十九話 森を出て
その後、キツツキはルゥラのことを宋蒙に任せ、何処かに行ってしまった。
ただ、宋蒙は東レリル語がわからない、とキツツキは言い残し、実際そのようであった。
ルゥラが何を喋っても、仏頂面で黙ったままなのだが、何か手振りをして伝えると、こくりと頷き、伝えたことをしてくれる。
そのまま五日、ルゥラは宋蒙と一緒にいた。
宿はリーリズ内の「とまり木」というところにした。
そして、リーリズに来てから五日後、キツツキが配下の男二人を両脇に抱えて戻って来た。
子供ならまだしも、大人が抱えられている様子は、どうにも滑稽である。
「まずは、あれだ。馬車に向かうぞ」
馬車にはヨークたち商会員と、イレネたち冒険者の死体が積んである。
計十二名(内冒険者八名、商会員四名)、彼等の遺体を、キツツキと宋蒙が丁寧に包み、馬車の荷台に乗せたいた。
遺体を包むのには、馬車に備えられていた白布と、足りない分はテンケイの皮を使った。
また、包む際、宋蒙が簡易的な保存の魔法を使って、腐敗を遅らせた。
ただ、街の外で冒険者が死んだ場合の慣習は、遺体はその場に放置、魔物に喰われるままにし、その者のよく身につけていた物を回収して、ピズなど冒険者が多く集う街にある共同墓地に、その遺品を埋葬する。
キツツキもその風習は知っていた。
勇者パーティーが街を切り拓いてからの伝統なのだ。
ただし、開拓初期、レッドモスに一足踏み込めば、魔物がそこら中にいた頃にうまれた伝統である。
当時は魔物の多く棲む森の中、死体を回収する暇も無く、仕方なく遺品を本人の代わりとしていた。
しかし、時代を経て、レッドモスの中の街が発展していくと共に、冒険者がその場で死ぬということは少なくなっていき、代わりに重症を負ってしまって、街についてから死んでしまうことが増えた。
自然、遺品を埋葬する伝統も薄れてくる。
今回の場合は、周りに強大な魔物がおり、そこらの冒険者であれば、遺品を持ってすぐ退散するところだが、キツツキも宋蒙も、鉄狼など朝飯前。
埋葬するなら本人の体があった方がいいだろう、というキツツキの判断で、遺体を回収し、馬車に積み込んだ。
そして、宋蒙が簡易的な保存の魔法を使ったことも前述した。
しかし、彼は魔法は使えるものの、その本分は剣術であり、遺体にかけた魔法も、せいぜい数日もたせる程度のものだ。
それを、連れて来た魔法使いを使って、本格的に保存の魔法をかけさせた。
「ヨォ、ルゥラ。数日ぶりだな」
ルゥラは宋蒙と一緒だ。
キツツキの配下が、包まれた遺体を取り出し、一つ一つに保存の魔法をかけている。
ルゥラはキツツキを見上げた。
二メートルはあるキツツキの顔を見るためには、齢十歳のルゥラは、天を仰ぐほど首を上へ曲げなければならなかった。
「悪いが、俺は色々用事があって、すぐに帰らにゃならん」
魔王から預かった石を配下に預けたままなのだ。
他にも遺跡の捜索範囲を変えるなど、やることは多い。
ただ、だがな安心しろ、とキツツキはルゥラの頭を撫で、
「代わりと言っちゃなんだが、こいつらをつける。お前を故郷までちゃんと送り届けさせる」
と、連れて来た二人を指した。
魔法使いは、魔法をかけるのに忙しいが、もう一人は空いている。
その人物はキツツキの隣まで来、僅かに会釈した。
「……どうも」
二十代前半、前髪が長く目元までかかっており、全体的に暗い印象を受ける。
「こいつは章。ま、こんな奴だが、根は良いんだ、よろしくなッ」
キツツキは、バンッと彼の背中を叩いた。
章は痛そうに背中をさすった。
ルゥラは、軽く会釈をした。
そのルゥラの足元、実際の身長より少し小さい影一つ、明確にルゥラの輪郭を映す。
天は雲一つ無い。
先日の雨空が嘘のようである。
やがて、魔法をかけ終わったのか、魔法使いもキツツキのそばに寄って来た。
「こんにちは」
魔法使いの方は四十代。十センチほどに短く切り揃えられた茶色の髪に、白髪が数条混じっている。
顔には皺が多数刻まれているが、笑うと皺が一つ一つほどけて、柔和な表情になった。
「私はミシウ。ルゥラくん、よろしくね」
「はい、おねがいします……ッ」
ルゥラとミシウは握手を交わした。
「こいつらは、ここの言葉がわかるからな。苦労はしないだろう」
「もう帰るのですか」
ミシウが訊いた。
「ああ、色々とやることがあってな。あの封龍石もどきに、龍人にも会わにゃならん」
キツツキは、面倒くさそうに爪で頭を掻いた。
「とかく、あとは頼んだぞ」
「はいッ」
「……はい」
ミシウと章は頷いた。
その後、キツツキはしゃがんでルゥラの頭を撫でつつ、
「俺が、あの時言った言葉は覚えているな。今は泣いてもいい、だが必ず前を向け」
といった。
「わかったな」と訊くと、ルゥラはこくりと頷いた。
「いい子だ」
キツツキは立ち上がり、「じゃあなッ」と言ってリーリズの街を去った。
宋蒙もキツツキと共に洛遼へ。
「それじゃあ、まずはピズの街へ行こうか」
「はい」
ルゥラは馬車の二台に乗り込んだ。
「………」
少し不安であった。
今まで面倒をみてくれたキツツキがいなくなり、心細くなっていた。
ミシウも優しい人物のようだが、それでもキツツキの人格的迫力には遠く及ばない。
ルゥラの周りには白布で包まれた死体がずらり。
「出発するよッ」
馭者台に座ったミシウが言った。
その隣には章が座っている。
馬に鞭をやり、馬車が轣轆と音をたてて進み始めた。
ルゥラはぼんやり、遠ざかっていくリーリズの街を、飽くことなしに見つめていた。
ピズの街。
人間の居住圏とレッドモス、その境界にある街。
ここには、主に冒険者を埋葬する、巨大な共同墓地がある。
「ルゥラくん、着いたよ」
ミシウの声に起こされ、ルゥラはまだ重い瞼を持ち上げた。
「ピズ……?」
「うん、そうだよ」
ルゥラは起き上がり、馬車を出た。
そこには以前見た風景。
しかし、森を出た、という思いが全身を巡った。
(戻ってきたんだ……)
レッドモスに入って一ヶ月も経っていない。
しかし、この数週間の内に、ルゥラは様々な出来事に襲われ、まるで一年もレッドモスを彷徨っていたような、そんな感覚に、ルゥラは憑かれた気がした。
「ミシウッ」
と、小走りに戻ってきた章が呼ばわった。
彼は、教会へ行き、葬式の頼みをしてきたのだ。
ヨークたち商会員は、故郷の街で弔うが、イレネたち冒険者はこの街で弔う。
「葬式は明日だ」
「わかった」
期日がやけに早いと思うが、冒険者の葬式は基本こんなものである。
むしろ、即日の場合が多く、今回は少々遅いくらいだ。
無論、儀式も簡単なものである。
「ルゥラくん」
「……」
ルゥラは、その小さい首を回してミシウの方を見た。
「冒険者の、彼等のお葬式は明日にするって決まったよ」
「……はい」
ただ、明日といっても、陽はまだ高く、今日はまだ終わらない。
ルゥラの視線は、ピズの街中へ。
虚なまなざしをしている。
(空っぽ……)
今までのすべてが夢のように思えた。
なんだか、足が地面より離れて浮いているよう。
「あの……」
「……どうしたの?」
ルゥラはミシウの服の裾を引っ張った。
「宿で本読んでます」
馬車には、家から持ってきた本が二冊あったはずだ。
街を散策する気分じゃない。
本でも読んで、明日までの時間を潰そうと思った。
「わかった。……でも、まだ宿をとっていないんだ。目星はつけてるから、一緒に行こうか」
「うん」
ルゥラはミシウと手を繋ぎ、目的の宿まで並んで歩いた。
このセントレージアでは、宗教に則り、埋葬方法は土葬、また埋める際に、出席者全員で聖歌をうたう慣わしとなっており、その他にも様々な儀式がある。
本来は教会で行い、また三日ほどかかるのだが、この冒険者の街では、色々省略して一日で終わらせてしまう。
まず出席者たちが故人との別れをし、その後、教会の神父と共に聖歌を歌って埋葬する。
埋める際の棺桶は、薄い板を五枚、釘で打ちつけ、上に薄い板を蓋とする程度の、簡素なものである。
ルゥラは、小さな口をパクパク、聖歌をうたっている。
聖歌はヨークから教わっていたし、以前曾祖母の葬式でもうたったことがあった。
ルゥラや参列者の前方には、棺桶が八つ並んでいる。
蓋は開いていた。
彼等の身体中に付いていた血は、綺麗に拭き取られ、触れれば、死体らしく、凍るような冷たさだけが体を伝う。
やがて、聖歌の斉唱の終わり、棺桶の蓋が閉められた。
ルゥラは最前列、眼下には棺桶八つを埋めるための大きな孔。
一つずつ、棺桶が下ろされていく。
ルゥラは見守るばかり。
そばにはミシウが、ルゥラと同じように、棺桶を見つめて立っていた。
鳥が、頭上を通り過ぎていく。
陽は徐々に傾き、沈みつつ。
啜り泣く声が聞こえる。
彼等の知り合いだった者だろうか。
ルゥラは、ミシウの服の裾を、ぎゅっと引っ張るように掴んだ。
裾を掴む手はぶるぶる震えていた。
最後の棺桶が、静かに、孔の中に納まっていった。
そして、すべての棺桶を下ろし終わると、スコップで少しずつ土が入れられ、孔が塞がれていく。
ルゥラの目元、涙が伝った。
あの時のように大声では泣かない。
だが、大粒の涙ぽろぽろ、ときどき甲高く息を吸い、泣いた。
ミシウはただ、ルゥラの頭を撫でるのみに留めた。
葬式の手伝いをしていた章も、戻ってきた。
ルゥラは、しばらく墓地に留まり、ミシウと章はそれに随った。




