十八話 ルゥラ・マイライン
雨の中、リーリズの方向へ馬車が二台、連なって進む。
この二台は前と後ろが紐でしっかりと固定され、連結していた。
そして、その繋げた馬車二台、キツツキが片手で悠々と引いている。
ルゥラは馬車の馭者台に座って二人を見ている。
キツツキの隣で、宋蒙が何やら話しかけていた。
(何語だろう)
セントレージアで普段使っている言葉(東レリル語)ではない。
商会にあった本から、かつて存在した霓の言葉も少し知っているが、その言葉でもなさそうだ。
未だ悲しみは続いているが、キツツキに励まされ、若干調子は取り戻してきている。
何の言葉を話しているのか、気になることも、前を向こうという気持ちからであろう。
「どうした、少年」
キツツキは、流暢に東レリル語を使う。
「あの、その、話してるのは何の言葉ですか?」
ルゥラは勇気を出してきいてみた。
「ああ、こいつと話してた言葉か?」
「はい」
「あれは葦鳴の言葉だ。御山言葉とも言うな」
「あしなり……?」
「ここから、遥か東の果てにある島国だ。俺ァそこの出身なンでね」
「はぁ……」
葦鳴なんて初めて聞く。
「じゃあ、その人も?」
と、ルゥラは宋蒙を見た。
「いや、蒙は霓の人間だ。洛遼——俺の街じゃあ、どこの出身であれ葦鳴の言葉を使ってるからな」
ルゥラは話を聞いていて、何やら別世界の話のように聞こえた。
霓は本で見た限り、セントレージアとはかなり風俗が違うらしい。
同じ大陸にある霓がそれなら、海の遥か先である葦鳴も、セントレージアから見れば奇異な風俗をしているだろう。
「……そうなんですね」
と、ここまで考えたあたりで、ルゥラは思考を止めて、へたりと上半身を横にした。
馭者台は木製、雨に濡れてツルツルした。
ルゥラは雨に打たれている。
馬車の中ならば幌が雨を防げるだろうし、キツツキも「中に入ればどうだ」と言っていたが、今はあの狭い空間に入りたくなかった。
視界の中に人を入れていないと、寂しさでまた泣いてしまいそうだった。
途中、ルゥラ達の他に魔物に襲われた一隊の馬車を回収した。
先に宋蒙が見つけ、狼煙を上げていたはずだが、誰もこの辺りを通らなかったようだ。
馬車の連結は三台になった。
ルゥラはぼんやりと、馬車を引くキツツキを見ている。
彼の着物もびしょ濡れで、たいそう歩きにくそう。
(あしなりの人は、みんな角が生えてるのかな)
と、ルゥラの視線は、キツツキの額、その両端より生える一対の角。
それは、黒々と、しかし赤みを帯び、キツツキとは別個の生命に思えるほど、隆々と、天を貫き。
「………」
ルゥラは人さし指の腹で、トントン馭者台を叩いた。
(あたま痛い)
泣き疲れか、もしくは別の理由か、ルゥラはぼんやり、とにかくリーリズに着いてから考えようと思った。
火点し頃、リーリズに着いた。
そして、街の中に入ろうとしたのだが、
「止まれッ」
門番二人に呼び止められた。
来る時は、誰何も荷物検査もされず、そもそも通行人に興味がないようであった。
実際、フーウェードなどの例外を除き、レッドモスの中の街の門番は、主に魔物の警戒として置かれている。
一応、魔物に襲われにくくさせたり、防御壁の役割を持たせた術式——ルゥラがファルファイドで見たような門柱の紋様もその一つ——を街を囲うように設置しているが、それでも完全に魔物の気を逸らせることはできず、防御壁としても不十分である。
もし、街に魔物が迷い込んだ時のため、門番は見張り役割を持っていた。
「お前は……、なんだ、魔族か?」
門番はキツツキの額に生えた角を見て驚いている。
セントレージアに人間以外の種族はほとんどいない。
いるとすれば、奴隷だろうか。
ただ、異種族の奴隷はセントレージアの都心部に集まっており、僻地であるレッドモスなどでは、まず見かけない。
ちなみにルゥラは故郷の街で、他の商人の奴隷を見たことがある。
さらに補足として、他国には人間の奴隷もいるが、ここセントレージアでは、宗教上の理由により人間の奴隷は禁止されている。
門番は、魔族との戦争が危惧される現在、キツツキのことを魔族と勘違いしたのだろう。
「いや、俺は……」
と、キツツキはそこまで言って、口を止めた。
少しして、
「龍人だよ」
と、いった。
キツツキの種族は葦鳴では「鬼」と呼ばれているが、「キツツキ」も「鬼」もセントレージアでどれほどの知名度があるかわからない。
彼の東レリル語は、数十年前に覚えたもので、最近は魔族にかかりきり、セントレージアでのキツツキに関する風聞は知らなかった。
だが、ルゥラがフーウェードで聞いた通り、その風評はあまり良いものではなく、龍人と偽り、かえってよかったともいえる。
ともかく、「鬼」「キツツキ」より、同じく角の生えている龍人の名の方が、多少の国際性はあるだろう。
龍人は天地戦役の伝説にも出てくるし、龍の眷属として、名前だけは知っているという者は多い。
(連中の仕事手伝ってることだし、構わんだろう)
「龍人……」
門番は龍人と聞いて顔をしかめた。
セントレージアでは異種族への排斥感情が強く、人間主義の匂いがある。
「地龍関係で少し用事があってね。これ置いたら、すぐ消えるさ」
と、キツツキは後ろの馬車へ目配せをした。
連なった馬車が三台。
「これは……?」
「二台はあの少年の商隊、一台は少年とは別の商隊のものだな」
「いったい何が……?」
「魔物に襲われ、少年を残して他は全滅だ」
キツツキは眉間にシワを寄せる。
「おそらく、まだこの辺りに群れ単位でウロウロしているだろう」
「そんな強い魔物……この辺りには……」
「いない、な」
キツツキは門番の言葉を奪い、
「ここから遥か北、ちょうど霓のあった辺りに棲むやつだ。この辺りの魔物とは格が違ェ、生半可な隊列じゃあ、すぐにお陀仏さ」
「そんな……」
「嘘だと思うなら、人走らせて調べてみな」
突き放すようだが、信じる信じないは、門番個人の問題である。
「と、とにかく調べてからだ」
門番の一人は、街の中へ消えていった。
冒険者ギルドで今の話を言うのだろう。
残った一人は、なおもキツツキをじろじろ見ていたが、
「いいだろう、通れ」
と、許可してくれた。
龍人だと信じてくれたかどうか。
「おう、すまんな」
キツツキ、宋蒙、ルゥラはリーリズに入った。
まず、冒険者ギルドへ行く。
フーウェードなどの大きい街はともかく、リーリズやファルファイドなどの小さな街には、独立した行政官庁は置かれておらず、冒険者ギルド内に、フーウェードやピズなどから派遣された、駐在員の事務所があるのみである。
キツツキとルゥラは、雨に濡れつつ、ギルドの建物に入った。
宋蒙はキツツキに命じられてルゥラの服を買いに行っている。
中に入ると、先ほどの門番がいた。
「なんだ、もう報告は終わったのか」
「あとはギルドが行うんだ」
と、門番は言い捨て、足早に去っていった。
「少年、服は脱いじまえ。風邪ひくぞ」
ここに入るまで、雨に濡れっぱなしで、ルゥラの服は水をくぐったように、びしょびしょである。
ルゥラは素直に頷いた。
両手で服の裾を掴んで、ぐいっと上へ引っ張って脱ごうとしたのだが、濡れた服が肌に引っ付き、上手く脱げない。
ルゥラは脱ごうとして、不器用にぴょこぴょこ上に跳ねるが、濡れて肌に密着した服は脱げない。
「ほら、動くな」
と、キツツキは片手で裾を持ち、バサっと服を一気に引き抜いた。
「ありがと、ございます」
「おう、ついでに下も脱いどけ」
「はい」
ルゥラはパンツ一丁になった。
「あの……、えっと……」
ルゥラは、キツツキを見た。
目を泳がした。
「……な、名前はなんでしょうか?」
名前を呼ぼうにも、知らなかった。
キツツキも服を脱がなくて大丈夫か、と訊こうとしたのだが、その前に名前を聞くのをみると、ルゥラは素直で愚直なところがある。
「俺はキツツキさ」
キツツキは片頬で笑った。
彼は、片頬で笑うだけでも、不思議と人を惹きつけるような魅力がある。
「キツツキ……さん」
そういえば、聞いたことがあるような、ないような。
あいにく、ルゥラはフーウェードでのことを咄嗟に思い出せなかった。
ただ、名前を聞けたのなら、本来いいたかったことが言える。
「キツツキさん、あの……服を脱がなくて大丈夫なんですか……?」
「俺は大丈夫だ、人とは違うからな。この程度はなんともない」
キツツキは、心配してくれたのか、といってしゃがみ、ルゥラの頭を撫でつつ、ありがとうな、と笑った。
やがて、宋蒙が帰って来、ルゥラは彼が買ってきた服を着た。
少し大きいが、着れる。
「そうだ。なら、お前さんの名前は、なんていうんだ?」
と、キツツキは服を着終わったルゥラにきいた。
「僕は……、ルゥラ——」
ルゥラは、生真面目に、たどたどしい口調で、己の名を口にした。
「ルゥラ・マイラインです」




