三十話 葦鳴
大陸最東端、現在魔族領となっているそこは、以前は霓という国があった。
その霓から、更に東へ海を越えると、葦鳴という島国が存在する。
その地理上、葦鳴は半ば鎖国しているようなものだが、完全に国を鎖ざしているわけではなく、大陸北部に住むエルフとは緩やかな貿易関係であるし、霓が滅ぶ前は、霓とも国交があった。
この国は、五つの島からなり、本島を中心に四つの島が囲むような形になっている。
北に一ノ衛、東に二ノ衛、南に三ノ衛があり、大陸に近い西側に四ノ衛がある。
本島には葦鳴の王である皇帝及びそれを囲む朝廷があり、実際の行政はそこから独立した幕府が握っていた。
そして、本島を囲む四つの島にはそれぞれ将軍がおり、一ノ衛将軍、二ノ衛将軍、三ノ衛将軍、四ノ衛将軍と割り振られ、それらを統括する本島の幕府の頂点は、征方大将軍とされていた。
将軍という名が氾濫しているが、元は征方大将軍のみであり、後々になって一ノ衛から四ノ衛、それぞれの島の指揮官を将軍と呼ぶようになった。
それも、島々は本島の下、まとまっているとはいえ、それぞれ独立した行政組織と軍隊を持ち、葦鳴という国は、連邦国家のような観があった。
そして、その葦鳴。霓が滅んでのち、遥かな海を越えて魔族が襲来すること数十回を超えている。
すべて撃退したものの、婦女子が攫われたりと、被害も軽微とはいえず、看過できない状況であった。
さらに、生き残った霓の旧公族が山地に逃れ、そこで亡命政権を建てており、そこからの援軍を要請する使者がひっきりなしにきていた。
さらに魔族の襲来が続く一年前、前将軍の急逝に伴い、即位した現征方大将軍囘家遠道は、まだ二十六歳。
ただ、彼肩幅は広く長躯、しかし、漆を塗ったように尊貴な顔つきであり、その容貌だけでなく、性格は重厚、才覚も研ぎ澄まされた刃のように鋭く、いわば彼は周囲から嘱望されて将軍の座についた。
その期待に応え、彼は即位以来、魔族の対処に様々な手をうった。
だが、魔族は海を越えてやってくるため、根本的な解決にはならなかった。
そして、ルゥラが洛遼を訪れた翌年、彼が語学の勉強に励んでいる時、遠道は遂に決心し、援軍を派遣することに決めた。
霓との長年の友好関係もあるが、魔族の葦鳴への襲来は激しさを増すばかりであり、霓が再び勢力を得れば、葦鳴へ侵攻することはないだろうという打算もあった。
まずは偵察及び援軍派遣の旨を伝える使者として、本島に滞在する霓の使者と共に兵二百を送る。
この先遣隊の隊長には、前三ノ衛将軍九釣不知火が選ばれた。
普通であれば、幕臣が務めるところだろうが、遠い異国の地に行き、霓との協力関係を築くことや、もしかしたら魔王軍と戦闘になることもあるかもしれない。
そうなると、よほど熟達した者でなければならない。
幕臣の中にも使えそうな者はいたが、遠道は最も適任な者として不知火を指名、任命した。
しかし、彼を任命することに反対する者もいた。
彼等反対派は、口を揃えて前例がない、隠居がやるものではない、と声高に叫んだが、遠道は朝廷に働きかけ、不知火を先遣隊の隊長にする勅旨を得、これは勅令であるぞ、と脅して強引に反対派を黙らせてしまった。
この派遣隊の長である、九釣不知火は今年で齢六十、元三ノ衛将軍とはいえ、今は息子に当主の座を譲った隠居翁である。
しかし、体格は百八十を超し、若い頃より鍛え上げられた筋肉は巌のようで、堂々たる風格をもっていた。
また、三ノ衛将軍在任時は、幾度もの魔族の来襲を防ぎきった猛将であり、人をまとめあげる大将としての器も十分にある。
彼は隠居であるため、霓に行っている間に魔族の襲来があったとしても、指揮系統の不安はない。
さらにいえば、もし死んでしまったとしても、隠居翁が一人死ぬだけである。
二月、遠道と不知火たち先遣隊の面々は、武運を祈るため、桂山大社に参拝した。
そして三月になり、不知火は兵二百と霓の使者を連れ、大陸へ向けて船を出した。
この頃、ルゥラは依然学校へ行ったりミシウに教わったりと、葦鳴語と霓語の習得に努めていた。




