三十八話 昼の梅
「それでェ、俺を呼んだのはナンの用だ」
宮廷の一室、円卓の置かれた部屋。
卓上には三つの茶が入った椀、その前にはキツツキ、叔珊、不知火の三人。
キツツキはあぐらをかき、頬杖ついて、叔珊こと皇帝を睨んだ。
「それは後で話そう。まずは、不知火殿のことだ」
皇帝は豪華な衣装を身にまとい、端座。
「葦鳴の者と聞いたが?」
「………」
不知火は凝然、目だけが、ぎょろりとキツツキの方を向いた。
しばらく、沈黙が続いた。
その後、不知火は両拳を杖に、キツツキの方に向きなおった。
「葦鳴より参った九釣不知火でござる」
不知火は、頭を下げ、固い、形式通りの挨拶をしたが、それだけで、あとは再び沈黙してしまった。
キツツキも無言。
「不知火殿は、葦鳴の将軍であり、魔足の襲来を幾度も防いだ猛将と云う。そして今回、葦鳴と我が国は共に霓を討つ盟約を立てたのだッ」
叔珊は意気軒昂、机を叩かんばかりの勢いである。
「それで、俺も手伝え、と」
キツツキは頬杖つきつつ、叔珊に視線を向けた。
「ああそうだ。……もちろん、ただとは言わぬ。御前様の望むものをできる限り揃えよう」
叔珊の言葉に、キツツキは叔珊から顔を逸らし、口を歪めて、露骨に不機嫌そうな表情をとった。
「……不満か?」
「いや、興味がないな」
キツツキは吐き捨てるようにいった。
「俺の縄張りを侵すというのなら、容赦はしない。……が、コッチからヤる気はない」
キツツキはため息一つ吐いた。
「俺は下りる。戦なら君等でやれ」
「それは……。コレと葦鳴、それにお前様が手を組めば、必ず魔足を討ち破れる。霓の再興あれば、魔足はお前様の縄張りにかかずらわっている訳にはいかなくなる」
叔珊は眉間にシワを寄せ、悪い話ではないと思うが……、と再考を促すが、キツツキは依然不機嫌な面のまま、
「いや、下りる。……だが、まあ、今まで通り物資くらいは呉れてやろう」
と、言い終わると、キツツキは大あくびをかいた。
「………」
叔珊は口を閉じ、少々落胆の様子。
目をつむり、しばらくして、
「委細わかった。これからもよろしく頼む」
「……応」
キツツキは、ようやく不機嫌そうな顔を取り除いた。
話も一段洛し、しばしの沈黙。
「なァ、不知火とやら」
「………」
キツツキが不知火に向けて話しかけた。
「前に会ったことがないか?」
「………」
「あの時分は、まだ前髪残した子供だったが……。どうにも、そいつのように思えてならない」
「昔……、確かに鬼に会い、ある約束をした」
不知火は、突如として口を開いた。
「……飢えた小鬼だった」
彼は、視線厳しく、キツツキを睨むようにして見た。
「己亥といわなかったか?」
「ああ、わしの幼名だ」
「ホウ……ッ」
キツツキは目を丸く、今度は喜色をみなぎらせた。
「久しいノゥ。いつぶりか」
故旧のようだが、嬉しそうにするキツツキとは違い、不知火は静かにキツツキを見つめている。
「約束は守っておろうな」
「当然、鬼は人と違って盟約は必ず守る」
「そうか……」
不知火の声音はあくまで沈鬱としたものだが、若干口端が上がったのが見えた。
「いうのが遅れた、久しぶりだな。嗚呼、何年ぶりか。……あの時の小鬼が、いまや大侠客とは」
「それをいうならこっちもだ。あのガキが、将軍になろうとはな」
「いや、わしは家系じゃ」
「ハッ、立派に貫禄あるくせに、よくいうぜ」
キツツキは、呵々と嬉しそうに笑った。
ふと、叔珊がなにか合図をすると、少しして酒と小皿が運ばれてきた。
彼流の気配りである。
(旧友との再会はやはり酒よな)
叔珊自身も酒を飲みつつ、二人を見やった。
二人は談笑しつつ、キツツキは大杯を呷り、不知火はゆっくりと酒を口に運んでいる。
(夜であればなぁ)
叔珊は、部屋の南側にある小窓を見た。
この時期であれば、庭に咲く梅花と月の絵を、窓から眺められたはずだが、あいにくと未だ陽は高い。
しかし、叔珊は臣下に窓を開けさせた。
暖かな春の陽気が部屋に満ちた。
月は出ていないが梅の花は庭を彩り、風に紛れた花弁が二、三、部屋の中へ漂ってきた。
叔珊の杯に花びらがほろり、酒に浮かぶ。
彼は、二人の話が丁度切れたところに、
「なぁ、御二方」
と、声をかけた。
「うん?」
「………?」
キツツキと不知火は、揃って叔珊を見た。
「ここから南に良い絵の滝がある。明日、酒を片手に行こうではないか」
「おうッ、いいな。行こうかッ」
「ああ、そうだな」
キツツキと不知火は乗り気だ。
叔珊は、魔族への戦いへ、キツツキを参加させることを諦めていない。




