Fランクの復讐者が誕生するまでの軌跡ー④
「ご馳走様でした!」
「おう! きばっていけよ!」
「はい!」
仕事終わり、グリーズさんにお昼をごちそうになった僕は、午後からの仕事に向けてギルドへと走る。食後の運動で脇腹が痛くなるが、このままだと集合時間に遅れてしまうから我慢だ。
ゆっくりしすぎた。
勿論、午後からの仕事というのは冒険者としての仕事である。
集合場所はギルド内では無く、その裏路地だ。
「ごめん、お待たせ」
「おせーぞアベル。リーダーなんだからしっかりしてくれよな」
「今晩の食事代はアベル持ちね」
僕の懐が寂しさを増していく。ルピナに服を買う約束もしているし、うう。
地味にコツコツと貯金していたけど、切り崩す羽目になりそうだ。
「わ、わかったよ」
「んじゃ、さっさと行こうぜ」
路地裏に集まっていたのは、他のパーティーとの余計な接触を防ぐためである。
少しでも面倒事を避けるたい。
四人揃ったことでいよいよギルドへ突入した。
扉を開くといつものように嘲笑やら陰口が聞こえてくるが、いつもほどではない。
この時間は殆どのパーティーが仕事に出ているため人が少ないのだ。
ギルドの掲示板を四人揃って見上げる。
「今日はどれにするよ――って言っても、Fランクの俺達が受けられる依頼なんて微々たるものだけどな」
この時間になると報酬の良い依頼や人気な依頼は無くなっている。残っているのは誰も受けないようなランク制限なしの依頼くらい。
だからこそ、僕達はこの時間に来ても何の問題も無いのだ。
「花摘みに指輪の探し物、それにこの前のスライム十体の討伐……ね」
「アベル君、どれにする?」
「うーん、そうだな」
手堅くこなすならスライム十体は却下。残る花摘みと指輪の探し物は指輪の方が少し報酬は良いけど、そこまで大差は無い。
内容的には正直どっちでもいいような。
大まかな内容では決められない為、紙を手に取って詳細を確認する。
「どれどれ……」
依頼内容・指輪探し・結婚指輪を作ったは良いが、受け取って持ち帰る途中で落としたみたいだ。フェスタ内にはあるはずなので探してほしい。報酬銀貨十枚。
依頼内容・花摘み・お姉ちゃんのお誕生日にラナンキュラスの花束をプレゼントしたいの。でも、この辺りだと阿吽の魔窟の近くにしか生えていないから危ないんだって。だから冒険者さん、私たちの代わりにラナンキュラスを摘んできてください! 報酬銀貨八枚。
成程、花摘みは阿吽の魔窟の近くか……
「これにしよう」
「どれだ? なんだ、花摘みかよ」
「私はそれがいいと思うな! きっと、依頼してくれた子達も喜んでくれると思う!」
「お花摘みかー、自分の分も摘んできちゃおっかなー」
各々花摘みと聞いて反応を示すが、どうやら反対意見は無いようだ。
それに、やけにミアが目を輝かせていてやる気に満ち溢れている。
結婚指輪を無くした方には大変申し訳ないけど、今回はごめんなさい。
少しだけ阿吽の魔窟の様子を見に行きたいという思いが、正直なところある。
決定した依頼の紙を受付のクリスさんの所へ持って行って受理してもらわなければ。
「クリスさん、こんにちは」
僕の挨拶を始めに、皆も笑顔で挨拶をした。
多分、ギルド内で相手に対して笑顔でいられるのはクリスさんの前だけだろう。
「あら、フェルダムの皆さん、こんにちは。今日はこれから?」
「うん、今日はこの依頼にしようと思うんだけど」
差し出した依頼書を受け取ったクリスさんは、片眼鏡を付けて目を通し始めた。
クリスさんのそれは近眼なのか老眼なのか分からない。容姿は相当若いと思うけど、十年前に父さんに連れられてギルドに来た時から変わらない気がする。
「お花摘みね。確かにこの依頼にランクの制限は無いけど、阿吽の魔窟って今結構物騒なのよねぇ」
やっぱりそこが引っかかるか。
間違いなく、阿吽の魔窟を根城にしているという大罪人関係の話だろう。
「危ないと思ったら無理せず引き返すよ。今回の目的は魔物の討伐でもないんだしさ」
「そうねぇ。魔窟自体の討伐調査や探索が進んだおかげで上層や地上層は魔物が少ないし、その点は大丈夫だと思うのだけど……」
「クリスさんが気になるのは、魔窟に潜んでいるっていう大罪人のことでしょ?」
僕が大罪人を口に出して言うと、クリスさんは目を見開いて驚きを露にした。
ただ、その正体は知らないから、それ以上僕の口からは言えない。
「そ、その通りよ……でもどうしてそれを知っているの? 大罪人関係の情報はギルドでもランクA以上の冒険者にしか伝えていないのだけど」
そう言うことだったのか。
もしかしたら掲示板に大罪人関係の依頼が張ってあるかもと注意してみたが、無かったんだ。
「お姉に聞いたのよ。規則だからってその正体までは教えてくれなかったけどね」
クリスさんの疑問に対してルピナが正直に答えた。
「そう、シルティアが……」
シルティア姉さんとクリスさんも長い付き合いだ。
姉さんは騎士団に入る三年前までは、父さんの元で剣術を学びながら冒険者としてここにいたのである。
「因みに、クリスさんは大罪人の正体って知ってんの?」
僕の横に立っていたケートが質問を飛ばした。
「いいえ、知らないわ。その情報は上層部しか知らないみたいよ」
「そっか」
上層部ってことはギルドマスターや白翼、王都の人間ってことだろうな。
そりゃ、そんな機密情報を僕達に教えるわけにはいかなかったわけだ。
「クリスさんが危険だって判断するなら文句は言わないよ。もう一つ候補はあるし。でも」
言いながら後ろを見ると、今にも踊りだしそうなくらいな笑顔のミアの姿があった。もはや僕たちの話なんて聞いていない。
「まったくもう……ちょっと考えさせてね」
クリスさんはこめかみを摘まみながら何やら考え込んでいる。
もし僕達が巻き込まれでもしたら、きっとクリスさんは後悔するだろう。
きっと、受理してくれないだろうな。
数十秒後、クリスさんは顔を上げて口を開いた。
「まあいいわ、受理してあげる」
「ほ、本当にいいの⁉」
てっきり僕達の身を案じて受理してくれないのではと思っていたのだが。
一度溜息をついたクリスさんは苦笑いをしていった。
「でも、絶対に無茶はしないこと。あくまでも君たちの仕事はお花摘みだからね。本当に気を付けて、わざわざ巻き込まれるようなこともしちゃ駄目よ」
ああ。やっぱりクリスさんは世界中の誰よりも僕達の事を心配してくれている。
シルティア姉さんが姉であり師匠であるのなら、クリスさんは母さんみたいな人だ。
彼女の思いを無下には出来ない。
「約束するよ。絶対に無茶はしないし、巻き込まれるようなこともしない。花を摘み終わったら真っ直ぐ帰って来るから」
ほんの少し、ほんのちょっとだけ阿吽の魔窟の様子が伺えればそれでいい。
入るつもりも無いし、コキュートスを執拗に追っているわけでもない。
ただ、様子を見たいだけだ。
「ええ、約束よ」
クリスさんはいつも通りの、優しい笑顔で僕らを見送ってくれる。
その笑顔を、きっと僕は二度と忘れることは無いだろう。
***
道中の魔物に備えてポーションと武器の準備をしてから、その足で阿吽の魔窟へと出発した。
阿吽の魔窟までは歩いていけないことは無いが、馬車で向かうのが一般的と言った距離。
歩いて半刻は掛かるけど、それくらいなら節約もかねてというわけだ。
いつもの事だから誰も文句は言わない。
「見えてきたよ」
視界の先に阿吽の魔窟が見えてきた。
洞窟と言われるともっとこう自然物って感じがしていたけど、入り口は人の手によって加工されているようだ。
洞窟の入り口を削り取り、煉瓦や石細工で装飾したそれは神殿のようだった。
森の中にいきなり現れるその神殿は神秘的とも言えるだろう。
「洞窟っていうからもっとこじんまりとしたの想像してたけど、思ってたよりもでかいし派手なのな」
ケートが率直な感想を述べた。
確かに高さで言ったら僕の身長の三倍はありそうだ。
「大きいねぇ。あ、馬車が沢山あるけど、何かな?」
ミアの言う通り、洞窟の前に数台の馬車が置いてある。
その馬車はどれも真っ白で、馬も全て白馬だ。それにあの荷台に刻まれた翼の紋様。
「多分、白翼の馬車だよ」
「そうみたいね。あの見張りっぽい人も姉さんと同じ鎧着ているし」
入口の前には二人の見張りが槍を持って立っている。
これじゃあ、無理に入ろうとしたところで返り討ちにあっただけ見たいだな。
「まあ、私達には関係ないことでしょ。さ、さっさと花摘みしちゃいましょ」
「そうだね!」
ルピナの提案にミアが元気よく返事をした。
花が好きって印象は無かったけど、やはり今日のミアはテンションが高い。
良いことだ。
様子見も何もこれ以上得られる情報は無さそうだし、一先ず本来の目的を達成するとするか。
「よし、じゃあとりあえず各自ここら周辺を探索しようか。クリスさんによるとラナンキュラスは湿った場所に生えているって言っていたから、湿地を中心に。何かあったら声を上げて知らせること」
「っしゃーやるかー」
「ミアは私と一緒ね」
「うん! 早く行こ? ルピナちゃん」
「全く、仕方ないわね」
探索の開始を宣言すると、ミアが一番にルピナの手を取っていってしまった。
「んじゃ、俺も行ってくるわ」
「うん、僕も」
それぞれ三方向に探索に向かう。
魔窟のある岩壁は左右にカーブするように続いている。
ミアとルピナの二人が左に行ってケートは右に行ったから……僕はどこに?
こうなるなら二人一組にすればよかったかな。ケートの後を追うか。
いや、後で注意されるのもなんだし、見張りの人に目的を伝えておくのもありだな。
ついでに入り口を覗ければ幸いだ。
「よし、そうしよう」
正面を真っ直ぐに進んで魔窟の入り口に向かうと、見張りの騎士が僕に気づいて近づいてきた。
槍を構えて警戒している様子だ。
「なんだ、貴様は。どうしてこんなところにいる?」
険しい眼光に怖気づきそうになるが、何も悪いことにしに来たわけじゃない。
自信を持て。
「えっと、僕達はフェスタの冒険者でして、この依頼のラナンキュラスを摘みに来ました。一応、報告をしておこうと思いまして」
そう言ってクリスさんに受理してもらって依頼書を差し出す。騎士が依頼書に目を通している隙にちらっと魔窟の奥を覗くも、暗くて殆ど中の様子が見えない。
諦めて小さく肩を落としていると、依頼書に目を通していた騎士が僕に返してから言った。
「なるほど、達ってことは貴様以外にも仲間がいるのか?」
「はい。今はその花を探してここら周辺を探索しています」
「そうか。別に花探しくらいかってにしてもらって構わないが、入口には絶対に近づくなよ。いいか、絶対にだ」
よかった……すぐに帰るよう命令されたらどうしようかと思った。
「わ、分かりました。絶対に近づきません」
「……よし。もう行っていいぞ」
「あ、ありがとうございます」
頭を下げてその場を立ち去った。
いやー、怖かった。
流石、白翼の人は雰囲気というか、オーラが違う。
目の前に立っているだけで威圧されてしまった。
まあ、何はともあれ許可は得ることが出来たわけだ。これで心置きなく探索が出来る。
「あ、アベル君! あったよ、ラナンキュラス!」
「早いね! じゃあ、ケート呼んですぐに向かうよ!」
「わかった!」
僕が改めてケートの後を追おうかとした所で、左に向かっていたミアが報告をしに来た。
急いでケートと合流し、ミア達の元へ向かう。
魔窟の入り口が見えなくなってきた辺りから茂みを少し進んだ場所。そこには家が一軒建ちそうな広さの場所一面に、フランキュラスが咲き乱れていた。
木々の隙間から日が差して、何とも幻想的な空間になっている。
「綺麗な場所だな」
「ああ……」
ケートの言葉に、それしか言葉を返せなかった。
それくらい、僕はこの光景に見惚れてしまっていたのだ。
「なにボーっと突っ立ってるのよ二人とも! 早く手伝って!」
「あ、根っこから抜いちゃ駄目だよ。持ってきたハサミで花の咲いた一本を切り取るの」
「りょ、了解」
二人に急かされて、腰に巻いた鞄から鋏を取り出して作業に取り掛かる。
どこを踏めばいいのか分からず、妙な体制になってしまっているのを三人に笑われた。
ラナンキュラスは花が大きいからそこまで数は要らないらしい。
「これくらいでいいと思う」
一人三本から五本を摘み終えたところで、ミアがそう言った。
「なあ、こんなに立派な花なんだからよ、沢山摘んでいけばそこそこの値段で売れるんじゃねーか?」
「駄目だよ、ケート君。そんなことしたら可哀そうだよ」
「そ、そっかそっか。だよな!」
ミアの純粋な発言にケートも苦笑いしている。
まあ、ミアは昔から何に対しても優しいから、反論したところで意地でも意志は曲げないだろう。
ある意味、このパーティーの中で一番頑固と言えるかもしれない。
「だからルピナちゃんもそれ以上摘まないでね」
「う……わかりました」
こっそりと自分用の花を摘んでいたクウカが指摘されて肩を落とした。
僕としてもこの場所はこのまま残しておきたい。
「それじゃあ、花も摘み終えたことだし、そろそろ帰ろうか」
「そうだね。依頼してくれた子達、喜んでくれるといいなぁ」
「ええ。きっと喜んでくれるわ」
「だな。届けるときはミアが渡してやりな」
「うん!」
こうしてミアが幸せそうに笑っているのは、僕達にとって大きな進歩だ。
三年前のあの日から一年近く笑わなかったミアが、またこうして僕達と一緒に思い出を共有しているのだから。
この花を早く届けてあげるためにも、今日は急いで帰ろう。
そう、思っていた時だった。
「……揺れてる?」
ルピナの呟きを聞いて立ち止まってみると、確かに地面が揺れていた。
その揺れは次第に大きくなって、立っていられないほど勢いを増していく。
「きゃっ」
「ミア! 私に掴まってて!」
「なんだってんだいきなり」
「地震? いやでもこれは――」
確かに僕達の立っている地面は揺れているが、周りの木々が微塵も揺れていない。
なんだこの違和感は……
僕達がいるこの場所だけが揺れている?
「――なっ」
不意に、僕達のいる地面が崩れ始めた。
いや、崩れるというよりは中央から次第に消えていっているような。
「みんな! 一旦この花畑から出るんだっ」
「何言ってんの! この状況で立てるわけないじゃない!」
「じゃあ、どうすればいいんだよこの状況!」
立てないのは僕も同じだ。
このままだと確実に落ちる。どれくらいの深さだ? 落ちたら無事でいられるのか?
落ちたら死ぬ? ここで終わり?
「落ち着けリーダー」
僕が頭を抱え込んでいると、近くにいたケートが肩を叩いてきた。
「ケ、ケート」
駄目だ。取り乱していた。
やっぱりこういう時、ケートは冷静で助かる。
だが、この状況が打開できたわけでは無い。
「ごめん……でもどうすればいいか」
「だな。俺もわかんねぇ。けどよ、少なくともこのまま黙って落ちてやることはねぇってことはわかるぜ」
「ど、どうするんだ?」
黙って落ちてやることはないって、この状況で何が出来る?
助けを呼ぶ? いや、入口まではそれなりに距離がある。叫んだところで声は届きやしない。
「助けるんだ俺達があいつらを」
「は? どうやってさ」
「落ちることはもう、多分避けられない。だったら、俺とアベルで二人を守ってやるんだよ」
「……」
僕達が下敷きになれば、もしかしたら二人は助かるかもしれない。
だけど、そうしたら僕は――
「いや、馬鹿だ僕は。分かった。僕達で二人を助けよう」
僕らが死んで二人が助かるなら、この博打は大成功だ。
全員生きていたら奇跡。それでいいんだ。
「おし。もうあいつらが落ちちまう。行くぜリーダー!」
「ああ!」
ルピナとミアが落ちていくのを追って二人で飛び降りる。
僕がルピナを、ケートがミアを抱き寄せて、僕らが下になるようにした。
これで二人が絶対に助かる保証は無い。いいや、絶対に助けて見せる。
落下していく中横目でケートを見ると、目を合わせて笑っていた。
きっとルピナとミアも、僕もケートも助かる。
そうと信じて、僕の意識は遠のいていった。