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討龍譚  作者: 二式山
  一章  旅
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八話 森の中の街


 レッドモス……赤い苔。


 現在、セントレージアと魔族領を跨ぐ広大な森林地帯はそう呼ばれている。


 名称の通り、この森の水辺には必ずといっていいほど赤い苔がそこここに密集しており、奇観を呈している。


 この網膜を染めるほど鮮やかな苔は、古来より様々な伝説が伝えられ、古の英雄が敵を斬り伏せた時の血飛沫の跡だとか、この森で命を落とした者達の血が染み込んだ、などとその話は多岐にわたる。


 ルゥラも、旅の道中、全てではないがこの森にまつわる諸種種々の話を聞いた。


 その中には、ルゥラも知っているような英雄が出てくる話もあり、それがたとえ——大概の伝説がそうであるように——後世の創作だとしても、彼の目を輝かせるには十分であった。


 移動中、冒険者の面々は斥候や護衛の任で忙しく、時々父親と話すくらいで、ルゥラはゆらゆら馬車の上で揺れるだけだったが、昼食や夕食の時は多少自由も出来、ドログやイレネなどが、その度に色々な話を聞かせてくれた。


 ルゥラは子供らしく、わくわくどきどき、と身震いをさせつつ、身を乗り出すようにして彼等の話を聴いた。


 また、移動中何度か魔物に襲われたが、その都度冒険者達が追っ払ってくれた。


 中年チームは、ブレントなど三人が剣士で、二人前衛一人後衛、残る一人は魔法使いで全体の援護。若手チームは、ベルスとガナートが剣士で前、イレネは剣と魔法で二人の援護、ミリアは魔法使いで後。


 若手チームは、まだ未熟で、魔物に襲いかけられるなど危ない瞬間が幾つかあったが、そこはブレントたち熟練者が機転を利かし凌ぐことができた。


 また若手チームも、ただ助けられるばかりではなく、魔物の襲撃後にブレント達からアドバイスをもらい、徐々にだが森の奥に進むにつれて危機的状況になることは減っていった。




 途中、野宿をしつつ進み、ピズの街を出立して五日後、開けた土地の真ン中に浮かぶ、森の中の街ファルファイドに到着した。


 規模は今まで見た中では一番小さい。


 そして、


 (砦みたいな……)


 と、はじめルゥラがそう思ったほど、この街は「街」と呼ぶには似つかわしくない風貌をしていた。


 周りを囲う三重の堀、乱雑に配置された逆茂木に三メートルはある雄々しき木柵。街に入る門には簡易な木造橋が架けられ、門番二人が道の両脇で人形の如き無感情な顔を曝している。そして門の奥は枡形門のように直角に屈折し、前方と左手を堀と柵に囲まれ、右手に二つ目の門が構えられていた。


 ピズの街の森側と似ている。


 野戦築城といった性急さ、粗雑な所に見える荒々しさ。


 しかし、ピズの街は外景からでも人の営みが窺えたことに対し、この街は堀も柵も人工物であるにも関わらず——廃墟を眺める時に思うような——まるで、自分一人が無人の世界に放り出されたような寂しさを感じさせられた。


 ルゥラはまるで食い入るようにその「砦」を見つめた。


「なんだ、そんなに珍しいか?」


「うん」


 ヨークが訊いてきたが、ルゥラは生返事を返しただけだ。


 (やっぱり外の世界はすごいなぁ)


 広大で未知数、知らないことだらけである。


 ルゥラもこれまで三つの街を見てきた。


 決して多くの街を見てきたとは言えない。


 ただ、それらの街は、それぞれ特色を持ち相違点はあったのだが、その街々の根本には共通した——先程ピズに思ったような生活感、つまりは動物が群れをつくり親和しているといった、いきものが寄り添い命をやすんじている風景があった。


 しかし、この街はどうだろう。


 生活感は感じられない。


 それこそ一時的に立て籠もる為に造られた砦のようであり、木柵の間から中の建築物が伺えるが、二、三の建物以外は全て掘立小屋のような作りをしている。


 人が安住できるような場所ではない。


 天は浩々、晴天。


 その下、馬車の車輪が鈍い音を轟かせている。


 ルゥラがファルファイドの街に見惚れていると、ふと車輪の音が変わった。


 相変わらず鈍い音を出しているが、少しだけ遠くに通るような音になった。


 馬車が木造橋の上にのったのだ。


「……おお」


 と、ルゥラは思わず声を漏らした。


 ルゥラの眼前に、一抱え以上あるだろう大木が二本、聳え立っていた。


 ただ、その木に枝は無い、葉も無い。


 隆々と立ち、他の人工物と同化している。


 (大きい……)


 それは大木を丸々使った門柱だった。


 もちろん、故郷の城塞都市やピズの門とは及ぶべくもなく、小さい。


 しかし、周りの柵や建物が小づくりであることが、かえってこの門の印象を想像以上の巨きさに感じさせていた。


 よく見ると、門柱には魔法陣か何かの紋様が刻まれている。


 ルゥラと一行は、その門をくぐった。


 門前での誰何はない。


 門番はあくまで魔物の襲来の為、とのことらしい。


「ねえ、隣座っていい?」


「いいぞ」


 ルゥラはもっと街の姿が見たかったのか、馭者台へ身を乗り上げた。


 馭者をしているのはアントンという四十代の男である。


 ヨークの商店に勤める内の一人だ。


 ルゥラは、わくわく、と心持ち身体を弾ませている。


 しかし、今までと違うといっても、道脇に並ぶ建物はほぼ一様、風景は貧相。

 感嘆をもらすような奇観はない。


 それでも、ルゥラはうきうきと目を輝かせ、街の風景一々に感動していた。


 (まったく違う……)


 まるで異国に足を踏み入れた感覚、不気味さと目新しさを混ぜたような感情がルゥラの中を渦巻いた。


 (どうやって生活しているのかな)


 街に入る時、畑のようなものが遠くから見えた。


 ただ、それに冒険者が狩ってくる魔物や動物の肉を合わせたとしても、それだけでこの街の食糧が間に合っているとは思えない。


 (僕たちみたいな人たちが運んできてるんだろうな)


 食材専門の商人がいるのだろう。


 道脇の露店を見ると、魚の干物が八、九枚吊り下げられていた。


 ルゥラはその干物に見覚えがある。


 川魚で、デンタンという名前の魚だったはずだ。

 この魚は、この辺りにはおらず、はるか西の方に棲息している。

 その干物がこんな所にあるのは、商人がここまで持ってきたのだろう。


 ただ、デンタンが棲む最東端の川からこの森まで五十キロはある。


 と、なると道中の路銀なども加味すれば、費用対効果が薄いようにも思えるが、実際ここまで持ってくる商人がいるように、利益は上がる。


 その理由は、


 (高い……)


 と、ルゥラが絶句したと同じものだった。


 この森の中の街は物価が恐ろしく高いのだ。


 この周辺で採れないものは特に。


 (うわぁ……あれ何倍だろう)


 ふと、ルゥラの目についたのは、普遍的なガラスのコップ。


 妙に細工が凝ってくると値が嘘のように跳ね上がるが、あの程度なら、そこらの庶民でも十分買える値段のはずだ。


 しかし、ルゥラが見つめているコップは、一般より八倍九倍と恐ろしいほどの値がついてあった。


 よく見ると、外から持ってきたであろう食材も、コップほどではないが森の外より二倍三倍の値がする物がほとんどだ。


 (でも大儲けってわけにもいかないよね)


 たとえ外と比べて法外な値段で売れるとしても、先程述べた路銀の問題もあるし、それに森には魔物がおり、冒険者を雇う為の費用も掛かる。


 ルゥラはまだ十歳の子供だが、商人の家に生まれたせいか、損得といったことによく気がついた。


「ねえねえ、あれは何?」


 ルゥラは、隣のアントンの袖を引っ張った。


 彼が指さす方向には、他の掘立小屋と比べ、一際巨大で頑丈そうな建物。


「あー……。ブレントさん、分かりますか?」


 アントンはわからなかったようで、馬車の横に付いていたブレントに目線を移した。


 ルゥラの父ヨークは商会の会頭として、行商などで様々な土地に行くが、さすがにこんな辺境まで足を踏み入れることなどほとんどない。


 当然、商会員であるアントンもこんな所まで足を運んだことはない。


 その点、ブレントはレッドモスを中心に活動している冒険者だ。


 件の建物を見て、すぐにわかった顔つきになった。


「ああ、あれは教会だよ」


 ルゥラはそう言われ、まじまじと建物を見てみた。


 なるほど、確かに教会に見えなくはない。


 ただ、この街のそれは、他でよく見る石造ではなく木造である。


 野天にむき出しの柱は、黒々と蠢くように聳え、その柱間は分厚い板で囲われ、牢獄のような不気味さを感じてしまう。


「お父さんッ!」


 ルゥラは大声で父親を呼ばわった。


 ヨークは前方の馬車にいる。


「どうした?」


 ヨークは、わざわざ馬車を降りてルゥラの馬車と並び歩いた。


「あとで、あそこでお祈りしてきてもいい?」


 と、指差したのは先程の教会。


 しかし、本心はもちろん、教会の中を見たいという好奇心だ。


 ヨークは苦笑混じりにため息を吐いた。


 ルゥラの目はきらきら輝き、言葉なぞ聞かずとも、本心が透けて見えてしまっている。


「わかった、あとで一緒に行こうか」


「うんッ」


 ルゥラは子供の小さな頭をぶんっ、と点頭させた。

 



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