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討龍譚  作者: 二式山
  一章  旅
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五話 儀式


 

 いよいよレッドモスに入る日が来た。


 幌馬車が二台。


 ラマークまでは一台だったが、積む荷物が増えるということで、新しく買った。


 ルゥラは後列、馬車の上。


 馬車の前方に移動して、前の垂れ幕から顔を出した。


「ルゥラくーん」


 護衛隊の一人である、若い女性が手を振った。


 茶髪で小柄、そして溌剌と、まるで栗鼠のよう。


「あ、イレネさん!」


 ルゥラも幕から、ぴょんと手を出して手を振った。


 イレネは、きゃーッかわいいッ、と叫んだ。

 そして、隣の同じく若い灰色髪の男の裾を引っ張った。


 男は露骨にいやな顔をした。


「おい、引っ張るな」


「だって、見て見てッ、ルゥラくんかわいい!」


「あーはいはい。かわいいかわいい」


 灰色髪の男は突き放すように言い、面倒くさそうに顔をしかめた。


 ルゥラは対応に困って、はにかんだ笑みを浮かべている。


「あまり困らせるな。依頼者の息子だぞ」

「………ッ」


 別の若い男が言った。

 その言葉に、隣にいたフードを被った女が激しく頷いた。


 この四人は前述した、ブレント達と参加したもう一つのパーティーである。


 イレネ、そして彼女に裾を掴まれたベルス、残る男女二人はガナートにミリア。


 全員未だ二十歳前後、経験は浅い。


 ミリアに限っては初依頼である。


「おいッ、行くぞ!」


 ブレントが叫んだ。


「はーい」


 ガタガタと馬車が未舗装の道を進み始めた。


 しかし、街を出てすぐの所で、また停止してしまった。


「ルゥラくん、行くよ」 


「あ、はい。儀式、ですよね」


「うん、ルゥラくんよく知ってるね!」


 イレネはにっこり笑った。


「ルゥ!」


 ヨークが呼んでいる。


「ほら、お前の分」


 と、彼は銅貨を三枚、ルゥラに手渡した。


「これを池に投げ入れるんでしょ?」


「よく知ってるな。昨日のあいつにでも聞いたか」


「うん」


 ルゥラは、こっくり頷いた。


 ピズからレッドモスに出ると、すぐの所に小さな池がある。


 それは、小さい割にかなり深く、底が見えない。


 ルゥラ達は今からそこへ行く。


 儀式を行ってから街を出発すればいいとも思うが、儀式は街を出発してから、という、しきたりのようなものがあった。


 件の池は道から少し離れた所にある。


 馬車に留守番を数名残し、少し歩いた。


 道は深沈と、虫の羽音すら無い。


 やがて、見えたのは、苔むした石に囲まれた小さな水たまり。


 それは、ぽつんと、四方に群がる木々の中、苔むした社が鎮座しているような、大凡(おおよそ)の者には触れられぬ神域の如く。


 暗々とした森の中、池の水が陽を反射し、そこだけが明るく、ますます神韻を帯び。


 しかし、何度も人々が通っているとわかる、踏み固められた地面。


 ルゥラは、その領域に足を踏み入れ、それと同時、全身を、鳥肌が立つような身震いに襲われた。


 古より信仰されし神、人々が神へ願った想いの数々。


 それらの情念が、見えずとも、この場所に累積されているかのよう。


 知らず知らずのうち、背筋もピンと伸びるもの。


 周りを見れば、父も商会の仲間も、口元を引き締め、緊張している、


 と、ルゥラは神域の中心へ目線を惹きつけられ。


 その光景に、思わず目を瞠った。


 (……赤い、真っ赤だ)


 池を縁取るように在る、人の頭ほどの大きさの石が、ことごとく赤い布に包まれたように、真紅を曝していた。


 それは、ともすれば、意図して置かれた、そう思ってしまうほど、整然と、美しく。


 (なんだか、この池を護っているような)


 と、思うような厳粛たる雰囲気。


 幾千年、鮮やかな真紅の群衆は、中心にある御神体みずたまりへ邪なものを近づけぬよう、厳かに佇んでいたのだろうか。


「ルゥっ」


 ヨークが呼んだ。


 気づくと、商会や護衛の皆が、池の周りを囲むように立っている。


 ルゥラは、ヨークに促されて、その中へ加わった。

 聞いた話では、儀式とは、この古池へ、銅貨三枚、投げ入れることらしい。


 ルゥラ達は、それぞれ持った銅貨を三枚(留守番の分を持った者は六枚)池に投げ入れた。


 そして、一同跪き、一行の代表としてヨークが祝詞をあげた。


「嗚呼、森の神エトラパよ、麗しくも愚かな神よ、どうか我らに加護をもたらし………」


 皆、沈黙し粛然としている。


 このエトラパというのは、元々森の神として崇拝されていたものと、この地方の伝承である金呑みエトラットという話が合わさってうまれたものだ。


 池に金を投げ入れるのは、森の神ではなくエトラットの逸話が由来である。


「………我等に森の神の祝福と加護を」


 祝詞が終わった。


 ルゥラは目を開けた。


 一番に、目へ入り込むのは赤い石の群れ。

 いったい、なぜ赤くなっているのか、目を凝らし観察すると、


 (コケ……?)


 赤いのは石ではなく、その石に生えた苔らしい。

 苔の隙間から見える石の地肌は濁った灰色だ。


「どうしたの?」


 声をかけられ、振り返ると、中腰になったイレネが、ルゥラを覗き込むように見ていた。


「これは赤いコケ……ですか?」


 彼女は勢いよく頷いた。


「うん、そうだね。これはこの森の水辺によく生えているんだよ」


 また、それにねッ、とイレネは興奮気味に、


「実は、ここレッドモスの名前の由来なんだよッ」


 彼女は、ふふーんっ、と自慢げに、高らかに胸を張った。


「そうなんですね」


 ルゥラはにこやかに笑った。


 このことは事前にドログに聞いていたが、イレネに知っていたと正直に言ってしまうのは、どうにも彼女に悪いと思う。


 しかし、話を聞くばかり。実際に赤苔を見た時は、はなはだ驚愕してしまった。


 まあ、名前については、レッドモス——赤い苔、そのままで、誇るもなにもないとおもうのだが。


「そのくらい……、レッドモスの名前を聞けばわかることだろ……」


 そういったのは、よく彼女の隣にいるベルスだ。


 彼はイレネが何かするたびに小言を言う。


 ただ、いつもやれやれといった感じで、別に呆れているとかではないようだ。


「むぅ、ベルはいつもそうやって私に突っかかってくるよね」


 イレネは、ぷぅと頬をふくらませた。


「お前がいつもバカなこと言うからな」


 ベルスは、からかうように笑った。


 イレネは口をへの字に曲げてジト目で睨んだ。


「ま、まあまあ。僕は初めて聞きましたし、面白い話でしたから……」


 ルゥラは二人を宥めるようにいった。


 十歳に気遣われる成人とは。


 ベルスは、君がそう言うなら、という顔をして黙った。


 しかし、イレネは単純なのか、その言葉を聞いて誇らしく胸を張った。


「ほら行くぞ!」


 祈りの後、ヨーク達はルゥラ達と同じく談笑していたが、そろそろ出発するようだ。


「あ、うんッ」


 ルゥラは、この場から逃げるように父親の元へ駆けた。


 残ったイレネとベルスの二人は顔を見合わせ、イレネは勝ち誇ったように、ベルスは苦笑をし、それぞれヨーク達の後を追った。




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