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Fランクの復讐者が誕生するまでの軌跡ー③

 僕の出稼ぎ場所はこの街フェスタ唯一の武器屋グリーズ工房。

 店主のグリーズさんは強面で大柄だが、僕達の事情を知ってよくしてくれる数少ない味方だ。


「坊主、この荷物倉庫に運んでおいてくれや」

「はーい」


 こんな場所で出稼ぎしていると、当たり前だけどギルドの連中がやって来る。

 それをわかっていてもなお、僕は精神を鍛えるためにここを選んだのだ。


「すまない、店員はいるか?」


 荷物を置いて店内に戻ると、お客さんの呼び出しがかかった。

 グリーズさんに声を掛けようと思ったが、どうやら別のお客さんとお取込み中らしい。


「すまん! 今手が離せそうにないから、坊主が行ってやってくれ!」

「わかりましたー」


 言われてお客さんの元へ向かったはいいが、そのお客さんの姿を視界に捉えた途端に足が止まってしまった。

 ただ、ここで声を掛けないと成長出来ないし……行こう。


「あの、何かお困りでしょうか?」

「ああ、えっとこの剣にあった鞘を探しているんだが――げ」


 僕の顔を確認すると、何か不潔なものを見たような声を漏らした。

 そんな失礼すぎる態度をとるお客さんの正体はクロム・アリエスタだ。

 まあ、今はギルドでの関係なんてどうでもいい。この店にいる以上、クロムがお客さんで僕は店員なのだから。


「その剣にあった鞘ですね。一旦剣身の長さと厚さ、それと型を確認させていただいても?」

「ぼっ、僕の剣に触るなよFランク風情がっ!」


 クロムの剣に触れようとすると、抱きかかえるようにして僕から剣を遠ざけた。


「そんなこと言われましても、確認しないことにはその剣にあった鞘は探せませんよ?」

「結構だよ。君がいない時にまた来る」


 僕に背を向けるなり、そそくさと出口へ歩いて行ってしまう。

 折角のお客さんを逃がすとグリーズさんに怒られるのだけど、まあまた来るって言っているしいいか。


 あ。


「待ってくださいやお客さん」

「だから結構だと言っているだろって――」

「いえいえ、折角今日という日に来たんだ。坊主の剣を見る目は俺が保証するんで、いっぺん任せてみて下せぇよ」


 グリーズさんがクロムの肩を掴んで、見下ろしながらそう言った。

 とても優しそうな笑顔だが、逆にそれが恐ろしくも感じる。


「そ……そうします」


 クロムも怖気づいてしまったみたいだな。無理もない。

 とぼとぼと歩いて戻ってきたクロムが僕に剣を差し出した。


「癪に障るけど、僕の剣に触れる許可を与えてやる。僕の為にさっさと確認して鞘を用意しろ」

「お客さん」

「……してください」


 悔しそうな表情で僕に頭を下げるクロム。

 これは少しだけ気分がいいな。


「任せてくれ」


 仕事は仕事だ。

 受付の壁側にある作業台に持って行って作業を始めよう。


 剣の位置を固定させてから剣身の長さと厚さを測り、型を資料と照らし合わせて確定させる。

 この剣は西側の貴族特有の作りになっていて、それなりに価値のある代物のようだ。


 アリエスタ家のことを考えれば何もおかしなことはない。アリエスタ家は左遷されて監視街フェスタにやってきた形だけの領主。権力こそないに等しいが、五年前までは王都にいたのだ。平民に比べれば流石に金はあるのだろう。


 ともすれば、何故一介の武器屋なんかに来たのか。まあ、詮索することでもないな。

 ただ、これなら確か二つピッタリな鞘があったような。


 お、あったあった。


「あったよクロム。二つあったけどどっちにする?」

「ちっ……早かったね」

「まあね。で、こっちは木製でかなり安いけど、こっちは飛竜の鱗でできているから結構高いよ」

「じゃあ、高い方で」


 グリーズさんに威圧されるのを面倒に思ったのか、随分と静かになったな。

 いつもこうだと助かるよ。


「はいよ」


 スムーズに会計まで終えることが出来たのは幸いだった。

 まあ、クロムも僕達の前以外じゃあまり威張っている姿は見ないけど。


 そのまま大人しく帰ってくれるのかと思いきや、帰り際クロムが振り返っていった。


「君たちはどうして……」


 どうして? 何の事だろう。


「ん? どうかした?」

「いいや、なんでもない。精々無駄な努力に勤しむがいいさ」

「は、はあ」


 何が言いたかったのかよくわからなかったが、いつものような喧しさは無かった。

 クロムらしくないようなそんな感じだ。


「坊主、客もいなくなったしそろそろいい時間だ。今日はもう上がっていいぞ」

「あ、はーい。お疲れさまでした」

「おーう、お疲れさん。そうだ、今日は少し冷えるみたいだからよ、奥にあるコート着てっていいからな」

「ありがとうございます。お言葉に甘えてお借りします」

「おうよ」


 これかな。うお、このコート大きいな。

 グリーズさんサイズだから僕が着ると足元ギリギリだ。

 着られないことは無いから着ていくけどさ。

 それより、今日はいつもより少し早い。


 うーん……やることも特に無いし、ミアとルピナの出稼ぎ先にでも行ってみようかな。

 二人は確か酒場でウエイトレスをしているんだったか。


 無論、酒場も冒険者のたまり場のようなものだが、そこは僕と同様訓練のようなものだ。

 と言っても、若い冒険者は滅多に来ないから、直接的に絡んでくるのは酔っぱらったおっさんくらいらしいけど。


 身支度を終えて外に出ると、グリーズさんの言っていた通り少し凍えた。

 確か二人が働いているのはここから近かったよな。


「あった」


 武器屋の前の道を少し行くと、賑やかな声で溢れ返る酒場を発見。

 こんなに近かったのか。


 いつも一緒に行くときは僕が一番に武器屋に着くから、酒場まで行くところを見届けたことが無かったんだ。


 そうだ、いいことを思いついたぞ。

 丁度今はグリーズさんのコートを着ているし、フード付きだから顔も隠せる。

 試しに、正体を隠して潜入してみよう。普段、どんな風に仕事をしているのか見てみたい。


 緊張して動悸が早まるのを感じながら、ゆっくりと酒場の扉を開いた。


「いらっしゃいませ! フレアの酒場へようこそ! お一人様ですかぁ?」

「ぶふぅっ!」


 ルピナが柄にもなくフリフリのドレス着て、しかも上目遣いで接客してくるものだから、思わず吹き出してしまった。


 素のルピナを知っている僕からすると、この光景は希少というか珍妙というか……

 笑わずにはいられないのだ。


「……? どうかなさいましたかぁ?」

「い、いや……っ、なんでも、ありませんっ」


 声色を変えつつ笑いを我慢するのは中々難しい。

 まだばれてはいないみたいだし、ルピナの珍しい姿を堪能しよう。

 一度咳払いをして切り替えた。


「あー、一人です」

「はーいっ! では、カウンター席にご案内いたしますねぇ」


 そう言って僕を案内してくれるルピナ。

 いや、本当にこの人はクウカなのか? 普段の雰囲気との違いが顕著過ぎて怪しくなってきた。


「こちらですっ」

「ど、どうも」

「ご注文お決まりになりましたら、私かそちらのバーテンをお呼びくださいね」


 僕が席に着くと、ルピナは一度頭を下げてから別のお客さんの元へと向かって行った。


「ふぅ」


 笑いを堪えるのに必死で腹筋が痛い。


 まさかここまで普段と仕事で変わるとは思わなかった。さっそくいいものが見れたな。

 一息ついてから店内を見回すと、店内には冒険者や商人、旅人などの外から来た人など様々な客層で賑わっていることが分かった。


 っと、店に入ったからには何か注文しないと。と言ってもミルクを一杯頼むくらいのお金しかない。

 僕達のお金は依頼報酬と個人の出稼ぎ代の八割が共有で、個人的に使えるのは出稼ぎ代の二割だけだ。共有分は宿代とポーション代に使われる。


「すみません」


 小声でバーテンダーさんに挙手して主張すると、僕に気づいたバーテンダーさんが前にやってきた。


「はい、ご注文ですか?」


 女の人なのか。


「えっと、じゃあミルクを一杯――」


 って、ミアじゃん⁉ あれ、ミアもウエイトレスしているんじゃなかったけ。

 油断していた。


「ミルクですね。少々お待ちください」


 それにしてもルピナもそうだが、ミアも黒いスーツなんて着ていると雰囲気変わるな。

 普段、慌ただしいだけにしっかりして見える。

 にしても、イメージだとルピナとミアの役職逆だよなぁ。


「お待たせいたしました。ミルクでございます」

「ありがとうございます」


 いやー、それにしても面白いものが見れた。

 そろそろ隠れている必要もないし、ネタバラシでもするか。

 そう思いフードを取って声をかけようとして


「あの――」

「バーテンさん、マティーニを一杯お願いします」

「あ、はい。畏まりました」


 いつの間にか僕の隣に座っていた男に割り込まれてしまった。

 カウンター席は結構空いているっていうのに、どうしてわざわざ僕の隣に座るんだ?

 いいけどさ。


 ネタバラシの機会を逃してしまったので、一先ずミアの仕事を眺めることにした。


 すごいな。ミアの手捌きは見事なものだ。あまり詳しくない僕でも、何となく凄い気がする。こんな特技があったんだな。


「お待たせいたしました。マティーニでございます」

「可憐なシェイクだったよ。いただくね」

「い、いえいえそんな! でも、ありがとうございます」


 褒められて照れるミア。

 しかし気まずいなこの状況。僕が気にする必要は本来無いのだが、ガラガラのカウンターで二人隣り合っているこの状況ですよ。


 何か話した方がいいような気もしてくる。


「君は、仲間を大事にしているかな?」

「……?」


 そんなことを頭の中で考えていると、不意に隣の男が話掛けてきた。

 突然の投げかけに今一反応が出来ない。


「君は、仲間を大事にしているかな?」

「して、ますけど……」


 なんだ?

 この人は僕に何を言いたいのだろう。


「…………そうか、ならば忠告しておく。それは、大事に思い過ぎていると、別れの瞬間がひどく辛いということだ」

「は、はあ」


 大事な人との別れが辛いことくらい、身に染みて分かっているつもりだ。

 見ず知らずの僕に言いたかったことが、こんなことなのか?


「だから、もし辛い思いをしたくないのなら、仲間との距離を開けた方がいい。その時は、あまり遠くない未来かもしれないのだから」

「そ、そうですか。貴方が何故僕にそんなことを言うのかは分からないけど、もし仮にみんなとの別れが近かったとしても、僕は距離を開けたりしませんよ。そうしたらきっと、後悔するだけだと思うから」


 この男の正体とか意図とか、分からなことが多すぎる。

 だけど、思ったことだけは素直に言っておいた。


 冒険者なんてしているんだ。いつ死ぬかもわからないことくらい、覚悟はしている。それにそうならない為の危機管理は常に行っているつもりだ。

 すると、男はマティーニを飲み干して勘定を置いてから席を立った。


「なるほど、それが君の欲という奴か。きっと、次会うときは地の底なのだろうね」

「な、なんなんですか貴方は――」

「お嬢さん、ご馳走様。美味しかったよ」


 男は僕の言葉を無視してミアに声を掛けた。


「あ、お粗末様でした!」


 そのままミアの返事を背に受けて、外へと立ち去ってしまう。

 本当に、あの人は何者なんだ……


「あれ、アベル君?」

「えっ、あ……あはは。バレたか」


 そういえばネタバラシをしようとフードを取っていたんだった。


「どど、どうしてここにいるの?」

「ははは、バイトが少し早めに終わったから様子を見に来たんだ」


 ミアは恥ずかしそうにあたふたしている。

 まあ、さっきの男の事は一旦忘れよう。気にしたところで正体がわかるわけじゃないし。


「そ、そうなんだ……ちょっと、恥ずかしいな」

「恥ずかしがることないよ。さっきのシェイクってやつ? 見てたけど凄いかっこよかった。あんな特技があったなんてな」


 あれは本当に見事だった。


「うぅ……見てたんだ」


 僕が素直に褒めると、ミアは顔を真っ赤に染めてその顔を両手で覆った。

 そこまで恥ずかしがらなくても、一人前のバーテンとして胸を張れる技術を持っている、と思う。


「あの、お客様。うちのミアにちょっかいは出さないでくださいませんか?」

「ん?」


 不意に肩を掴まれて振り返ると、そこには珍妙な姿をしたルピナが眉を逆ハの字にして立っていた。

 まさしく鬼の形相。相当お怒りのご様子。

 かと思いきや、僕の顔を見るなり目を見開いて。


「――ってあれ⁉ あんた、もしかしなくてもアベルよね⁉」

「お、お疲れ様、ルピナ。その……似合ってるよ……ぷっ、その恰好っ」

「笑ったな……?」

「いやいや、素直に可愛いと思って」


 おやおや、眉が八の字になった。

 これは許してくれたのかな――


「ぐふぅっ――⁉」


 みぞおちにルピナの拳がめり込んで息が――


「や、止めなよルピナちゃん! オーナーさんに怒られちゃう」

「止めないでミア。ここでやらなきゃアベルは反省しないから」

「か、勘弁してください……」


 流石に面白がり過ぎたみたいだ。

 ルピナの物理攻撃はスライムの体当たりより余裕で威力高いからな。

 黒魔術師から転職してモンクにでもなった方が強いのではなかろうか。


「ルピナ君、何をしているんだい?」

「ほらルピナちゃん、オーナーさん来ちゃったよ!」

「っもう! 後で覚えておきなさい」

「は……はい」


 オーナーと呼ばれたちょび髭を生やした紳士がやって来たことで、その場は一旦終結した。


***


 酒場の前、寒空の下を一人で待っていると、仕事を終えたルピナとミアが出てきた。

 服装もいつも通りに戻っていて一安心だ。


「全く、アベルのせいで怒られちゃったじゃない」

「ごめんって。珍しかったからさ」


 一息ついて先ほどまでの熱は冷めたのか、そこまで暴力的ではないルピナさん。

 僕だから含み笑いで済んだものの、ケートが見た日には大爆笑間違いなしだろうな。


「悪かったわね、どうせ私には似合わないわよ」

「うん、そうだね。あれはミアの方が似合いそうだ」

「そ、そんなことないよ! ルピナちゃん凄く可愛いもん!」


 何の躊躇いも無くルピナに賛同すると、何故かミアが慌てて彼女の事を誉めだした。少し怒った目つきで僕を見ている。

 まあ、可愛くないと言えば嘘になるけど、似合っているかと言われれば答えは否だろう。


「否定はしないけどさ。ルピナはもっとこう、すらっとした衣装が似あいそうだよね」


 直感的な感想を述べると、ルピナは険しい表情をした後に顔を背けた。


「もう長い付き合いだからいちいち怒らないけど、アベルは素直すぎるのよ。それで私が傷ついてるってわかってないでしょ」


 また罵倒されるのかと身構えていたが、予想とは裏腹に落ち込んでいるようだった。

 ……うん。今回は僕が悪い。


 ルピナの反応が良いものだからって調子に乗りすぎた。


「ごめんルピナ。気をつけるよ」

「別にいいわよ、もう慣れているし」


 結構、本気で落ち込んでいるみたいだ。

 何かルピナの気分を上げる方法は無いだろうか。


「そうだ、お詫びと言っちゃなんだけどさ、今度一緒に服を買いに行かない? すらっとした衣装、僕が買ってあげるからさ」


 心許ない僕の個人財産だけど、奮発すれば一着くらい買える……はずだ。

 提案を聞いたルピナは頬を赤らめつつも、僕を鋭い眼光で睨み付けた。


「確かに、胸の無い私にはすらっとした服が似合うか、も、ね! やっぱわかってないわこの男」

「べべ、別にそんなつもりで言ったわけじゃ」


 確かにルピナとミアを比べてしまうと雲泥の差があるけども。

 だからってわけでは無く、クウカの雰囲気とかプロポーションを踏まえてそう思ったんだけど。


「あーやだやだ、行こうミア。胸しか興味の無い変態リーダーさんなんかほっといてさ」

「う、うん」

「変態リーダー⁉」


 僕の弁解も虚しく、ルピナがミアの手を取っていってしまう。

 目的地は同じだし置いて行くのは構わないけど、変態リーダーだけは止めてくれ。

 悲壮感に襲われながらとぼとぼと二人の後を追っていると、不意にルピナが振り返った。


「アベル!」

「……なにさ」


 呼びかけに憂鬱なまま返事をすると、ルピナは満面の笑みで言った。


「買い物、約束だから忘れないでよね!」


 はは……


「ああ! 約束だ」


 おっしゃる通り僕は素直すぎるところがあるかもしれないけれど、ルピナは逆に素直じゃないよな。でも、そんな彼女に僕はどこか惹かれているのかもしれない。


「良い一日だったな」


 ルピナやミアの意外な一面を見たり、ルピナと約束をしたりした一日。

 僕達は確かに冒険者としては底辺だけど、この生活の全てが苦だとは思っていない。

 きっと今頃ケートは大工のアルバイトを終えて宿で爆睡中だろう。


 こんな日々でも、意外と楽しいって思えるんだ。

この度はお読みいただきまして誠にありがとうございます!

もし少しでも「続きを読んでもいい」「応援してもいい」そう思っていただけましたら!

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