第30話 歴史の大幅なズレ
翌日、念のため一年の教室に顔を出したが、チオは欠席だった。
体調不良だとか何とか。
「どうしよう……チオの家に行って、もう一度謝るか……」
初対面の男にいきなり全裸にされて、あんなとこに口付けられるとかありえないもんな。
しかも、俺も無意識だったから分からないが、ひょっとしたら舌で俺は何度か……してしまったかもしれん……
「坊ちゃま……差し出がましいかもしれませんが……」
「ん?」
そのとき、放課後の帰路に就こうとする俺の傍らでソードが俺に意見してきた。
結構珍しい。
「恐らく今、あの小娘は色々と混乱の中に居るでしょう。そんな中、元凶である坊ちゃまと会われても余計に拗らせるだけかと思いまする」
「え? あ、お、おお……そうか?」
「ええ。少し冷却期間を置く方がよいかと思います」
いや、マジで珍しい。
でも、やはりソードも女だからこそ女のこういう時の気持ちが分かるのかな?
(坊ちゃまにペロペロペロとされたチオ……危険だ。坊ちゃまが一つ舐めれば女の体は洪水を起こし、二つ舐めれば女の身体は落雷に打たれたかのように全身に刺激が走り、三つ舐めれば女の身体は天へと昇る……まさに舌技・天地雷鳴……もしチオが今、坊ちゃまに会えば、激しく全身から淫靡な涎を垂れ流して大股開きでドスケベ行為を求めるであろう……そのような面倒は極力避けねばならぬ)
ソードの忠告通り、今は少し間を置いた方がいいのかもしれねぇな。
とはいえ、いつまでも放置はできない。
あいつは、ネメスと一緒に人類の希望となる奇跡の黄金世代の一人。
ネメスが前回より弱く、トワレが魔法学園にも入らなくなってしまった以上、ここに来てチオまでもが勇者の道を歩まなくなったら、マジで世界と人類は終わりだ。
どうにかして立ち直ってもらわないと……
「おぉ、ハビリ! 今帰りか!」
「……え?」
そのとき、俺を呼ぶ声が聞こえ振り返ると馬車の中から兄貴が顔を出してきた。
「兄貴……」
「これは丁度良かった。実は今からお前を迎えに行こうと思っていたんだ」
「……は? 何で?」
「ちょっと、大事な話があってね」
大事な話? 兄貴が直々に?
「トワレ姫の婿として、お前もいた方がよいだろうということでね。姫は一足先にお前の従者のマギナと一緒に宮殿に向かっている」
「え、え……えぇ?」
なんだ? 俺は何を聞かされるんだ? 何だかすごく嫌な予感がする。
まさかもう結婚式をやれてきなのじゃないだろうな?
いや、それは俺も流石に嫌だというか、俺が卒業してからとかそういう話じゃなかったっけ?
一体何を……
「ハビリよ。まだトワレとは子作りに励んでおらんようだな。自分が性欲に溺れて堕落しないようにとの心構えのようだな。良い心がけだ」
「私はちょっとくらいならいいんだけどね~」
宮殿の謁見の間。ここには俺も初めてきた。
既にそこには軍総司令である親父、騎士団の兄貴、そして王子やトワレ、さらにはソードとマギナも少し戸惑った様子だ。
「で、あのぉ……王子……自分は何故ここに……」
「うむ。実は明日正式に宣言を出すのだが、お前にもトワレにも、今後国の中枢となる二人には知っておいてもらおうと思ってな」
明日正式に宣言? 結婚か? え? どうする? これ、そうなったら俺は今後―――
「吾輩から説明させてもらおう」
「ッッ!!?? へ、陛下ッ!」
と、そこで現れたのが、王子やトワレの父であり、この広大な帝国の頂点に君臨する皇帝陛下。
立派な長いひげを靡かせ、その筋肉質で逞しい威厳溢れる姿は流石王子の父という感じだ。
これがトワレが死んで心を病んでからはすっかり衰えて、この身体も枯れ枝のように細くなっちまうんだからな。
にしても、俺も幼いころに一度だけ会ったことあるだけだから、マジでビックリするわ。
ソードとマギナも流石に後ろに下がって深々と頭を下げている。
すると皇帝は玉座に座り……
「ハビリよ。随分と逞しくなったではないか。話はブドー、トワレ、そしてエンゴウからも聞いている。お前がトワレの婿として相応しい成長を遂げていると聞いて、吾輩も実に高揚している」
「あ、ありがたく……」
「さて、今日お前たちを呼びだしたのは……」
ヤバい……この流れ……本当にテンション上がって結婚式しようぜ的なことにならないか?
俺は正直、ある程度の整理ができたらこの国を飛び出して、「あの村」に行って皆を助けたいんだが……
「近々、人類連合軍にて大規模な遠征を考えておってな」
「……え?」
それは、俺が想像していたのとまた大きく違った話題だった。
戦争の話? それが何で今……
「魔王軍との長い戦の中で、我ら人類の領土も徐々に削られてきておる。そこで連合首脳会議で、各国の精鋭たちを一度結集し、奪われた領土を奪い返す大戦略が練られていたのだ」
ああ、その話は知っている。前回でもそうだった。
それでこの数ヶ月後に王子、親父、兄貴たち帝国の精鋭部隊が国を離れ、そしてその隙に―――
「だが、吾輩はこれまでそれには後ろ向きであった。いずれは大規模な戦は必要なれど、それは民や国の戦力を大幅に低下させる恐れがあり、時期尚早ではないかと。しかし、ここ最近で吾輩の考えも変わった。ハビリ……お前や国の次代を担う若者たちが開花しようとしている……ならば、その未来を守るためにも吾輩は決断しようと」
ん? ん? つまり……どういうことだ?
「来週、ブドー、エンゴウ、そしてレツカを始めとする我が国の最強の精鋭たちを選りすぐり、人類連合軍の最前線に派遣し、魔王軍から領土奪還に向けた大規模な戦争を始める!!!!」
「……え?」
「「……え?」」
その瞬間、俺も、そしてソードとマギナも思わず変な声を上げてしまった。
え? 皇帝陛下は何を言ってるんだ?
「我が国の最強戦力たちが国から居なくなるのは心細くもあるが、しかしこれもお前たちの未来のため! であるからして、お前とトワレには互いに手を取り合って、ブドーたちが留守のこの国を支える手助けをして欲しい!」
「え……あ、あれ? そ、それ……陛下……ら、来週? え? 来週? 来週……王子と親父と兄貴が……え?」
「家族が戦争に行くというのは心が重いであろう。とはいえ、お前も貴族の、そして未来の王家の婿として理解するのだ」
いや、俺が戸惑っているのはそこじゃなくて……
「ハビリ。そういうことだ。私たちはしばらく国を離れる」
「兄さんも最初は不安だったけど、ハビリが立派になってくれて安心した。安心して留守を任せられる」
いやいやいやいやいやいや、ニコッと笑って肩ポンポンじゃねえよぉ! え? ら、来週? 半年後じゃなくて!?
「そそ、そんな! お、俺、いきなりそんなこと言われても! せ、せめて来週じゃなくて、そ、そう、半年後とか?!」
「うむ。吾輩も最初はそれぐらいの準備期間が必要とも思ったが、輝かしい未来を守るためにも、すぐにやるべきと判断した。実はいきなりではなく、お前がブドーの目に叶ってトワレと同棲をした日からこの話は計画されておった。」
「いやいやいいあいあいあいあいああああ!?」
ま、待て待て待て待て! 半年後じゃなくて来週?
ちょっと待て、この国が手薄になったら魔王軍が攻めてくるんだよ! 大将軍が攻めてくるんだよ!
「し、しかし、それほどの大戦力が一気に国から離れてしまえば、ま、魔王軍が攻めてきたりとかそういう危険もぉ!」
「うむ。ゆえに、ダラダラと話を先延ばしにしたり、相手に情報を抜かれるような事態を避けるため、ある意味で不意打ちのような作戦を行うこととしたのだ」
それでも魔王軍が来たらどうすんだよぉ!
奇跡の黄金世代が何とかするんだけど、今の勇者ネメスは前回よりも遥かに弱いんだよ! これからじっくり成長とか考えてたのに、来週!?
他にもチオはショックで引きこもってるんだぞ!?
「ハビリ、一緒にお留守番しっかりしようね♪」
トワレは魔法とか戦闘の修行する気もなく花嫁修業してるんだぞ!?
ってか、お前が死ぬかもしれねーんだぞ!?
「ソード、マギナ……君たちもハビリをどうか支えて欲しい」
「「…………ッ! 承知しました!」」
そして、ソードとマギナも最初は戦争の話にかなり驚いていた様子だけど、兄貴の言葉に数秒考えた後、物凄い目を輝かせて力強く頷きやがった。
何でやる気満々?
(何ということだ! 戦争が前回より半年早まった……だが、言い換えれば……帝国を襲撃する魔王軍の襲撃も半年早まったということだ! ネメス殿、チオ、トワレ姫が一切戦力にならんが……何の問題もない! むしろ、大将軍が来るのであれば……ぐへへへへ……それを倒せば、ドスケベライフのカムバック♥)
(御主人様はおっしゃいました。魔王軍の大将軍を倒せば何でも言うことを聞いてくださると。それゆえ、私の処女喪失は半年後とも思いましたが……とんでもない! 大将軍がさっさと襲撃してきて、それを私が倒してしまえば、その瞬間から私のメスブタライフのリスタート! つまり、予定よりも早く御主人様のブタにしてもらえます♥)
奴隷という立場でありながら、重大な責務を任されてやる気が漲っているのか?
いや、でもこれから何が起こるか分かっている俺には正直どうすればいいか分からねえ!
(頼むぅううう、まだ来るんじゃねえぞォ、魔王軍ぅううううん!)
(早く来るのだ、魔王軍ぅぅぅぅううんん♥ 秒殺して、ドスケベライフ♥)
(早く来るのです、魔王軍ぅぅぅううんん♥ 滅殺して、メスブタライフ♥)
まさか、俺が真面目になるだけで戦争が半年も早まるとは思わなかった……




