四六話 対面
「あっ、大将ッ。……それに、スズッ、ジローッ!」
ちょうど屋敷前にいた景姫英は、叫ぶようにいった。
約二年ぶりである、彼女はパッと笑顔を見せて、はしゃぐようにして喜んだ。
「おうッ、帰ったぜ」
「英ちゃん、ただいま」
スズも英に駆け寄り、彼女の両手を握って笑った。
「おかえり、鈴ちゃん」
二人は、歳が近いこともあり仲がいい。
英は髪を後ろ手に結び、スズは耳が隠れるくらいの短髪。
「ジローもおかえりッ」
と、英はジローの方に笑顔を向けた。
「ただいま」
ジローも、柔らかな微笑を向けた。
すこし目線が泳いでいる気がしないでもない。
ふと、英はジローの身体を、頭から足先まで舐めるようにして見つめた。
「………?」
ジローは首を傾げた。
「いや、ジローって外に出た時、いつも怪我してたじゃん。今日は怪我してないなぁ、って」
「一体いつの話だよ」
「ほら、龍人とのお仕事に行く前に、魔物の討伐に行ったでしょ?」
「あっ……」
英の言葉に、ジローは何か思い当たったのか、顔を引きつらせた。
「魔物にひっかかれたって、身体中傷だらけにして帰ってきたじゃない」
「……あーー」
ジローは、英から目を逸らした。目が泳いでいる。
「………いや、あれはなッ」
と、ジローは反論しようとしたが、英はそれに被せるように、
「まあ、でも。無事に帰ってきてよかったよ」
と、無邪気な笑みを見せた。
「………ッ」
ジローは二の句が継げない。
視線を下の方へ落とし、ちょっと緊張したようなそぶりをして、動揺した。
少し後退りして、路面の土が擦れる音がした。
「ハッ、そろそろ立ち話は終わりにして、中に入るぞッ」
と、キツツキがジローの背をトンと押した。
単に彼等の話を聞いていることに飽いたのか、ジローの戸惑いようを見かねて助け舟を出したのか。
「土産話は中でゆっくりすればァいいだろう」
とかく、キツツキは大声で笑いながら、大股で歩いて屋敷に入った。
「それもそうですね。ほら、ジロー、英ちゃん、行こ?」
「うん」
「……おう」
そして、続くようにスズ、英、ジローも屋敷の敷居を跨いだ。
「よし、行くぞッ」
三人が屋敷に入ったことを確認したキツツキは、来いッと着物の裾を翻した。
そして彼は、ドンと床を鳴らす勢いで奥へ進み、ルゥラがいそうな部屋を片っ端から開け放った。
「ルゥラ、いるか!」
そして、木の乾いた音を出しつつ襖を開けること三回目。
「キツツキさん、どうしました?」
ルゥラは顔を上げ、首を傾げた。
本を読んでいたらしく、膝の上に開かれたままの本が置かれている。
ルゥラの隣には、本が十数冊積み重ねられていた。
「応ッ、お前はまだ顔合わせてなかったろう?」
と、キツツキは身体を逸らし、三人を部屋の中へ入れた。
「やっほー、ルゥラくん」
「ホウ、兄貴ッ。こいつが新入りか!?」
「ほら、ジロー言葉遣いッ」
スズはジローの頭をペシっと叩いた。
彼女はルゥラに向き直り、
「あ、私はスズっていうの、こっちはジロー、よろしくね」
と笑って、軽く会釈した。
「あ、はい、ルゥラ・マイラインといいます。よろしくお願いします」
ルゥラも頭を下げた。
「おうッ、よろしくな。……それと、るぅらという名だと、南の出か?」
ジローは眉をひそめた。
名前の特徴から、火翠よりも大陸南部の名前だろうと思ったのだ。
「はい、セントレージアという国の出身です」
「滅んだのか」
と、ジローは言った。
ミシウもそうであるように、国が滅んだからここに来たのか、と思った。
大体の場合、キツツキのもとにくるのは、火翠地域でのあぶれ者であり、時々ミシウのような南部の国を失った者が流れてくるくらいで、自分の住む国があるにも関わらず、洛遼に来る者は見たことがない。
「いえ、ありますよ」
ルゥラは素直に答え、かぶりを振った。
「あ、そうか……。いや、すまん」
ジローはぎくりと申し訳なさそうに目を逸らした。
しまったとでもいいたそうに、顔を引きつらせた。
「いや、まあ、実際ぎりぎりのところで保っているようなものですから」
ルゥラは、ジローに慮ったのか、あははと愛想笑いをした。膝の上の本を、隣の山積の本の一番上に置いた。
人との諍いになるのが嫌なのか、ルゥラは大抵のことであれば、自分が一歩引いて笑って済ませようというところがあった。
「別に遠慮しなくていいよ」
「そうそう」
スズが言って、英もそれに頷いた。
「ごめんね、こいつ自分のことしか考えないからさ」
ひどいって言っていいんだからね、とスズはジローを突くように指差した。
「いや、全然、大丈夫です」
ルゥラは、また愛想笑いを浮かべた。
大人びているというべきか、遠慮がちというべきか。
ただ、それを見かねたのか、部屋の隅の柱にもたれかかっていたキツツキは、首をもたげて、
「ルゥラッ!」
と、一喝した。
「そう引いてばかりじゃどうしようもねぇぜ、ドンと行け、ドンとッ」
だが、キツツキの言葉は気迫だけで、何に対して行けといったのか、曖昧でわからない。
まあ、それもそうで、この場に居続けることに飽いてきった啖呵であるだけに、キツツキに深い考えはない。
「ほら、飯だ。行くぞッ」
と、カッと吐き捨てるようにして言ってその場から立ち去った。
「あ、兄貴ッ」
ジローは、遅れまいと足をまわしてキツツキを追いかけた。
「あッ、もう……行っちゃった」
英は困ったように笑った。
「じゃあ、私たちも行こうか」
スズはルゥラに手を差し伸ばした。
「うん」
ルゥラはこくりと頷き、スズの手を取って立ち上がった。
畳の上に山積みされた本を尻目に、三人は廊下に出た。
「宴会だから、きっとすごい料理がいっぱい出るよッ」
スズは、ニッとルゥラに笑いかけた。
「うん、楽しみです」
三人は、先に行った二人を追いかけるように、小走りに廊下を駆けた。




