十三話 国境の街2
国境の街フーウェード。
この街は前述のごとく、勇者パーティーの一員の名前が元になっている。
ルゥラ達が進んでいる道筋の通り、この街は国内でもかなり奥地(レッドモス全体から見ればまたまだ端の方だが)にある。
しかし、そんな奥地にありながら、フーウェードはセントレージア有数の城塞都市として知られていた。
その街衢は広大、近くの河を利用した二重の水堀は人を呑みこまんとし、遥かに見上げる三重の城壁は見る者を圧する。
ただ、元々はファルファイドのような小さな街であった。
しかし、このフーウェードという土地は、道が四方に通じる交通の要衝であり、特に北側には、北からレッドモスに入れる唯一の道が通っていた。
それも、勇者パーティーがレッドモスを開拓した際、フーウェードを拠点に開拓を進めたからで、フーウェードからレッドモス各地に点在する街のいずれにもいくことができる。
国家にとっては戦略上重要な拠点であろう。
故に、必然的にフーウェードは要塞化されていき、今の巨大な城塞都市となる。
「結構賑わってますね」
「うん、なにしろレッドモスで一番大きい街だからね」
フーウェードに着いて三日目、ルゥラは朝食後、イレネ達若手組と街の散策をしていた。
昨日は、終日父親に付いてラマークで聞いた儲け話——商品の仕入れを見学していた。
そして今日。
ヨークは、挨拶もしたし見学も十分だろう、と後のフーウェードでの時間は自由時間にしてくれた。
「こんな森の中なのに、まるで都会みたいだね」
イレネは、ルゥラに向けて笑いかけた。
護衛の冒険者は、街に滞在中は武器の手入れ以外、特にやることもない。
彼女等は昨日のうちに街を見てまわったそうだが、ルゥラが街を見てまわりたいというので、今日はその付き添いである。
「うん、美味しそうなのもいっぱいある」
ルゥラは背伸びをして、きょろきょろ見渡した。
イレネの言う通り、フーウェードはまるで都会のようで、道は石畳に整地され、石造りの建物も散見される。
また、木造の建物は、ピズやファルファイドのようではなく、二階建で均整に造られ、きちんと設計されて造られたことがわかる。
フーウェードは、ルゥラの故郷には似ているが、それよりも近いファルファイドやピズにはあまり似ていない。
それは、この街が対魔物だけでなく、国防の要地として、対人戦も考えられて造られたからであろう。
「なにか欲しい物とかある?」
イレネは、何か買ってあげるよ、と財布を取り出したが、ルゥラはかぶりを振った。
「いや、お父さんにもらったのがあるから」
と、金貨、銅貨、銀貨が雑多に入った巾着袋を見せた。
じゃらり、と巾着袋は大きく膨らんでおり、多分に入っていることがわかる。
その多さに一同呆気に取られた。
おそらく、イレネ達四人より多い。
「け、結構あるんだね」
「うん、もし欲しい本があれば買ってもいいって」
「え、ルゥくん文字読めるの!?」
イレネは素っ頓狂な声をあげた。
他の三人も、声は出さないが、目を丸くしている。
まあ、四人が驚くのも仕方ない。
セントレージアの識字率はそう高くない。
貴族などを除き、冒険者、平民のほとんどの者は文字が読めない。
生活する上で使うことも、まずない。
ルゥラは、商人の息子であり、いずれは父の商会を継ぐ身、文字は商人としての仕事上、必要なものであり、彼も当然文字は教わっていた。
また、各国の地図や風俗に関する本を好んで読み、商売上必要な言葉以外もかなり知った。
今では、子供ながらに、その素養はそこらの大人より遥かに勝っているだろう。
「うん、商人の子供だし……」
「あ、そうか。でもすごいよ、わたしたちなんて全く読めないし」
イレネは、ルゥラの頭をよしよしと撫でた。
ルゥラは嬉しそう。
ふと、ルゥラは何か思いついたのか、
「そ、そうだ」
と、イレネ撫でる手を振りほどき、顔を上げた。
「あの、皆さんも何か欲しいものがあれば、多少は……買えますからッ」
といった。
ルゥラなりの付き添ってくれたお礼のつもりだったのだろう。
しかし、それを聞いた四人は微妙な表情をして、顔を見合わせた。
須臾の間、経ち。
真っ先に声を上げたのはベルス。
「いらん、俺達ぁ大人だぜ。子供に奢られるなんざ恥晒しだ」
と言った。
ぶっきらぼうな言い方だが、片頬で笑っている。
「だからよ、自分の為に使え」
ぽんぽん、とルゥラの頭を撫でた。
「……そう、自分のお小遣いなんだから」
「そりゃあ、俺達はお前さんより持っていないけどよ、別に生きるのに困ってはないんだ」
と、ミリア、ガナート。
「そうそう、自分の欲しい物に使ってよ。ルゥくんは優しいねッ。大好きッ、かわいいッ」
最後にイレネが、ぎゅーッとルゥラを抱きしめた。
ルゥラの顔は、再びイレネのややふくれた胸におさまった。
しかし、ルゥラはそのまま、腕を回して抱きつき、彼女の胸の中、諾と頷いた。
雑踏、足音間断なく。
ルゥラ達の脇を、尽きることなく人が通っている。
イレネはルゥラを抱きしめつつ、顔を上げた。
意地悪そうな笑みを浮かべ、半目をベルスに向けた。
「ベルは、たまぁーに、良いこと言うよね」
「一言余計だ」
ベルスはそっぽを向いた。
ややあって、五人は肩を並べ、街の中を巡った。
出店で買い食いしたり、武器屋に立ち寄ったり。
あいにくと、この街では需要がないのか本屋はなかったのだが、ルゥラは弾むように足音鳴らした。
「ルゥくん楽しい?」
イレネが訊いた。
ルゥラは満面の笑み、ぶんっと頭を振った。
宿を出た時は目線の先にあった陽が、今は頭上にある。
「そろそろお昼にしようか」
「うんッ」
街中歩いて、お腹も減ってきた。
「どこにする?俺等の手の届くのは酒場くらいしかないぞ」
商人などの為に、すこし高級なレストランもあるが、彼等にとっては雲の上。
「じゃあ酒場かな。ルゥくん、それで良い?」
「うん」
五人の足は近くの酒場へ。
数分歩くと着いた。
名は西街亭。
五人は外に置かれた席に座った。
ミリアは果物、他の四人は全員ガンジ狼の焼肉を頼んだ。
この狼はフーウェードより少し北に棲む魔物だ。
しかし、店員の話によると、近頃はこの付近でよく見かけるらしい。
「最近、不穏な噂が多くてね」
と、料理を運んできた中年の女店員はいった。
「不穏な噂?」
「ああ、戦争の噂は他所でも聞いたかもしれないけど、他にも北にいる凶暴な魔物が南下してきているとか、キツツキがこの近くにいる、とかね」
「啄木鳥?」
ルゥラは首を傾げた。
鳥が近くにいて何か問題なのだろうか。
「聞いたことないのかい?」
「はい」
「キツツキってのは、東の大侠客と呼ばれてる奴さ。いくつか縄張りを持ってて、その中に籠ってるって聞いたんだがねぇ」
「おそろしい人なんですか?」
キツツキなんて聞いたことがない。
「おそろしいよぉ」
と、おどかすように言ったのはイレネ。
「なぜなら、キツツキは鬼で、人を食べちゃうんだってぇ」
「そうなんですか?」
ルゥラはあまり恐ろしがっていない様子。
まあ、それも当然。ここに来て初めてそんなことを聞いても、靄のようにぼやけて、伝承伝説くらいにしかおもえない。
「イレネお姉さんは、聞いたことあるの」
「うん。でも、ときどき北の方にそんな人がいるって聞くくらいだね」
「うん。わかった」
「ルゥくんはかわいいね〜」
イレネは、ルゥラの頭をよしよし撫でた。
「おい、早く食わないと冷めるぞ」
ベルスに促され、二人は食事に手をつけた。
料理はガンジ狼の肉が串焼きにされた物で、香辛料が若干まぶされている。
ルゥラは香辛料のツンとする匂いを覚えつつ、午後は何しようかと思い巡らせた。




