1 はじまり
「すまないオリヴィア、お前を養子に出す」
父からの爆弾発言に私は頭が真っ白になった。
……嘘でしょ。今日って嘘ついても良い日だったかしら?
家族から見放されるにはまだ若すぎる。なんたって、私はまだ七歳。
…………まぁ、けど、思い当たる節がないわけではない。
生まれた時から世界は当たり前に格差があった。
この格差社会の中でも私は恵まれた方だった。王家、上流貴族、中流貴族、下流貴族、平民、そして、奴隷。この極シンプルな身分制度が世の中をつくっていた。
もちろんそれぞれの階級の中でも差はある。
そして、六つの身分の中で、私は中流階級というかなり良い所にいた。
何不自由ない素晴らしい生活を七年間送っていた。父のあの発言までは……。
遡ること一週間前
その日は上流貴族ユラビス家へのお茶会に招待されていた。各家が集まったパーティーではなく、私の家ジャスミン家とユラビス家だけのお茶会。
今考えればなんとも不思議なお茶会だった。
両家とも正反対の性質だが、仲が良い。
ユラビス家は静かで賢いイメージだ。現在の当主も宰相だし……。紫色の迫力のある狼の家紋だ。
確かにあの紋章の付いている馬車に乗ってみたいと思ったこともあったけど、まさか本当に乗るような事態になるとは思いもしなかった。
……じゃなくて、話を戻さないと。
一方で、ジャスミン家は穏やかで、緑色の小さな小鳥の家紋そのもの。
そんな家で育ったのに、私ってどうしてこうも狡猾な蛇のような性格なのかしら……?
自分でも自分のことを良い性格だとはお世辞でも言えない。
最も問題なのは、代々のジャスミン家の令嬢たちと私があまりにもかけ離れていることだ。私は女の子たちとキャピキャピできるような女の子ではない。かといって、男の子たちとワイワイできるような女の子でもない。
……ってことは一匹狼?
ちがうちがう、こんなところでまた狼と縁を感じなくていい。
とにかく、私はあの日、初めてユラビス家を訪れた。
あ、そうだ。
この世界について、もう一つ伝えておかなければならないことがある。
特殊能力を持つものがいる。私たちが知りえないぐらいの多種多様な特殊能力がこの世に存在するが、その特殊能力を持てる人間は極稀である。
ただ、階級が上がれば上がるほどその割合は増える。なぜなら、養子として迎え入れられ……。
私がお茶会の話をし終えるまで、養子というワードは出さないでおこう。
簡単に言えば、特殊能力があれば出世できる仕組みであるということ。これはほとんど運である。
宝くじが当たったみたいなもの。
そして、ここまで言えば私に特殊能力があると思うだろう。……だが、ない。
ないのだ。なにのにどうして、私がユラビス家に……?
という、色々な情報は一旦置いておいて、もう一度ちゃんとお茶会のあった日に戻ろう。
遡ること一週間前(テイク2)
「ユラビス家にご到着いたしました」
御者のその声で私は目が覚めた。道中ずっと緊張していたのか、三個下の四歳の妹は私のとなりでガチゴチに固まっていた。
妹のエマは中身も外見もジャスミン家の令嬢の象徴である。父に似て少し癖のある茶髪に緑色のたれ目。性格はちょっと、いや、だいぶおどおどしている部分はあるけど、優しさに溢れている。
慈悲の心、って言うのかな、あれをちゃんと持っている。
私の場合は……見た目はジャスミン家の令嬢そのもの。
母に似て柔らかなクリーム色の髪に透き通るような薄緑色のクリッとした瞳。ただ、性格はどうもジャスミン家に染まらなかった。
よく周りからは死んだ目をしていると言われる。それか、その瞳がキラキラと輝いている時は悪知恵が働いている時だけですね、だ。
透き通る薄緑色のこの愛らしい目を与える人物を神様は間違ったのだろう。
それと、エマは特殊能力を持っている。『動物と話せる』といういかにもジャスミン家が持ちそうな特殊能力。
そんな能力っておとぎ話に出てくる白雪姫しか持っていないものだと思っていたが、どうやら違った。
エマはプリンセス系の令嬢なのかも……。
緊張するエマに私は話しかける。
「エマ、大丈夫だよ。人間は六十パーセント水で出来ているから」
私の言葉にエマは首を傾げ、「ろくじゅうぱーせんと、みず?」と単語を並べた。
うん、と頷き、私は話を続けた。
「どれだけ偉い人でもどれだけ馬鹿な人でも皆六割は水だって思えば落ち着かない?」
エマが反応に困っていると、父が苦笑しながらエマを抱いて馬車から降りる。
「エマにはまだ早いだろう。……オリヴィアの妹の落ち着け方は七歳児とは思えないな」
「オリーは聡明ですもの」
母は嬉しそうに笑いながら私の手を取り、一緒に馬車を降りた。
オリー、は私の愛称。母はほとんど私のことを愛称で呼ぶ。
「よく来てくれた」
落ち着いた渋い声の方を振り向くと、ユラビス一家が総出で私達を歓迎してくれていた。
厳格な雰囲気が漂う玄関の前に皆が並んでいる。
……馬車で門を入って来る時も思ったけれど、大貴族のお屋敷ってこんなに大きいのね。
緑豊かな空気が澄んだ~っていう雰囲気の私の家とは大違い。綺麗で洗練されているけど、どこか緊張した雰囲気がただよう家。
やっぱり両家の家の雰囲気って全く違う。階級も違うし……。
「イーサン」
「ローガン!」
私の父の名前とユラビス家の当主の名前をお互い呼び合いながら歩くハグをしている。
第三者から見ても、この二人は本当に仲の良い友人に見える。
ローガン・ユラビスを初めて見たが、噂に聞いていた通りとても怖そうな人だった。怖い、というよりもあまり人とフレンドリーに関わるのが得意でないだけかもしれない。
アリア夫人の方は雰囲気はとても優しそうな方だった。
夫婦共々とても綺麗な黒い髪をしている。
貴族で黒髪と言えばユラビス家しかない。それぐらい艶のある美しい黒髪は彼らの象徴だ。
……問題は、彼らの子どもたちだ。
この茶会はきっと親同士の会話が盛り上がり、子どもは子どもで話しておけというスタンス。
一人は六歳で一人は十四歳。
「ルーカス・ユラビスです」
私より少し背の低い男の子はそう言って頭を下げた。
「ルーク・ユラビスです」
兄の方はにこやかに私たちの方を向きながらそう言った。
七歳も上の余裕を見せられたような気がした。
兄弟は二人とも当主に似て瞳は赤い。ただ、雰囲気が全然違う。
端的に言えば、ルーカス様は童顔だけど、ルーク様は大人っぽい。これが上流貴族の色気なのかしら。
「エマ・ジャスミンです」
「オリヴィア・ジャスミンです」
エマの少しもじもじした挨拶の後に私も挨拶をする。
「なんとも可愛らしいお嬢様たちだな」
私たちのお辞儀にローガン様が穏やかな笑顔を浮かべる。
……全然怖くなさそう。もちろん威厳は感じるけれど。
一通り挨拶が終わったところでお茶会が始まった。