三話 儲け話に
ルゥラのいる商隊は、ラマークに一週間ほど滞在した。
本来ならば、あとはルゥラの故郷の街に帰るだけであったが、国境付近にあるフーウェードという街にいい儲け話があると聞き、ヨークはこの機を逃すものか、と一行の進路はフーウェードのある北東方向に変更された。
当初、ヨークはルゥラを故郷の街に返そうかと考えた。
ここからフーウェードまでは一ヶ月ほどかかり、多少は危険がある。
しかし、当のルゥラはまた別の街に行けると聞き、飛び跳ねるほど嬉しがっており、家に帰すことは躊躇われた。
ヨークは仲間内で話し合った結果、
(仕方ないか……)
結局ルゥラを連れて行くことに決まった。
遠出になるが、商談に行くだけである。
それに道中、魔物という恐ろしい生き物が棲息する場所を通るが、それは魔物討伐などを生業とする冒険者を雇えばいい。
(ま、いい勉強にもなるだろう)
今回はラマークに来たように、街から街へ直接移動することは距離的に難しく、街をいくつか経由する必要がある。
ヨークは仕事の都合で何度か遠出したことがあるものの、ルゥラにとっては初めてである。
彼は、息子が早く一人前になって欲しいと思うと共に、少し寂しさを感じた。
ラマークについてから三週間後、準備を整えた商隊は、未明のうちにフーウェードへ向けて出発した。
商隊は、まずピズの街へ向かう。
そこで冒険者を雇うのだ。
移動中、ルゥラの仕事はあまりない。
せいぜい水汲みや調理、野営の準備くらいで、道中は馬車の上でゆらゆら揺れている。
(どんな街だろう)
ルゥラは次の街で、どんな新しい発見があるだろう、と心弾ませている。
同じ国内である以上、そこまで風俗が変わるようなことはないはずだが、彼にとっては、少し違うだけでも新発見の連続なのだろう。
商隊は、二つ夜を越したのち、無事ピズに入った。
ピズより先はレッドモス、と呼ばれる森林地帯であり、この森には魔物が生息し、商隊だけでの踏破は難しい。
ピズは、そのレッドモスの玄関口であり、それなりに大きい街だ。
「俺はギルドへ依頼を出してくる」
と、ヨークは後のことを副隊長格の男に任せ、自身は冒険者ギルドへ向かった。
ルゥラは、今すぐにでもこの街の探検をしたかったが、まず売るモン売ってからだ、と副隊長格の男——マイン——にいわれ、気勢を挫かれた。
目当てはフーウェードで商品の仕入れを行うことだが、それまでの道中、ラマークで仕入れた陶芸品などを様々な店に卸していく。
帰る際には、その儲け話の商品を、馬車に山積みにしていることだろう。
また、商会本部に残してきた連中に、ラマークで陶器類を再び仕入れておけ、と手紙をやったので、フーウェードへ行く間に、商会が品薄になることはないだろう。
ルゥラとマイン達は、一軒一軒店をまわり一日商談に明け暮れた。
商隊は、他のフーウェードに着くまでに通る幾つかの街でも、ラマークで仕入れた商品を売るつもりである。
明日も商談だ。
街を好きに見てまわれないのは残念だが、商談で店と店を移動する間に、街の風景をつぶさに見ることができた。
(ラマークとは結構違うなぁ……)
その夜、ルゥラはベッドの上で回顧した。
確かに違う。
故郷の街、ラマーク、共に建造物は石造りが主流で、木造の建物は僅かしかなかった。
しかし、この街は近くに森林があるおかげか、街にある建物は木造のものがほとんどを占めており、石造りのものといえば、街に一つある教会くらいしかない。
また、ラマークのような土っぽさは無く、街の中はまばらに木が生えている程度なのだが、森林が近くにあるせいか、鳥の囀りが街中をこだましているようである。
他にも気づいたことがある。
(ここは活気がある)
それも、少し秩序の外れた、蠢蠢とざわめき立てるような、どこか今まで見てきた街(とはいえ、ルゥラが見た街といえば故郷の街とラマークしかないのだが)とは違う賑わいである。
前述の二つの都市は雑踏の中にも一つ、見えない秩序のようなものがあった。
しかし、ピズの街はどうだろう。
街全体に殺伐とした雰囲気があり、時折喧嘩の声が聞こえ、一言でいうなら、無法(実際的ではなく感覚的なものとして)という言葉が相応しい。
その理由を探すと、どうやら冒険者が関係しているとおもわられる。
ルゥラは街を歩きつつ、
(冒険者の街だ)
と、思うほど街ではよく冒険者を見かけた。
前の二つの街の中心は商人や職人だったが、この街の中心は冒険者である。
ギルドの規則はあるものの、商人や職人と比べれば、冒険者はひどく粗暴だ。
まあ、元々食い詰め者や手に職がない者がなるのだから仕方がないところはあるだろうが。
それに、魔物退治など、暴力が伴うという仕事の性質の問題もある。
回顧を終えたルゥラは視線を動かし窓の外を見やった。
光の群衆が夜天に爛々と輝いている。
無窮の天は昼も夜も変わりない。
(もっとよく街を見てみよう)
ルゥラは明日に期待を膨らませた。