十一話 会談
フーウェードへの途上、ルゥラが馬車に揺られている頃。
魔族領東部の街、ガン・ズニ。
街の南方、一望はるかな縹眇たる平原。
その中央付近、小屋が寂しげに建っていた。
そこに現在、一国を左右できるほどの実力者が二人もいるとは、事情を知っている者でない限り、夢にも思わぬであろう。
一人は、多種族を従え広大な領土を支配する、魔王エル=アル=アルヴァ
もう一人は、魔族領内において縄張りを有し、一国の観を為さしめるに至らせた者、東ノ大侠客、キツツキ。
両者の間には、装飾一つ無い木製のテーブルのみ。
「しかし、なあ、これは驚いたな」
キツツキは簡素な椅子に座り、腕を組みながら、目の前に座る老人を見ている。
「天下に鳴り響いた魔王が、まさかこんな老いぼれだったとはな」
魔王——そう呼ばれた者は、萎びた肌の奥、青みを帯びた瞳を光らせた。
その眼光は、キツツキも思わず冷や汗をかくほど、鋭く冷たい。
「儂も定命の者、老いるは当然の摂理。何を驚く」
魔王は、後ろに青い肌の壮健な魔族二名を携え、傲然と構えている。
しかし、往年の魔王であれば、筋骨隆々、一喝すれば万人がひれ伏す威容、堂々たる姿であったはずが、時の流れは誰にも逆らえぬ。
肌は皺にまみれ、骨が浮き出、眼窩は窪み、往年の魔王をおもえば、老いさらばえたとしか言いようのない。
「……魔王、そうもて囃されようと、刻には勝てぬ」
魔王もそれは自覚しているよう。
「それで、その魔王サマが老体引き摺って、俺に会いたいってのは一体なんなんだ」
キツツキは訝しげな表情をした。
己に不利益なことまでして、何が望みなのか。
現在、魔王といえば、二十を超える魔族を取りまとめた、魔族の大王として知られている。
その力は他を圧倒し、彼に敵う者は神人(キツツキもその一人)と呼ばれる人を超越した存在くらいだ、といわれるほどである。
しかし、キツツキの目の前に座る魔王にその話を当てはめようとしても無理があった。
まるで枯れた老木のようで、そこらの人間がつついても倒れるのではないか、そう思ってしまう。
キツツキが不利益と思ったのは、そこに理由がある。
度々攻めてくる魔族の対処に、と配下を何人か魔族領にやって情報を集めさせているが、今まで魔王が老いぼれになっているとは、一切聞いたことがない。
まさか、麾下の者達にその姿を晒せば、当然キツツキの耳に入るだろうし、ずっと部屋で引き篭もっているとしても、何年も魔王の姿を見たことがない、と噂に上がるはずだ。
と、なると魔王は健在である、と情報操作をしていたのではないか。
(既に老体であると、気づかれないようにしていたはずだ)
そうすると、キツツキにその正体を知られることは悪手なのではないか。
彼が、魔王は老いて脆弱、とでも吹聴してまわれば、魔王の治世は大きく揺らぐことになろう。
いや、情報操作に長けているならば、キツツキの流した嘘とでもなんでも、鎮めることは容易いか。
しかし、キツツキには一つ、確信したことがある。
(俺を嵌めようというわけじゃないらしい)
この様子では、キツツキと戦うなど不可能であろう。
では、ジローの言った通り地龍のことか。
だが、天地戦役に魔族も関わっているとはいえ、それは大陸に住む種族全てがそうであり、何も魔族に限ったことではない。
しかし、ふと、
(ああ、そういば封龍石)
うっかりしていた。
魔王が会いたいと言ってきた衝撃が強すぎて、思いもしなかった。
(領内の封龍石をあの龍人に渡してくれ、ってところか)
縄張りを出たあたりから、ずっと魔族につけられていたことは知っていた。
ただ、別に隠すようなことではない為、無視していただけだ。
おそらく、魔王はその諜報から、龍人メーチェと接触したことも聞いているのだろう。
(この老体では地龍と虹龍の対決なんざ、まっぴらごめんだろうしな)
神と崇まれるもの達の争いなど、防ぎようもない。
いかに情報操作が巧みでも、純然たる力の前には、壮健な頃はともかく今の魔王では太刀打ちできまい。
「それで、地龍のことって聞いたが?」
キツツキは頬杖ついた。
何か引っ掛かる。
もしかしたら、封龍石ではないのかも知れない。
その可能性が頭の片隅にあった。
「——ああ」
と、魔王は傍の魔族一人に、顎を僅かに動かし、前へ行くよう示した。
指し示された魔族は、何やら木箱を持っていた。
木箱はテーブルに置かれ、その魔族によって、キツツキの手前にまで、テーブルを舐めるように動かされた。
「これは?」
キツツキは眉をひそめ、木箱に視線を向けている。
「封龍石のことは知ってるだろう」
「ああ、俺でなくとも、伝説を知ってる奴なら誰もが知っている話だ」
キツツキは若干笑みを浮かべた。
「で、この中身は件の封龍石か?」
「いや、違う」
「違うのか」
キツツキは呆気にとられた顔をした。
予想が外れた、というより、では何がこの中に入っているのだろうか。
「ダヴァル」
と、魔王が呼ぶと、
「はい」
返事をしたのは、木箱を持っていた魔族。
「これは、地龍の力を封じ込めた石です」
「………」
「と、いっても封龍石ではありません。しかし、地龍とは関係あるものです」
「……?」
キツツキは、やや首を傾げた。
「この木箱に入った石は、我等エル=ガドに古くより伝わるものです。我が一族は代々これを守りぬいてきました。……しかし、その由来などは既に忘れ去られ、伝わっているのは、この石が地龍も関わりのあること、そしてこの石を絶対に地龍や龍薙の手に渡さぬこと、それだけです」
エル=ガドとは数十ある種族のうち、魔王の所属する種族を指す。
「封龍石との違いも?」
「残念ながら、分かりません」
ダヴァルは、申し訳なさそうに頭を下げた。
「そうか。……それで、これを俺に預かっておけ、と?」
「ああ、そうだ」
魔王は、話が早いな、と薄く笑った。
外は微風が吹いているようで、窓の木枠が、かたかた音を立てている。
キツツキは頬杖を解き、呵呵と快活に笑った。
「わかった、いいぜ。このキツツキ、その願い承った」
腕組みをし、足首を膝に乗せ足を組み、魔王を見下ろすような姿勢をした。
その姿は、絢爛な衣装も相まって、威風堂々、昔話に聞く英雄の如く。
「理由は聞かないのか」
「なに、大体見当はついてる。それに俺は受けると決めた。決めた以上、理由を聞こうが聞くまいが、覆すことはしねぇよ」
理由とは、おそらく、さきほど封龍石に対し考えたようなことだろう。
良くも悪くも、魔王個人の武力によって諸種族はまとまっている観がある。
魔王が死ねば、騒乱は必至であるはずだ。
そうなれば、一族を挙げてでも、守りきれないかもしれない、と判断したのだろう。
「そうか」
魔王は一呼吸おき、ほっとした表情をした。
「貴様に頼んでよかった」
「応ッ」
キツツキは再び呵呵と笑った。
「それで、しばらくは遺跡探しか」
「全部筒抜けかい?」
魔族領での活動全てが、魔王に知られているのか。
「一応、貴様は我の敵。領内を荒らされでもしたら困る」
どうやらそのようで、会話内容まで全て把握されているようだ。
「領内の封龍石があるという遺跡は幾つか確認済みだ」
と、魔王が言うと、先程ダヴァルと呼ばれた魔族が、一枚の地図をキツツキの前に置いた。
キツツキはそれを手に取った。
「そのバツ印に遺跡がある」
「なるほど、悪いな」
好きに持ってけ、ということらしい。
地図にある印は三つ。
しかし、
(散らばってるな)
一つは、ここから南方、レッドモス内にあるようだが、残る二つは魔族領中央と西端付近。
ここから遥か西になる。
百キロはくだらない。
「とりあえず」
と、キツツキは地図を丸め懐に入れた。
「これで話は終わりだろう」
「ああ」
魔王は鷹揚に頷いた。
二人は小屋を出た。
去り際、キツツキは振り返り、
「このキツツキの名に賭けて、これは俺が預からせてもらう。——安心しな」
魔王は、ただ柔らかに微笑した。




