表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

我慢していました。

「はあ。政略とはいえ…なんだってこの俺がこんな女と結婚しなければならないんだ……」


 婚姻の儀式、披露宴をこなし、いざ初夜となって新郎がそんなことを言い出した。


「……」


 新婦の笑顔が一瞬固まり、自然な笑みを努めていた口許を維持するために力が必要となる。


「いいか、仕方ないからお前と結婚してやるが勘違いするなよ。間違っても嫁面して俺がすることに口を出すんじゃないぞ。お情けでこの家に置いてやるだけなんだからな」


 夫婦の寝室に入って来た途端にぐちぐちと言い出した新郎だが、数回しか会わなかった婚約期間中も、親たちの前では愛想よくしていたものの、婚約者と二人きりになった途端に素っ気なくなっていた男だった。婚姻後のしかも初夜でのこの言いぐさに新婦は驚きはしたが、ある意味得心もしていた。


 夜着で寝台に腰掛けていた新婦はすっと立ち上り、新郎の横を通って寝室から出て行こうとするが、扉を開ける前に新郎がその手を掴んで引き留めた。


「おい! どこへ行く! 初夜だぞ分かっているのか!?」


「………」


 新婦は自分の掴まれた腕を見、それをゆっくりと辿って夫となった男の顔をまじまじと見つめた。


「何だ。何を見ている気持ち悪い女だな!」


 自分で掴んだ癖に振り払うように手を離す。


「はあ…。まったく。どうしてこんな女と結婚しなければならないんだ…」



「それはご両親に言ってください。今更ですし。どうして婚姻前…いえ、婚約前に言わなかったのですか? 被害者面されても困ります。どうして私が悪いみたいになってるんですか? 最初に顔合わせした時に聞きましたよね? 「私と結婚してもよろしいのですか? あなたは納得されているのですか?」って。いくら政略とは言えいやいや結婚されても困りますから。あなたは仰いました。「喜んで結婚させていただきます」って。双方の両親に。……いつもそうですよね。親の前では……いえ、大人の前では従順で良い子のふりをして同世代や年下相手には居丈高に振る舞って。……ずっと恥ずかしいと思っていました。まるで幼児の振舞いなんですもの。それでもあなたがこの結婚に納得されているのであればと。私も義務をはたそうと思っていましたよ。嫌でしたけど! 本当は嫌でしたけど! あなたみたいな身体だけ大きななりをして幼稚な言動の方と結婚しても苦労するのが目に見えていますもの。だいたいプロポーズもまともに出来ませんの? 何が「喜んで結婚させていただきます」よ! 「結婚してください」でしょう!? 「娘さんを僕にください」も無しでいやいやなのが丸わかりなのよ! うちの両親は不審に思ったしあなたのご両親も困り顔だったじゃない。まあ、どのみちこの結婚は双方の家の為の、親同士の為の結婚ですから流されてしまいましたけど。せめて穏やかに暮らせればと頑張って笑顔で過ごしてきましたが! 頑張らないと笑顔が作れないような結婚など不幸でしかありません。あなたは嫁を笑顔に…幸せにしようとは思いませんの? はあ……。そんな、思いもしない事を言われた、みたいな顔をして……。そうですよね。私が婚約者にと贈り物をしてもあなたは当然のように受け取るのにご自分が私に贈り物をするなんて思い付きもしないんですものね? 私を幸せにするのではなくて、自分が幸せにしてもらう側、なんですよね? わかりました。安心してください。私はあなたに幸せにしてもらおうなんて考えていませんから。政略とは言えせっかく縁あって結婚するのだから一緒に幸せになる努力はしようと思っていましたが……。あなたはそれすらもする気が無いようなので、私は私で勝手に幸せになります。ではおやすみなさいませ」


 新郎が「ア…」とか「ウ…」とか言っている間に言いたいことを言って改めて寝室を出ようとする妻になったはずの女の手を咄嗟に掴む。


 新婦にはまだまだ言いたいことが山ほどあるのだが、響かない相手にこれ以上話すのは面倒の方が勝ってしまい、これぐらいで勘弁してやるとばかりに話を切り上げたのだが、新郎には知る由もない。


 婚約期間中、始終にこにこと笑みを絶やさず、新郎のすることに異を唱えることもなく従順に付き従うだけの女だった。その関係が婚姻後これからも続くのだと思い、改めてという程でもないが、言っただけ。特別な、突然キレられるような事は言っていないつもりだった新郎は、掴んだ腕をすぐさま振りほどかれて驚いた。普段の新郎であれば、従順なはずの新婦に歯向かわれて反射的にカッとなるはずが、自らに否定的な台詞の大盛りに頭が付いていかず、カッとなる前に再び冷たい言葉を受けてしまった。


「気持ち悪い。触らないでくれません?」


 初夜は!?


 新郎は咄嗟に思ったが、出てきた言葉はやっぱり「ア…」とか「ウ…」とかだった。

 だいたいそっちこそなんで急に…とか、今まで従順だったのに…とか言いたいが言葉が出てこない。

 そういえば従順だとは思っていたが、よくよく思い返してみると、何度かたしなめられた事があったような……。内容は覚えていないし、うるさいと怒鳴ればすぐに引っ込むので大して気にもしていなかったが。


「婚姻はしてしまいましたので仕方有りませんが、私はもうあなたの面倒をみるのはうんざりですし、なんなら顔も合わせたくありません。幸いこの家は広いので没交渉で過ごすことも可能でしょう。お互い婚姻の義務は果たしましたので明日から私に構うことなく自由にお過ごしくださいませ。私も好きにさせていただきます」


 だから初夜は!?


「ア…」とか「ウ…」とか言っている間に新婦が寝室を出ていってしまい、残された新郎は一晩中、夜が明けても妻となったはずの彼女の言葉を考えていた。


 いろいろ言われてあまり覚えていないが、今まで誰にも言われた事が無いような事をたくさん言われた気がする。いや、あんな風にキレられた事は無いだけで何かにつけて言われてはいたのか…?気付かなかっただけで……。


「嫌だったのか……」


 そもそも彼女がこの結婚をどう思っているなんて考えた事もなかった。

 結婚なんて、嫁なんて面倒で、家同士の政略で仕方なしに結婚してやるんだと。相手もそう思っているなんて考えもしなかったのだ。むしろ、結婚してやるんだから有り難く思え、くらいに考えていた自分に気付いて段々恥ずかしくなってくる。

 ひとつ気付けば他にもいろいろと思い至る事が次々に出てくる。

 婚約者に贈り物ひとつしていないこと。

 横柄な態度でいたこと。


 相手がその陰でため息をついていただろう事…。


 相手の事を思うと、そういえばいつもにこにこしていたのを思い出すが、困ったような笑顔も多くなかっただろうか?

 いつも笑顔でいる彼女に対して、何が楽しいのかへらへらしやがってなんて、舌打ちさえしていた自分もついでに思い出す。

 彼女は雰囲気を悪くしないように頑張って笑顔を作っていたのか…。自分も嫌な結婚だというのに……。


「あれ…?」


 そもそもなんで自分はこの結婚がそんなに嫌だったんだろう?


 別に彼女が嫌いな訳じゃない。

 お互いに数回しか会ったことがないから好きも嫌いもない。人となりも大して知らない。

 むしろ、彼女はいつも笑顔で自分をもり立てようとしてくれて―――。




 気付いてしまった。



 結婚する事自体を意味もなく嫌がっていただけであった事を。

 対する自分に好かれる要素が皆無な事を。


「いや、むしろ嫌っ、嫌われ…………………………」









 翌朝、朝食の席に行くと、両親と妻、になったはずの彼女が既に揃っていて食事中だった。


 夫、となったはずの男はすぐさま昨夜自分のせいだが初夜をブッチされた妻の元ヘ行き跪いた。頭を下げるだけのつもりが、なぜか自然と膝をついていた。


「今まですまなかった! これからやり直させてくれ…いや、どうかやり直させてくださいっ」


 一晩中考えてた結果、まずはこれまでの事を謝罪するのが急務だと思い謝罪したのだったが。


「私はあなたのお母さまではありません」


 謝れば許してもらえるのは親だけだ。甘えるな。


 すげなくあしらわれて固まった息子を見て、その両親はため息を吐いた。


「まずは朝の挨拶でしょう。席に着きなさい」


 しょんぼりしながらのそのそと席に着く息子に隠れて両親と嫁は目配せして気付かれないように小さく笑い合う。

 今までのこの男であれば、彼女に謝罪するなんて事は考えられなかったのだ。なにしろ自分が悪いとは露程にも思っていないのだから。

 図体だけはでかい大人だが精神面がどうにも子供のまま。それが両親と嫁の共通認識だったのだが、朝いちばんにこれまでの態度を謝罪したのだ。

 昨夜顔も合わせたくない、没交渉だとまで言われてこの男がどう出るかを話していたところだったのだが、元来素直な男の事である。精神子供のまま今までと変わらないようであれば、両親が責任を持って教育し直す。これまでの態度を反省しているようであればその教育に嫁も参加する。どちらにしても家中を挙げてこの男を躾直すということになっていたのだ。


 婚約期間中に改められなかったのだ。

 両親は嫁には申し訳ないが気長に諭していくしかないかと思っていたのが、一晩でひと皮剥けたように態度が変わった息子を目の当たりにして驚いていた。


 これ以後、息子は嫁の許しを得るために尽くしていくのだが、嫁は一晩で夫の手綱を握ったと同時に、嫁入り先で義父母の信頼を確固たるものにしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ