二十話 旅の終わり
後は家へ帰るだけである。
ラマークには寄る必要はない。
直接故郷の街へ帰る。
ピズを出発し、ルゥラは馬車の上、揺れていた。
斜め向かいには章が座っている。
レッドモスの中では、章は馬車の外で見張りをしていたが、森を出てしまえば、あとは安全圏、魔物はほとんどおらず、見張りは不要。
ルゥラは、この、暗い翳のある男と話す気になれず、馬車の後ろから、外をぼんやり見ていた。
章も、初めて会った時から、あまり話さない。
ピズを出てからは、しばらく沈黙が続いた。
「……ルゥラ」
と、読んだのは章。
ルゥラは、置物が急に喋ったように驚き、顔をあげた。
「お前の家に、他の家族はいるのか?」
ルゥラはこくり、頷く。
「母親か」
これも、ルゥラは頷き、
「……それと、おじいちゃん、おばあちゃん」
「……そうか」
章は少し黙った後、
「……俺に身内はいない」
と、呟くように言った。
「皆、死んだ」
「………」
「まあ、棟梁に拾われてからは、さびしいおもいはないが……」
「……はい」
章は何を言いたいのだろうか。
「洛遼……棟梁の街にいる奴のほとんどは、俺と同じような連中ばかりだ。社会からあぶれた奴もいる」
「………」
「…………」
章は立ち上がり、ルゥラの隣に座った。
「……何の慰みにもならないだろうが——」
と、章は身体を傾け、腕を伸ばし、不器用に、ぎこちなく、ルゥラを抱きしめた。
「——こう、触れ合うってのは、なかなか暖かいものだろう」
「……」
ルゥラも、章にもたれかかるように、体重を傾けた。
ひし、と自分を抱きしめる腕を掴んだ。
馬車の車輪が小石をついばみ、ルゥラたちを揺らす。
ルゥラは、章の腕を掴んだまま、ゆっくりと目を閉じた。
小ぶりな城壁、門。
堀は無い。
城塞都市というより、集落の周りに土壁を拵えた、という方が正しい気がする。
ピズから、この故郷の街まで五日の旅路。
ルゥラたちは、特に何事もなく故郷の街に着いた。
門をくぐれば見慣れた風景。
「ルゥラくん、家はどっちかな?」
当然、二人ともこの街に来るのは初めてである。
ルゥラは馭者台に上がり、ミシウの隣で、家までの道を案内した。
まあ、小さな街なので、彼の家につくのに、そう時間はかからなかった。
ドアを叩く。
奥から母の声。
少しして、ドアが開いた。
母の姿が見えたとみるや、ルゥラは一目散に母親へ抱きついた。
「あら、お帰りなさい」
「おかあさん……ッ」
ルゥラは、ぎゅうっと小さな腕を精いっぱい後ろへ伸ばして母に抱きつく。
母の姿を見た途端、今までの不安、悲しみ、それらすべてがルゥラの身体中を、一瞬の内に襲った。
親に会えたという安堵の感情もあるだろう。
「うわぁぁんッ」
ルゥラは、母親のお腹に顔を押し付け、涙も声も、すべて出し切るように泣いた。
「どうしたの?不安だったの……?」
と、母親は中腰になった。
しかし、ふと異変に気づいた。
「そういえば、お父さんは?」
玄関に立つのは見知らぬ男二人。
その二人、ミシウと章は、ルゥラの母親から目を逸らした。
「あの……、主人は……?」
母親は不安そうな目をした。
しかし、二人はそれには答えない。
「今は……、ルゥラくんを抱きしめてやってください」
と、ミシウが言った。
「のちほど、ゆっくりとお話しします」
ここまで聞けば、よほど鈍感な者でない限り、何が起こったか想像できるもの。
母親は目を瞑り、自分に抱きついて泣くルゥラを、覆い被さるように、強く、抱き返した。
ふと、陽が眩しかったのか、章は眉の辺りに手をあて、陰をつくった。
空を仰げば白雲が揺蕩う。
陽は燦々、白き焔の如く。
やがて、ルゥラは泣き疲れ、寝てしまった。
ミシウと章は、ルゥラの母親に、家の中へ招き入れらた。
三人は椅子に座り、ミシウと章は、キツツキより聞いた、事の顛末をすべて母親に話した。
事情をすべて聞いた後、母親も、ルゥラと同じように、さめざめと泣いた。
今回の葬式は、ピズの街の簡易なものではない。
しっかりとやる。
葬式は準備も含めて三日間。
一日目は、遺体を保存魔法で腐らないようにする(もちろん、埋葬する際にその魔法は解く) 。
次に、遺体を教会へ運び込み、また三日後の葬式の準備をする。
そして、親類縁者知人などを呼び寄せ、集まった人たちで、一人ずつ死者への別れを偲ぶ。
二日目は、集まった人々で断食を行い、身を清める。
一日中、故人の側または家で、食を断つ。
三日目。
最終日であるこの日は、教会にて神父が昇天の詩を読み上げ、その後出席者と共に聖歌をうたう。
次に、一人ずつ死者との最後の別れを行い、最後に、皆墓地に移動し、棺を墓穴へ入れ、再度聖歌をうたい、死者を見送りつつ埋める。
以上、この国の庶民の間の一般的な葬式である。
ただ、地方特有の伝統があるなど、一概に前述の方法がすべてとはいいきれない。
また余談として、一年後に死者復活を意味する、降天の儀を行う。
これはどこも同じく行う。
今回は死者が複数人(四人)いる。
このような場合や、一日に死者が複数人出た場合は、教会で一緒に葬式を行う。
ヨークは商会の主であるし、また他の商会員もいる。
式の参列者は、通常を遥かに超える人数が集まった。
二百人はくだらない。
三日間の葬式の最中、ルゥラはずっと母のそばにいた。
ミシウと章は、墓穴を掘るなど手伝った。
葬式は滞りなく進んだ。
最後、ピズの街で行ったように、棺を埋める。
今回は個別に埋めるため、一つ一つの穴は小さい。
ルゥラは棺が完全に見えなくなるまで見送り、石でできた墓標の前で、両手を組み、祈った。
ルゥラも、両親も敬虔な信徒というわけではないが、涙は流し尽くした。
後はもう、手を合わせ、冥福を祈るしかない。
(お父さん……、僕は前を向きます)
キツツキに言われたことを、心の中で思い出した。
前を向かなければ、イレネたちも含め、亡くなった彼等に申し訳ないと思った。
ルゥラは、この旅で、様々なものを失い、しかし、それらによって成長した。
今日も晴れ、雨の気配はない。
ふと、横を見ると、いつの間にか、母も隣で手を組み、祈っていた。
「それでは、私たちは帰ります」
葬式が終わり、夕方。
赤く染まった街の中、ミシウと章は、ルゥラと母親に相対していた。
彼等はこのまま、すぐ帰るそうだ。
「今日はもう遅いですし、よかったらうちに泊まっていってください。ルゥラを……息子を守ってくれたお礼もしたいですし」
と、母親はそう言うが、
「いえ、私たちは好きでやったことですし、迷惑でしょう。それに、早く帰らないと棟梁がうるさいのですよ」
と、ミシウは柔和な顔をしつつ、断った。
「そう……ですか」
ルゥラは、困り顔の母の隣。
「それじゃあ、ルゥラくん。またね」
ミシウはしゃがんで、ルゥラと、深く握手を交わした。
「……ルゥラ」
章もミシウに倣い、握手を交わした。
「また、会おうね」
「……またな」
ルゥラは力強く頷き、
「……はいッ」
前を向き、元気よく、声を張り上げた。




