉぉぉぉぉお!!」
「ふっ」
私の横を通り過ぎた魔物の体は、二つになって崩れ落ちた。
仲間たちから賞賛の声が上がるが、これくらい賞賛するまでも無い。
「時間が無い。急ごう」
その後、幾度となく魔物を一太刀で薙ぎ倒し、変化する道に適応して進んでいった。
だが、どれだけ進んでもコキュートスに関する目ぼしい情報が見つからない。
自分が焦っているのを感じる。
自分ばかりが前に進んでしまって、仲間たちが遅れていることもわかっている。
それでも、私はコキュートスを見つけなければならないのだ。
「待ってください副団長! まっ――」
不意に、私を追う仲間の声が途中で途切れた。
振り返っても、仲間の姿は無い。
「巻き込まれたのか」
どうやら構造変化に巻き込まれてしまったらしい。これは失態だ。
仕方ない。呼石を使って連絡をはかろう。
「シルティアだ。聞こえていたら返事をして欲しい」
しかし、どういうわけか他の班長からの反応がない。
呼石自体は起動しているため、確かに声は届いているはずだが。もしかすると、彼らの身に何かあったのか?
「上層に戻る……いや」
戻ろうとしたところで構造変化に巻き込まれた以上、進むのと手間は変わらない。それに皆白翼のメンバーだ。簡単にやられたりはしないだろう。
今は、進むことだけに集中だ。
作戦開始から四、五時間は経っただろうか。
そのまま入り組んだ道を進んでいくと、やけに広い道に出た。
これまでと違って道も加工されているし、明らかに人工的な遺物が道端に置かれている。
その道は一本道になっており、突き当りに大きな両開きの扉があった。
恐らく、その扉の先に奴がいる。
「ついに見つけた……コキュートスっ!」
扉に辿り着き、一呼吸ついてからその扉を押し開いて、己の目を疑った。
「ククク……クック、ようこそおいでくださいました! 私のゲームステージへ!」
長身で痩せこけた隈の酷いピエロが、君の悪い笑顔で歓迎している。
こいつは確かに私が探していた憎きコキュートスだ。だが、それ以上に私は、その背後の光景に憤りを隠せずにはいられなかった。
「貴様、その子たちに何をした?」
そこにはどういうわけか、両手を鎖に繋がれたアベル達の姿があったのだ。
子供たちは全員口を塞がれていて唸ることしか出来ていない。ケートに至っては足から大量の血を流して意識が朦朧としているようだ。
「ククッ、余興ですよ。主役はあなただ」
「……ふざけるのも大概にした方が身のためだぞ」
ミアとクウカは無事。アベルは怪我をしているが命に別状はない。ケートは早急に手当てしないと間に合わない。
奴との戦力差は単体なら私の方が圧倒的に有利。だが、彼らを人質にされていてはわけが違う。隙を見つけ、すぐに息の根を止めるしかない。
「安心してくださいよ。彼らはこのゲームの重要な駒なのですから。簡単に殺したりはしませんよ?」
「殺す」
「あぁ、せっかちですね。分かりました。ではさっそく、このゲームのルール説明といきましょうか――」
奴の話には耳を貸さず、問答無用で接近し
「おっと危ない。まだ話の途中ではないですか」
奴の喉を切り裂いたはずだった。
だが、奴の声が背後から聞こえる。振り返ると、奴はまるで初めからそこにいたように飄々としていたのだ。アベル達も奴の背後に回っている。
なんだ? 景色が反転した?
「運よく構造変化が起こったみたいで助かりました」
「構造変化だと?」
確かに魔窟の構造変化に感覚は似ていたが、こんなにも奴の都合のいいように変化するとは思えない。確実になにかある。
「ええ。というより、あなたはまず私の話を聞くべきではないですか? そこまで時間に余裕はないように思われますが」
奴は口角を上げて言いながら、背後のケートに視線を向けた。
彼の足からは今もなおどくどくと血が流れ出ている。
癪だが確かに無駄な時間はかけられない。仮に先の構造変化が意図的に起こせるとしても対処は可能だ。しかし、アベル達の安全までは保障できない。ここは大人しく話を聞くしかない……か。
攻撃態勢を解き、奴を睨みつけた。
「クク、賢明な判断です。ルールは簡単。一度あなたを魔窟のどこかに飛ばします。ですので、またこちらにいらっしゃってください。クック、それだけです」
「は?」
飛ばす? やはりこいつは、意図的に魔窟を操作できるのか?
「ああ、クックック、いけないいけない。大事なことを言い忘れていました。あなたが戻って来るまでに十分ごと、一人ずつこの子達を殺しますね」
「――今、貴様が死ね」
奴が子供たちに手を出す隙も与えずに超速で距離を詰め、地を踏み、剣を振りかざす。
取った。
「では、ゲーム開始です。いってらっしゃいませ」
と、思った刹那、私は誰もいない場所に飛ばされていた。
「……」
腸が煮えくり返りそうだ。
「私から先生だけにとどまらず、子供達まで奪うつもりか……!」
子供たちは私にとって、弟子であり弟や妹のような存在だ。
それに、先生に託されたものの一つでもある。絶対に失うわけにはにいけない。
そんな理不尽なこと、あってはならない。一体何のために、白翼の副団長にまで上り詰めたと思っている。
「ふざけるな」
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