十四話 祝いの席
ラマークでヨークが得た儲け話とは、テンケイという馬に似た魔物が大量に討伐された、というものであった。
この魔物は国内にはおらず、ここから北西、魔族領にのみ棲息しているとされる。
しかし、時々群れからはぐれたものが、魔族領から西方の国へ迷い込むことがあり、そこで討伐されたものが船に乗ってセントレージアに来ることが極稀にある。
その毛皮は銀に煌めき絹のように滑らか、そして額には魔力の込められた石があり、どのような宝石にも勝るといわれている。
当然、その希少性と美しさから、値は天井不知、王侯貴族でなければ手に入らないほどだ。
それが突如、フーウェードの東側に群れ規模で現れたという。
前代未聞、一匹とて現れたことがないほど棲息地とは隔絶されているはずが、急遽舞い込んだこの事態。
フーウェードにいた冒険者は、これ好機といわんばかりに、テンケイ討伐に向かい、山のような戦利品を得た。
別に本体は強くない。非常に珍しく、美しいから値が張るのだ。
さて、テンケイの毛皮や宝玉を売ることになったが、この街にそれを欲しがる者など、そう多くはない。
せいぜい、駐屯軍の隊長やフーウェードを拠点にする大商人くらいだ。
需要があるとすれば、はるか南方、王都やその周りの都市群であろう。
そこであれば、金持ちの商人や貴族がごまんといる。
フーウェードを拠点にする大商人や、運良く滞在していた他の街の商人は、今が儲け時と息まき、我先にとテンケイの毛皮や宝玉を買い漁ったが、なにぶん数が凄まじく多かった。
馬車二、三台に載せた程度では全体の一割も減らない。
何台も連ねれば、多く運べるだろうが、そうなると護衛の問題もある。
フーウェードにいる冒険者は、他のレッドモスにある街に比べ、はるかに少なかった。
それは、この街が城塞都市として国防の要とされていることが要因で、近くに魔物が現れても、駐屯軍が討伐してしまうのだ。
魔物の討伐などを生業とする冒険者の仕事は必然、少なくなり、冒険者もフーウェード以外の街で依頼を受けるようになる。
ともかく、ヨークが聞いた話というのは、毛皮や宝玉を街の外へ運び出せず、街の中で大量に山積みになっている、という話であった。
実際、ヨークはテンケイの毛皮や宝玉を、十分過ぎる量を仕入れることができた。
どうやら、テンケイの群れはその後も現れ続け、フーウェードには討伐されたテンケイが続々に運び込まれているらしい。
ヨークは大満足、テンケイを仕入れたその日、彼は商会員と護衛の冒険者全員を集め、祝いの席を設けることにした。
場所は「月と花びらの庭」という料理屋。
この街に来る商人の為の料理屋で、冒険者がよく行く酒場より少し格が上だ。
この「月と花びらの庭」という店は、二階建であり、ヨークはその二階を貸し切った。
空が紅く染まりはじめた頃、この料理屋の二階に全員が集まった。
「全員集まったか?」
ヨークは部屋中見渡した。
二階の大広間に、丸テーブルが幾つも置かれており、商会員、冒険者がひしめくように座っている。
ルゥラは、ヨークの隣。
と、ヨークは何か思い出したように、
「ああ、そうだな。こう、かしこまってはいるが、別に礼儀が必要なモンでもない、各々好きに立って移動してくれ」
と、いった。
ルゥラのテーブルには父と商会員しかおらず、彼をかわいがっていたイレネ達とは、離れてしまっている。
ヨークはそのことを気にかけたのかもしれない。
「ヨークさん、乾杯の音頭を」
商会員の一人が促した。
皆、酒なりジュースなりが入ったコップを手に持ち、始まりを待っている。
「……いや」
と、ヨークはかぶりを振った。
「ルゥ、お前が初めて外に出た記念だ。俺の代わりにやってくれ」
顔をルゥラに向けた。
ルゥラは突然のことに、目を丸くした。
少しして、状況を理解できたのか、
「じゃ、じゃあ」
と、頷いた。
ヨークは、ルゥラを椅子の上に立たせた。
ルゥラは、果物ジュースが入ったコップを高らかに掲げ、
「か、乾杯っ!」
「「乾杯!」」
皆も、杯を持ち上げ、一斉に唱和した。
後は、がやがや、各々のテーブルで、笑い笑われ騒々しく。
ルゥラは父のすぐ隣に座り、一心に目の前のご馳走を口の中へ。
口元を拭くいとまもない。
「ルゥ、おいしいか?」
ヨークが、そう訊いてみると、
「うんッ」
とルゥラは、ほろり、食べかけが口元から落ちつつ、満面の笑み浮かべ。
「イレネッ、ルゥラと同じ顔になってるぞ。汚ねぇ!」
と、ベルスの声が聞こえた。
普段では考えられないほど陽気な声だ。
イレネ達の席へ視線を向ければ、赤ら顔のベルス。
もう酔っているのか。
そして、その隣には口の周りを盛大に汚したイレネが、頬を膨らませ、ベルスを睨んでいた。
その膨らんだ頬に入っているのは、今まで皿の上にのっていたご馳走だろう。
肉の切れ端が、口からちょん、と出ている。
イレネは、片腕持ち上げ、服の袖でゴシゴシッと口元を拭った。
口元の汚れは袖にべっとり。
それを見て、他の三人が笑った。
和気藹々、笑い声絶えず。
「アッハハハッ」
ヨークも酔っ払ってきた。
「ルゥはな——ッ」
と、ヨークは息子の頭をわしゃわしゃ撫でながら、
「すごいんだぞッ。まだ十歳なのに文字を覚えてんだ!」
酔いがまわり、たどたどしい口調でヨークは続ける。
「それにな、他の言語だって少し覚えたんだぞッ。すごいだろ!」
ヨークの息子自慢にルゥラは、えへへ、と照れた。
「ルゥくーんッ」
と、ルゥラは、席を立ったイレネにいきなり抱きしめられた。
すりすり、ルゥラに頬擦りしている。
酔っていて酒臭いが、ルゥラはなされるがまま。
ヨークや周りに座る商会員達も大笑。
ルゥラも幸せそうに笑った。
「ルゥくん、かわいいッ」
イレネはルゥラの頬っぺたに、ちゅっ、とキスした。
ルゥラの顔は少し赤く。
「アッハッハッ、ルゥ良かったなァ、美人な嬢ちゃんからちゅーして貰えるなんてよ!」
一部始終を見ていたヨークが囃し立てた。
「あッ、おい!」
と、ベルスが声をあげた。
「なにぃ?ベルもチューして欲しいの?」
イレネは半目で、いたずらっ子のように笑った。
「なっ、違う」
ベルスは真っ赤になって否定した。
「ベルス、赤くなってるぞ」
ガナートは、酒に強いのか落ち着いている。
「………」
ミリアは、ちびちびと酒を飲んでいる。
他の席では、ドログが商会員達に「武勇伝」とやらを高らかに演説、ブレント達もジョッキ片手に笑い合い。
(楽しいな)
この時間が長く続けばいいと思った。
耳朶に響く騒々しさの中、ルゥラは、パンを一切れ、口へ投げ入れた。




