十二話 国境の街
空が紅くにじんでいる。
白雲も鮮やかに染まり、大雲小雲、揃って気ままに流されてゆく。
欠けた月も紅空の奥、ほのかに見える。
「あ、痛たッ」
にわかに馬車が揺れ、ルゥラは頭をうった。
両手で目をごしごしとこすった。
(……寝ちゃってた)
馬車の中は暗い。
ルゥラは、掛けられていた毛布をどかし、馬車の前から——ピズを出発した時のように——ひょいと顔だけを出した。
「あ、ルゥくんおはよう」
顔を出して一番、イレネが気づいた。
「あ、イレネおねえさん」
イレネは、おねーちゃんと呼ばせたかったようだが、結局お姉さん呼びになった。
「ブレントさんがあと少しで着く、って言ってたよ」
ルゥラはこくりと頷き、
「はい。どんな街か楽しみですッ」
と、にっこり笑顔になった。
「そっかぁ、私も行ったことないから楽しみだな」
若手組は、全員フーウェードには行ったことがない。
この辺りは魔物が多く、初心者は主にピズの周辺などでの薬草採取や、群れからはぐれた魔物などの討伐をして、経験を積んでいく。
イレネ達も若手だが、初めての依頼であるミリアを除けば、他の三人は、すでにピズの周りの仕事をいくつもこなしている。
ただ、ミリアは依頼こそ初めてだが、魔法の腕はそれなりにあるよう。
今回の仕事はブレントから、そろそろ護衛の仕事もどうだ、と誘われ、参加したそうだ。
かたかた、馬車が震える。
ルゥラは天を仰いだ。
陽はすでに木々に遮られてしまっている。
しかし、紅い空が、見えずともその存在を顕している。
(……次で終わりか)
旅は家に帰るまで未だ続くが、帰りは来た道を辿るだけだ。
ルゥラにとって、新しい街は次が最後になる。
また父親に付いていくこともあるだろうが、とりあえず今回は次で終わりだ。
ルゥラの胸の内に湧いた淋しさと、徐々に闇が近づく頭上の夕焼けが、不思議と符合したような気がした。
と、一声がなり声。
「おいッ、見えたぞッ!」
にわかにブレントが叫んだ。
何が見えたか、言わずともすぐにわかった。
(フーウェードに着いたんだ)
ルゥラは馭者台から馬車を降りた。
前列へ走った。
イレネも走り出そうとしたが、ベルスに止められた。
彼女等はまだ護衛の最中なのだ。
(あれが、最後の街)
この旅で、初見となる街はここが最後なのだ。
「ねえ、先行ってていい?」
ルゥラは前列馬車に乗るヨークにきいてみたが、首を振られた。
「街の外は魔物がうじゃうじゃいるんだぞ。街の近くだからってすぐそこにいるかもしれないんだ」
「そうだッ坊主、もう少しの辛抱だな」
ドログが、ガハハハッ、と大声で笑いながら、ルゥラの頭をわしわし撫でた。
「……うん」
すぐに行けないのは残念だが、仕方がない。
ルゥラは馭者台にあがり、父の隣に座った。
フーウェードまで、未だ一キロはあるだろうが、既に城壁が姿を現している。
ルゥラは目を凝らした。
「……あれがフーウェード?」
「ああ、驚いたな。こんなに離れているのに見えてるなんて」
ヨークもルゥラと同じようにフーウェードを見つめている。
「大きいね」
「そうだな。噂には聞いていたが、これほどとは思わなかった」
フーウェードの城壁が夕陽に照らされ、まるで幻のように赤く霞んでいる。
ヨークはルゥラに一瞥をくれた。
「どうだ、わくわくするか?」
「うんッ」
ルゥラはこっくり、元気よく頷いた。
やがて、森林を抜け、ひらけた土地に入った。
ルゥラ達の眼前には、フーウェードの街が、威容を誇るように傲然と建っていた。
馬車が堀を越え、その足元まで至ると、城壁は見上げるほど。
外から街の中を掠めるように窺ってみると、道は遥かに一直線、街の先が見えない。
「……おお」
ルゥラは思わず感嘆の声を漏らした。
ここまで大きな街は見たことがない。
ファルファイドやリーリズは森の外の街より小さかったが、このフーウェードは、ラマークなども含め、今まで訪れた街とは比にならないほど巨大だ。
それに、森林の中にこれほどの街があること自体、驚愕する一因である。
(賑わってるのかな、どんな街なんだろうな)
ルゥラは先程までの哀愁など忘れて心躍る気持ち。
そういえば、ルゥラは新しい街を訪れる度に、うきうき心躍らせている。
それも、それぞれの街がみせる、他との違い、変化、それらを見ることがまるで探検するように面白いのだ。
今回も、ファルファイドとは風俗とか違うのだろうか、食料はどうしているんだろう、などと焦燥に駆られる思いである。




